第3話 弁当とゾーン (葵)
火曜の午後。
駒沢公園のジョギングコース。
颯は、2周目の終盤に差しかかっていた。
「…心拍数、142。ゾーン入ってる」
腕の振りは少しだけ滑らかになった。
足裏の着地が、地面と対話しているみたいだった。
風が頬を撫でる。
汗が耳の裏をつたう。
呼吸は、浅いけどリズムがある。
「…これが“ゾーン”ってやつか?」
走ることが、少しだけ“気持ちいい”に変わっていた。
コース脇では、葵が麦茶のボトルを持って待っていた。
「お疲れ。今日の心拍、いい感じだったね」
「…なんでわかるの?」
「昨日の弁当、糖質ちょい多めにしたから。今日の走りに合わせて調整したの」
「…マジで?」
「マジ。料理部なめんなよ」
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水曜の昼休み。
教室の空気は、いつも通りほんわかしてる。
俺は、葵の弁当を開けた。
「今日は、豚の生姜焼きと、雑穀米。あと、ほうれん草の胡麻和えと柿」
「…なんか、俺より弁当の方がゾーン入ってない?」
「うるさい。昨日の心拍数、140〜150だったでしょ?脂肪燃焼ゾーンだから、ビタミンB群と鉄分強化してるの」
周囲の席から、いろんな声が飛んでくる。
「颯、また葵の弁当?」「でも、あの空気感、なんか憧れる」
「颯の走りに合わせて弁当変えるって、もうトレーナーじゃん」
陽太が笑いながら言った。
「お前、次は何ゾーン狙ってんの?“恋愛ゾーン”とか言い出すなよ?」
「いや、今は“脂肪燃焼ゾーン”で手一杯だって」
翔太が分析口調で言う。
「でもさ、ちゃんと継続してるよな。俺、ちょっと見直した」
結衣が葵に話しかける。
「弁当、ほんとに毎回違うんだね。すごいなあ」
「うん。颯の走りに合わせて、栄養も変えてるから」
「…なんか、青春って感じする」
俺たちは気にしない。
でも、少しずつ“本気”になっていくのは、確かだった。
その夜、颯は科学ノートにこう書いた。
《第3回:2周ジョグ(約4.3km)。心拍ゾーン維持。呼吸安定。弁当連携成功。》
葵は、レシピ帳に「ゾーン別弁当・第1週」を記録していた。
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トレーニング豆知識
心拍ゾーンって?
→最大心拍数=220−年齢。脂肪燃焼ゾーンは60〜70%、持久力アップは70〜80%。スマートウォッチがなくても、会話できるペースが目安。
アスリート弁当豆知識
ゾーン別弁当って?
→脂肪燃焼ゾーンには、豚肉(ビタミンB群)、雑穀米、ほうれん草(鉄分)、柿(抗酸化作用)。走りの質に合わせて栄養も変える!




