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メイド女教師は夢子をいじめたい?

 訓練で魔物を倒してきた枕木夢子は、それによって入手した魔石を成果として見せるためにメイド女教師の前に立っていた。


 一緒に学園に戻って来たペパー・ミントやアルル・レモングラスは5分もせずに受領が完了しており、ミントは夢子の事を待ってくれている様子だったが、アルルはすでにその場を後にしていた。


 その様子を横目で見ていた夢子は、ミントに心の中で感謝しつつ、アルルに対してやはりあの女の子と仲良くしようとするのは無理そうだと考えていたのだった。


「おい。」


「は、はい!!」


 考え事をしている最中に不意に声を掛けられたため、夢子は慌てて前を向く。


 夢子の前ではメイド女教師が冷たい目で夢子を見下ろしていた。


「お前はよそ見をしているほど余裕があるのか?」


「いえ!ありません!」


 メイド女教師の発言に、夢子は反射的に直立不動の姿勢をとる。


 メイド女教師の名前はハリス・バランタイン。長身でウェーブのかかったロングヘアの女性であり、引き締まった体と整っていながらも冷たさを感じさせる顔はネコ科のヒョウを思い起こさせる。


 夢子が聞いた話では、メイド教師ハリスはメイド冒険者の中でも有数の実力者らしいが、学園や有力貴族から優秀なメイドを育ててほしいという強い要望があり、学園で教師をすることになったのだという。


 卓越した実力と実績によるものか、ハリスはいるだけで他者を威圧するような気を放っており、学園の生徒はハリスに対し畏怖の念を抱いていた。


 それは夢子も同じであり、夢子はハリスを前にして、軍隊の教官から指導を受ける新兵の気分を感じていたのであった。


 一方で、ハリスは腕組をしながら夢子を見下ろしていた。そして冷たい口調で夢子に命令する。


「それなら早くお前の成果を見せろ。」


「はい!よろこんで!」


 夢子はいそいそと袋から魔石を取り出すと、両手で捧げるようにハリスに差し出した。


「……」


 しかしながらハリスは腕を組んだまま魔石に目をくれることもなく、夢子をじっと見下ろしていた。


「へ、へへへ。」


 夢子は愛想笑いをして場を和ませようとするが、ハリスは無言のままだ。


(な、なんでこの人何も言わずにこっちを睨んできてるの?こわい。)


 元の世界からの実年齢を考えると、夢子とハリスはそれほど年齢が離れていないと思われるが、そんなことは関係なく怖いものは怖い。


 1分が1時間に感じられるような感覚の中で、夢子は恐怖と緊張感から、心の中で「はぁ、はぁ」と息切れを起こしていた。


 そんな夢子の様子を観察し終えたのか、ハリスは「ふぅん。」と感情の読めない声を出し、


「まぁいいだろう。魔石を回収箱に入れてさっさと帰れ。」


 と夢子に命令した。


「ははぁ~。ありがとうございます!」


 夢子は深々とハリスに頭を下げ、今回の成果で不合格を出されなかったことに安堵する。


「ところで。」


「はっ、はい!」


 校舎に戻ろうとしたところでハリスから話しかけられて、夢子はビクッと体を固まらせた。


 そして、ぎぎぎと油の切れた機械のような動きでハリスに向き直った。


「いかがしましたでしょうか。」


 愛想笑いを作る夢子に対して、夢子の愛想が効いた様子もなくハリスは質問を続ける。


「お前に今日までに魔石をとってくるように言っていたが、それはどうした。」


「は、はい。もちろん用意してございます。」


 夢子は緊張のせいか言葉遣いが変になっていたが、荷物の中から1つの小石ほどの魔石を取り出すと、それをハリスに渡した。


「……いいだろう。戻れ。」


「はい。失礼します。」


 ハリスは受け取った魔石にとくに文句がないらしく、夢子に戻るように指示を出す。そして、夢子もその場に居続けたいわけではないため、そそくさとその場を離れ、夢子を待っていたらしいペパー・ミントとともに校舎に戻っていった。


