枕木夢子とスライム、そして頼れる女の子ペパー・ミントについての話
着慣れないメイド服に身を包み、さらに片手には木の棒を携えて、枕木夢子は外の地面に立っていた。
そして今、枕木夢子の目の前にはスライムがいる。
強い酸で人を溶かす危ない方のスライムではない。
某ゲームに出てくるようなグミのようなスライムである。
夢子はその、大きさ30センチほどのスライムに向けて木の棒を振り下ろした。
ブヨン
と叩かれたスライムの体が鈍く弾み、地面をゴロゴロと転がる。
そして、転がりが止むと、スライムの体は萎んだように地面に平べったくなった。
それとともに、スライムの体は灰のように白くなり、体から小さい宝石のような物が転がり出てくる。
この石は魔石と呼ばれており、売ればお金になる。
弱い魔物から出る小さい魔石は安く、強い魔物から出る大きな魔石は高い。
そしてそれが、冒険者にとっての収入源にもなっているのだ。
もちろん、スライムを倒して得られる魔石は二束三文にしかならない。
ではなぜ、そんな二束三文にしかならないスライムを夢子が倒しているのかというと、この世界ではスライムがいたるところで出現するからだ。
そして、夢子のいるメイド冒険者学園のメイド教師が生徒達に街にいるスライムを掃除してくるように命令したからだった。
「はぁ〜、よっこいしょ。」
ため息をつきながら、夢子はスライムから出た魔石をしゃがんで拾う。
そして魔石はポシェットに入れ、灰になったスライムの体はゴミ箱に入れた。
魔石がお金になるなら魔石だけ集めればいいと思うのだが、あくまでも街の掃除が目的らしく、集めた魔石と灰になったスライムの数がメイド冒険者としての評価になるのだという。
現在、夢子がスライムを倒した数は5匹になっていた。ゴミ箱に入ったスライムの灰も、5匹分となるとそれなりに重くなっている。ゴミ箱に肩紐が付いていて、背負うことができるのが救いだろうか。
(まったく、なんで私はメイド服なんて着て木の棒を振り回して、さらにゴミ掃除までしているのか。本当の私の家でお風呂に入ってベッドで眠りたい。)
夢子は何度目かのため息とともに、心の中でグチを言った。
実際のところ、枕木夢子はこの世界に元からいた人間ではない。
枕木夢子は現代日本で生活を送っていた一般的な成人女性だったのだ。
成人してから毎日電車で仕事に向かい、ブラック労働を終えたら終電で家に帰っていく。
そんな過労死直行な生活を送る中で、夢子がいつものように終電の座席で気絶していたとき、気絶から目覚めた夢子はいつのまにかこの異世界に来ていたのであった。
そしてなぜか、夢子の姿は高校生くらいの姿に若返っていたのである。
とはいえ、それ以外にとくに変わったことや神様と出会って能力をもらった記憶もなく、夢子は異世界の森の中で茫然自失になっていた。
もしもこのとき偶然、森を散歩していた女の子に出会えなかったなら、夢子は茫然自失のまま魔物に食べられていたかもしれない。
そして、親切な女の子に助けてもらったという感覚しかなかった夢子であったが、夢子に行くあてがないことを知った女の子から、お金がなくてもメイドの学校に行けば衣食住が提供されるし、その女の子も今からその学校に入学しに行くところだというので、ほいほいと夢子は女の子とともにメイド冒険者学園に入学していたのであった。
それからほどなくして、夢子は自分の世界のメイドと、この世界のメイドの認識に著しい差異があることを実感する。
この世界でのメイドは、メイドとして給仕の仕事をしながら、なぜか剣や槍などの武器をもって魔物と戦う冒険者の仕事もしていたのだ。
(給仕プラス戦いって、仕事の割り振りおかしくない?)
日本人としてまっとうな疑問を夢子は抱いたが、ここではそれが常識なのであり、夢子ひとりが騒いでも状況が変わるべくもない。
そして、大した運動経験もないのにも関わらず、行く場所もない夢子はそのままメイド冒険者学園に残り続けるしかなかったのだった。
だが、絶望的な状況であっても、夢子には一筋の光明があった。それは……
「夢子さーん。調子はどうですか~?」
4分の1ほど灰が溜まったゴミ箱を背負って運ぶ夢子の背に、大きな明るい声が掛けられる。
夢子が振り向くと、そこにはまぶしい笑顔を夢子にむけて、明るくてかわいさ満点!といった高校生くらいの女の子が立っていた。
もちろんその女の子もメイド姿である。普通の人なら両手で持つような長剣を片手で持ち、背中には夢子と同じようにゴミ箱を背負っている。
それは、夢子が異世界に来てから森で出会い、夢子を助けてくれた上に夢子と共にメイド冒険者学園に入学した女の子、ペパー・ミントであった。
「いやぁ~、ぼちぼちくらいかなぁ。へへへ。」
夢子は、ミントの明るい笑顔とは対照的に、にちゃあという音がしそうな笑顔で答えた。
「ミントちゃんはどう?」
そう言いながらミントが背負ったゴミ箱を見ると、ミントのゴミ箱はスライムの灰が大量に詰め込まれて溢れそうになっている。
「ミ、ミントちゃんすごいね。どれだけ倒したの?」
「さぁ。わかりません!けど街がキレイになると気分がよくなりますよね。」
驚いて問いかける夢子にミントは明るく返す。その顔には一切の邪気がない。
(街をキレイにして笑顔になるなんて、なんていい子なの。こんないい子に悪い虫が付かないように、私が付いてなきゃいけないわ。)
ミントの笑顔のまぶしさに気圧されながら、夢子は「そ、そうだよねぇ~。」と心のこもらない相槌を返す。
そう、夢子の一筋の光明とは、実力がある上に人が良く、夢子によく気を使ってくれるミントに最大限の寄生をしていくことだったのである。
ゴミ箱を背負いながら連れだって歩く2人の姿は、まるで親亀について行く子亀のようだったという。
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