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後がないので、取り敢えず土下座してみました

作者: bob

「アトムス公爵家、アンジェリーナ!!

今日をもってお前との婚約を破棄し、その罪を断罪する!!」


王太子エルヴィンの声が卒業パーティーの会場内に響く。


目の前には、乙女ゲーム“ロイスト”のヒロインであるエルナと、彼女が攻略したヒーローたち。


観衆の好奇な目線。


アンジェリーナは静かに膝をつき…。


「申し訳、ありませんでしたあああぁぁぁぁあーー!!!」


見事な土下座を披露した。









遡ること数分前ー


アンジェリーナは気がついたら豪華絢爛な会場に立っていた。

知らない場所に戸惑うも、目の前の面々に急速に体温が冷えていく。


視界の端に揺れるのは、悪役令嬢アンジェリーナの象徴とも言える銀髪だった。


目の前には数日前にプレイした乙女ゲームの登場キャラクターたちが憎々し気にアンジェリーナを睨んでいる。


“ハーレムエンド”ルートの悪役令嬢アンジェリーナ。

些細な罪で国外追放された結果、魔物に喰われて死ぬ運命だ。


悪役令嬢に訪れる末路を思い出し呼吸が荒くなる。

その時、アンジェリーナの頭に上司の言葉がよぎった。


『お前の土下座は世界を取れる』







突然土下座したアンジェリーナにたじろぐ面々。


悪辣な婚約者が突然見せた渾身の土下座。

その衝撃に意識が飛んでいた王太子エルヴィンが、ようやく我に返る。


「お、おい! なんの真似だ!?」


「わ、私が悪かったんです!

エルナ様が可愛すぎて、エルヴィン様は私を捨てると思ってしまい虐めました!!」


アンジェリーナの態度に、ただただ狼狽えるエルヴィン。


公衆の面前で謝罪をする際はオーバーにリアクションをすることで同情票が貰える。

アンジェリーナは上司の教えを思い出していた。


そんな謝罪に必死なアンジェリーナの思惑通り、会場の雰囲気が変わっていく。


観衆の奥様たちがエルヴィンに厳しい視線を投げかけ出したのだ。


「まぁ…。アンジェリーナ様がお可哀想ね」

「婚約者がいる殿方に擦り寄るなんて…」


奥様方のひそひそ声がヒロイン陣営の耳に入る。


雰囲気を察した騎士団長の息子――

エルナの攻略対象の一人であるビンセントが、声を荒げた。


「アンジェリーナ!エルヴィン殿下がエルナと仲良くなる前からお前がエルナを虐めていたこと、調べはついているからな!!」


「はい!申し訳ございません!!!

エルナ様へ男性の距離が近いと助言した際に、ビンセント様は落としたから次はエルヴィン殿下に声をかけると言われて…つい虐めてしまいました!!!」


ガバッと泣きながら顔を上げたアンジェリーナはビンセントを真っ直ぐに見つめた。


「そんなこと言ってないわ!!」


否定するエルナ。


「……なんだって…?」


驚くビンセント。


学園に通う令嬢たちの冷たい視線が突き刺さる。


「え?てことはビンセント様はエルナ様に遊ばれていたの…?」

「先日婚約破棄されてたのは…コレが理由?」

「硬派な方だと思ったのに…」


令嬢たちがビンセントを笑いながら見やった。


「…………くッ!」


ビンセントは顔を真っ赤に染め、沈黙した。


このままでは、自分の立場が危うくなる。

そう察したエルナは、一歩前へ出た。


「ア、アンジェリーナ様は何か勘違いしていますわ!


エルヴィンとビンセントは大切なお友達で、憧れはあっても、私なんかが恋心を持つのは烏滸がましいもの」


親しげに名前を呼んでいるエルナに会場中の女性が氷点下の視線を向ける。


脳内の上司がアンジェリーナへ助言をする。


『謝罪中は相手が油断している、そんな時こそ言質を取れ!』


「…では、今後絶対にエルヴィン殿下と男女の関係になることは、無いということでしょうか?」


直球の質問をエルナへ投げかけた。


男女関係がなければ王太子妃の道は閉ざされ、あれば醜聞…。


そこまで考え口を開くエルナ。


「私ではエルヴィンの心を推し量ることはできないわ。

未来のことなど、誰にも分からないもの」


うまく回避できたと一息つくエルナ。

ここで空気を読まないエルヴィンが口を挟む。


「そうだ!お前みたいな性格が終わってる女より、エルナのような清廉な女の方が王太子妃に相応しい!!」


その言葉に観衆は息を呑む。

一方のエルナは申し訳なさそうにしているが、見てる者には喜んでいるとわかった。


観衆から好奇の視線が注がれる中、最後のヒーローである悪役令嬢の義弟。


レオナルドが動き出した。


「アンジェリーナ。エルナ嬢にしていた仕打ち、全て自分が行ったと認めますか?」


眼鏡越しに鋭い眼光がアンジェリーナを射抜く。

この手のタイプは面倒臭いとアンジェリーナの顔に汗が伝う。


「……はい。申し訳ございません…」


レオナルドの登場に、勢いを完全に取り戻したエルナたちは余裕の表情でアンジェリーナを見下ろした。


レオナルドはアンジェリーナの側に近づき罪状を読み上げる。


「集団でエルナ嬢を注意する、成績を笑う、お茶会に呼ばない、学園内の女子生徒内で無視をする…。


エルヴィン殿下は国外追放をお考えだ」


虐めの数々が、罪状という名前からかけ離れているヌルさに観衆は困惑した。

「……え? その程度で?」と。


アンジェリーナの心も同様に困惑する。


(やっぱりヌルすぎるーーー!!!)


