枕木夢子と魔犬の戦いについて
魔物が出現する森の中で、夢子は木の陰に身を隠しながら、顔だけを出すようにして前方の様子を伺っていた。
そして、夢子の視線の先には野犬のような魔物、魔犬の姿があった。
魔犬の様子はかなり興奮している様子で、周囲に何もない状況にも関わらずギャンギャンと空に向かって吠えている。
おそらく、森のいたるところでメイドたちが魔物狩りをしていて、その空気を察しているためだろう。
夢子はナイフを胸元に構えて、先手を打って催眠魔法をあてるために魔犬の隙を伺う。
だが、犬としての嗅覚が優れているのか、または夢子の隠れ方がヘタなせいか、魔犬は夢子が隠れている木をまっすぐ見据えた。そして、すでにその目は夢子を捕らえていた。
(あれ、なんかバレてる?)
のんきなことを考える夢子を置き去りにするように、魔犬は一声、「ワンッ!」と威嚇の声を発すると夢子に向けて突進していた。
(はやい!)
魔犬は四足歩行の脚力を最大限に活かし、飛ぶような速度で夢子に迫る。
夢子と魔犬との距離はそれほど離れているわけではない。数秒を掛けることもなく、魔犬は夢子の至近距離まで迫っていた。
そして、魔犬がするどい牙を夢子に突き立てるのにも、あと数秒もかからないだろう。
(けど、こっちだって近づくほど催眠魔法を当てやすいんだから。)
夢子は迫る魔犬に及び腰になっていたが、それでも逃げだしたりはせず、魔犬に相対してナイフを突き出すように構えた。
(真っすぐに向かってくるなら大丈夫なはず。)
夢子に真っすぐに向かってくる魔犬に対して、照準を合わせるようにナイフの刃先を向けて、夢子は覚悟を決めて催眠魔法を発した。
(眠れ)
「……グッ!?」
魔犬は催眠魔法が効いたのか、頭に衝撃を受けたかのように魔犬の頭が揺れる。
その様子を見て(よし!)と夢子は心の中で拳を握った。だが、
夢子が上手く催眠魔法を当てることができたと思ったのもつかの間、今まで走り続けていた魔犬の体は眠っていても無意識に走り続けており、魔犬の体は速度が乗った状態のまま夢子にぶつかってきていた。
ぐしゃあ
「ぶへぇ!!」
魔犬の突撃により夢子は悲鳴をあげて魔犬と共に地面に転がった。
「ううう。痛い~。」
痛みと衝撃で目を閉じていた夢子がうめき声をあげながら目を開けると、自分に覆いかぶさるようになっている魔犬の顔が目の前にある。
「うひゃあ!」
再度、悲鳴を上げた夢子は無我夢中で魔犬の体をはねのけた。
どさり、と音を立てて地面に転がった魔犬はそのまま動く気配がない。目を閉じて静かにしており、どうやら完全に眠っているようだった。
夢子は魔犬が眠っていることを確認し、さらに、魔犬にぶつかられはしたものの、自分が爪や牙によるケガは負っていないことを確認すると、額から出る汗を拭って大きくため息をついた。
(はぁ~、紙一重の戦いだった。)
まだ戦いは終わっていないはずだが、魔犬はすでに無防備な状態で眠っているので、夢子にとっては後は消化試合のようなものである。
夢子は一度立ち上がってから魔犬のそばで膝立ちになった。そして、ナイフを両手で握りしめて一度、大きく深呼吸をすると、魔犬の首筋に目掛けて思い切りナイフを突き立てた。
首筋にナイフを突き立てられた魔犬は一度跳ねるように体を動かしたが、目覚めることもなく息絶えていった。
そして、息絶えた魔犬の体は灰になっていき、魔石が地面に転がり落ちる。
夢子はその様子を静かに見つめ、心の中で両手を合わせてから魔石を拾い上げた。
(仕方ないとはいえ、犬とか生き物を殺すのは拒否感あるなぁ。スライムなら生き物感が薄くてまだいいのに。)
夢子はこの世界に来るまで暴力とは無縁に生きてきたのだ。魔物と戦うのが仕事や訓練なのだとしても、命を奪うことに慣れるのは難しいことであった。
夢子は死んだ魔犬を悼むようにして魔犬の顔に手を掛けたが、灰になった魔犬の体はその軽い衝撃だけで崩れていってしまった。
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