 ハリスは夢子の後ろ姿を無表情に見つめていたが、夢子の姿が見えなくなると、ハリスは夢子が渡した魔石を手のひらに乗せて見つめていた。


「ハリス先生。あのメイドがどうかしたんですか?」


 ハリスが魔石を見つめている最中、その背中に声が掛けられる。


 ハリスが視線を向けると、その者はハリスの横に並ぶように近づいてきた。


 それはメイド冒険者学園の3年生で、学生のメイド会長を務めているカシーナ・オールだった。


 カシーナはメイド冒険者として実力者であるハリスの事を尊敬しているため、他の生徒がハリスに近づきたがらない中で、カシーナはよくハリスに接していたのだった。


「どうとは?」


 ハリスは夢子が渡した魔石を持ったままカシーナに質問した。


「どうといいますか、あの子って力がなさすぎることで、ある意味有名な子ですよね。そんな子を何で先生が直接見てるのか、不思議です。」


 カシーナの疑問はそれほど的外れではない。メイドの成果について、全てをハリスが見ているわけではない。


 それどころか、ハリスは今回のメイドの成果をほぼ見ておらず、ほとんどの作業を他の先生や事務員などにまかせていたのだ。


 そのような態度のハリスが、夢子に対してだけ直接対応をしているのは違和感のあることだった。


「私が生徒の面倒を見るのが不思議か?」


 ハリスは気のない返事をする。カシーナに興味のなさそうな返事を聞いて、カシーナは自分が熱くなるのを感じた。


「そんなことはありません。ですが、言ってしまうのは酷ですが、あのメイドはいつ学園を退学になってもおかしくないようなメイドですよね?そんなメイドをわざわざハリス先生が見る必要があるのでしょうか?」


「ふぅん?」


「それに、ハリス先生が持っているその魔石は、あの子に何か別の指示をしてとらせてきた物ですよね?大きさからすると強い魔物ではなさそうですが、何の魔物を倒させてきたのですか?」


 カシーナは矢継ぎ早にハリスに質問をした。


 それは、カシーナがハリスに特別な指示を受けたことがないために、夢子に嫉妬しているためでもあった。


 ハリスはカシーナの様子を無言で見つめると、夢子の魔石を握りしめて口を開いた。


「あいつに倒させてきたのはダーカーだ。」


「ダーカーですか?」


 ダーカーというのは、カラスのような黒い鳥の魔物である。


 魔物ではあるが、普通の鳥よりも多少危険なくらいの魔物であり、ふつうのメイドにとっては危険な相手ではない。


「なぜダーカーを倒させたのか教えてもらえませんか?」


 カシーナには、ダーカーがわざわざ別に支持を出して倒させるような重要な魔物には思えなかった。


「お前は魔犬と戦うとき、どう倒す?」


「え、魔犬ですか。剣で切ります。」


 ハリスから突然、ダーカーではなく魔犬の話をされたカシーナは、戸惑いながらも簡潔に質問い答える。


「じゃあダーカーを倒すときはどうする?」


「はい、飛んで近づいてきたところを切ります。遠目なら投げナイフやスリングショット(パチンコ玉)なども考えられます。」


「そうか。」


「はい!」


 カシーナは意気揚々と答えたが、一方で、ハリスはしばらく無言のままだった。


「お前が武器を何も持ってなかったらどうする。」


「はい、魔犬やダーカー程度なら素手でも対応できます。」


「ふぅん。つまり、そこだな。」


「は?」


 ハリスの言葉にカシーナは疑問の声を出した。一体、何がそこなのだろうか。


「武器もなく素手で倒す実力もないとき、相手をどうやって倒すのか。」


「どう?ですか。」


 カシーナはハリスが何を問いかけようとしているのか把握できなかった。


 その様子を見て、ハリスは軽くため息をつく。


「お前はメイドとしての尺度しか持ってないからつまらん。」


「っ!!」


 カシーナはムチに打たれたように体を震わせ、ハリスの言葉にショックを受けた。


 ハリスはそれを気にした様子もなく、独り言を言うように言葉を続ける。


「あいつの筋力や体力は一般人くらいだ。武器は安物のナイフだけ。それでどうやって魔物と戦っているのか。」


「魔犬程度なら一般人でも倒せるだろう。だが、あいつのように何回も安定して倒すことができるだろうか。」


「ダーカーにしてもそうだ。ダーカーは基本的に木の上にいるし、敵がいるなら飛んで距離をとるものが多い。それをどうやってあいつは倒してきたのか。」


「多少の期間を与えていたからトライアンドエラーを繰り返して、それで運よく倒せたのか?違う。」


「他のメイドに頼んで倒してもらったか?これも違う。そうじゃない。あいつは間違いなく実力でダーカーを倒している。それも、安定して倒す方法を確立しているはずだ。」


「どうやって倒しているのか不思議だろう?だから、おもしろいだろう?」


 ハリスはカシーナの方を向いて獰猛な笑みを浮かべた。


 カシーナはハリスの、獲物を前にして舌なめずりをするかのような笑顔を見て理解した。


(ハリス先生は生徒の面倒を見ようとしているんじゃない。玩具を見つけて楽しんでいるんだ。)


 そして実際、カシーナの見立ては正しかった。


 ハリスは一般人にしか見えない夢子が危なげなく魔物を倒していることに興味を惹かれていた。


 そして同時に、夢子が何かの能力を持っていることを確信していたのである。


 さらにハリスは、そこで夢子を脅して能力を聞き出すのはつまらないことだと考えていた。


(教師なんてつまらない仕事だが、たまにこういう変な奴がいるからおもしろい。)


 ハリスは握りしめた魔石を手の中で転がしながら、科学者が実験を楽しむかのように、夢子に次はどんな課題を押し付けようか考えていたのだった。

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