レオナルドはエルナへ向き直る。

エルナはレオナルドと目が合い、恥じらうように笑った。


「エルナが受けた仕打ち…全部当然の結果かと思いますが?」


レオナルドの発言にエルナは笑顔のまま固まってしまった。


アンジェリーナもまた、レオナルドが自分の味方をしていることに唖然とし、声を出そうと口を開くが。


『沈黙は金なり。謝罪中は不必要に口を出すな』

脳内の上司の助言に従い、口を固く閉ざした。


尚もレオナルドの猛攻は続いていく。


「集団で注意?婚約者のいる男性と親密になったんです。

当たり前では?」


レオナルドに目を向けられ、視線を外すエルヴィンとビンセント。


「成績を笑う?仕方ないでしょう。この場は卒業を祝う場ですが…」


レオナルドは視線を鋭くし、エルナに言った。

「エルナ嬢、貴女は卒業を認められていないでしょう?」


赤面するエルナ。

成績が振るわず、実は留年が確定していたのだ。


(あれ?ヒロインって問題なく卒業してたような…?)

アンジェリーナもコレには驚きである。


「お茶会に呼ばない、無視する…。

エルナ嬢の行動が招いた結果でしょう…。


成績も悪く、素行も悪い人…誰だって距離を取るのでは?」


レオナルドの発言に、その場の全員が頷いている。


「その上、この程度で国外追放?

……エルヴィン殿下は、我がアトムス公爵家を侮辱しているのでしょうか?」


レオナルドはアンジェリーナに手を差し伸べ、アンジェリーナを立ち上がらせる。


アンジェリーナのドレスに付いた汚れを目にし、レオナルドの雰囲気が一層冷たいものとなった。


「我がアトムス公爵家は第一王子であるエルヴィン殿下の後ろ盾として今日までお支えしてまいりました」


エルヴィンの顔がだんだんと青くなっていく。


「しかし、姉義上に対し不義理をし、我が家を侮辱したエルヴィン殿下をこれ以上お支えするのは難しいです」


「…………ま、待て」


「よって我が公爵家は今日この時より、第二王子をお支えすることを宣言いたします」


レオナルドの高らかな宣言と共に、近臣は言葉を失いエルヴィンは膝から崩れ落ちた。


アトムス公爵家が支持を変えるということは、王太子が変わるということ…。


観衆は拍手でレオナルドの宣言を支持した。


レオナルドにエルナが近寄る。


「ね、ねぇ。レオナルド。私たち、お友達じゃない。

このままだと、エルヴィンも大変だと思うの」


そっとレオナルドの手を取るエルナ。


「だから、そんなこと言わないで…またみんなで仲良くしよ?」


エルナはレオナルドの腕に抱きつき、上目遣いで見つめた。


「みんなで仲良く?」


レオナルドは腕を振り払いエルナを振り払った。


「………え?」


振り払われたエルナは、呆然とレオナルドを見つめる。


「私は愛する人をシェアできるほど寛容ではないんです」


エルナを冷たく見下ろすレオナルド。


「それにエルナ嬢を好きになった事実はありません。

気持ち悪いので、二度と私に関わらないでいただきたい」


そう言い残すと混乱しているアンジェリーナを大切そうにエスコートし会場を出て行った。


ゲームの登場人物と決めてかかり、人と接してきたエルナ。

彼らが生きている人間だと理解ができていなかった。


「どうして!?

私がヒロインなのに!!ちゃんと攻略したのに!!」


後ろからエルナの声が聞こえるが、レオナルドが振り向くことはなかった。






帰宅するため同じ馬車に乗り込むレオナルドとアンジェリーナ。


「レオナルド、助けてくれてありがとう」


「公爵家の次期当主として当然です」


冷たく切り返され、気まずい雰囲気の車内。


「…わ、私を変な人に嫁がせるぐらいだったら…平民にしてちょうだい」


勇気を出し、レオナルドを見つめるアンジェリーナ。


「それぐらい、いいでしょ?」


アンジェリーナの言葉を聞き、レオナルドのため息が馬車内に落ちる。

レオナルドは、眼鏡を外しレンズをハンカチで拭き始めた。


「今回の件、既に父上はご存知です。

つまり、アンジェリーナの新たな縁組も決まっているので、平民になることは許されません」


レオナルドから知らされる内容に手を握りしめ、嫌な結婚を回避する方法を考えるアンジェリーナ。


「エルナの件で父上は、アンジェリーナの行動は予測ができないからと、アトムス公爵家から出さないことを決められました。


…卒業パーティーの行動を考えても父上の判断は流石と言えますね」


「えっと…?どういう意味?」


レオナルドがアンジェリーナを見据える。

その視線の鋭さに胸がザワザワする。


「私と結婚してもらいます」


思考が宇宙に飛びそうなアンジェリーナは再び上司の助言が頭をよぎる。

『社会人はイエスマンに徹しろ』


「はい!喜んで!!」


思わず大きな声で返事をしてしまったアンジェリーナ。

レオナルドは吹き出す様に笑ってしまった。


「……アンジェリーナは、私を笑顔にしてくれますね」


眼鏡を直しながらアンジェリーナを見つめるレオナルド。


そのまっすぐな瞳と笑顔に、アンジェリーナは咄嗟に胸を抑え車窓に視線を向ける。


アンジェリーナの顔が、耳が、真っ赤になっているのを見て満足そうにレオナルドは笑った。


アンジェリーナはまだ知らない。

苦境を土下座で切り拓いた先には、甘く幸せな生活が待っていることを。

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