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作者: しゃばくん

 鳥の国を支配する神様は、正義感がやや強すぎて、住民にちょっとだけよけいに口出しをするというところがあるため、煙たがられていた。そもそも鳥という生き物はいったん決めた方針を変更するのは苦手な気質なのでなおさらである。

「お言葉ですが神様、神様のお言葉にふりまわされて困っているという国民の声が届いております」と家来のひとりのプップが伝えた。

「そんなにわたくしのことを嫌うのなら、もうおまえたちの世話はしてやらない」

市民たちから陰口をきかれることに腹をたてた神様は人間の住む街へ逃げ出した。

隠れ場所を探して飛び回っていくと、とある人間の家の、ひきこもりの少女の部屋の窓際に、鉢植えの観葉植物をみつけた。この際だから、俗世間からはなるべく隔離された場所に隠れるのがいいだろうと、その植物にのりうつって植物として過ごすことに決めた。

かんしゃく癖のある神様のことなので、鳥の世界からの短い脱走は過去にも何度かあったが、今回は隠れ方に、過去にないくらい気合が入っていた。

「当分のあいだ鳥の国になんて帰ってあげないぞ。困って泣きついてきても知らないからな」と観葉植物の姿になった神さまはつぶやいた。なりきりすぎて、もともと自分がなんだったのかもほぼわからないくらいであった。

「ちょっとやりすぎじゃあないかな」とポッポがつぶやくと、「いつものことじゃあないか。頭を冷やしたほうがいいのさ」とプップが返した

神様が姿を消したあとの鳥の国では余分な口出しをするものがいないので、鳥たちは仕事や家事、勉強に集中することができるようになった。ある程度のもめごとはあっても、鳩の自治会長がきちんと国の法律を読んで解決に導くことができるので、神様が不在でもなんとかなるものなのだ。できることなら神様が永遠に帰って来ない方策を考えるための委員会が発足した。

根が優しい性格のポッポは、神様の様子を毎日想像しながら過ごしているうちに、徐々に不安が募ってきた。自己中心的だが責任感のつよい神様のことだから、国の治安が保たれているか心配になって、国に帰りたいという感情が沸き起こったりしているのではないか?


神様がのりうつった植物は、月に一度、満月の頃になると花を咲かせる種類のものだということがわかった。植物の姿のあいだは、自分が神様であることを忘れて過ごしてくれているはずだが、開花のタイミングで鳥の国のことを思い出してしまうかもしれない。そう考えた自治会員たちは、代表としてポッポとプップの二羽を人間の街に送り込んでメッセージを伝えてこようという計画をたてた。

ちょうど出発のタイミングで天候が荒れたため、人間の街への旅は予想以上に困難を極めた。少女の家に到着したときには、あと三日で満月というタイミングであった。ベランダの手すりに止まって部屋の中を覗くと、人間の少女が机に向かって何かの作業をしており、窓際に置かれた鉢植えの植物の姿が確認できた。人間は頻繁に窓を開けると聞いていたのだが、いくら待っても少女は窓を開けようとしない。くちばしで窓ガラスをコツコツつついてみると、少女は気付いて振り向き、伝令者たちと視線を合わせた。うれしそうな顔をしてこちらを見ている。しかし一行に窓を開けようとはしない。


みよこは生まれつき病弱で、学校に行ってもすぐ体調をくずして早引きするということを繰り返していた。みよこがそんなふうになったのは家の周囲から家に侵入する空気が悪いのだと思い込んだ両親は部屋の窓を閉め切り、絶対に開けてはいけないよと厳しく言い聞かせた。

そんなみよこの唯一の話し相手は、鉢植えの観葉植物であった。

「なぜわたしがこんなになったか知りたいのね?」

「身の回りには楽しいことがたくさんあって、花のにおいとか、虫の声とか、風のささやきとか、そういうことをおはなししたいのに、学校のお友達はそういうことには興味がなくて、話題になるのはおいしいお菓子のこととかかわいいお洋服だとかアクセサリとかのこととかばかりなの。たぶん自分は変わり者だと思われているみたい。だからお友達にはお話ししないことにしたのよ」

 そんなふうに植物はみよこにとって都合のよい聞き手でありつづけたのだが、ある時を境にちょっと様子がかわったようにみえた。みよこの言葉の種類に応じて何かしらの反応を示すように見えてきたのだった。まるで新たな魂が宿ったかのように。

「なにか言いたいことがるの?」とみよこは尋ねてみた。植物は葉っぱを静かに揺らしながらしばらく何か考えている様子だったが、結局「よくわからない」という感じの反応を示し、おとなしくなった。

月の明かりが徐々に明るくなってくるに従い、植物が何か大事なことを思い出しそうだと時々言うようになった。おぼろげではあるが、現在の姿になる前に何かしら人間以外の生き物と過ごしてきた時期があったような気がするという。ひょっとして月の光がもうすこし強くなったら思い出せるかもしれない。

なんてロマンチストなのだろうとみよ子は思った。でも植物とお話ししたなんてお友達に話しても無駄だということはとっくにわかっている。だから話さない。

そんなみよこはある夜、窓の外からしきりに窓ガラスをつつく鳩の姿を見た。楽しそうに、リズミカルに。きっと自分と遊びたくてそうしているのだろうと想像した。しかし窓を開けることは禁止されており、ガラス越ししに彼らを眺めているしかない。

翌日学校で、ふだんは遠くから見ているだけのクラスメートの輪にめずらしく入ってみた。「鳩が遊びに来てくれたのよ」

手触りはどうだったのか?どんな匂いだったのか?そんな質問が浴びせられた。みよこはもったいぶってみせてから、「ふわふわしていて、ゴム風船よりも柔らかかったわ」と嘘をついた。でもうそのおかげでみよこはたちまち人気者になった。しかし実際に鳩に触れておかないと、近いうちに嘘がばれてしまうと焦った。

家に帰ってからも、いかに鳩に接触するかと思案した結果、ある作戦をたてた。

理科の宿題の、星の観察をするためには部屋の中からの観察では不十分で、10分間だけ窓を開けたいのだと嘘をつき、ついにみよこは両親を納得させた。

勉強部屋にいくと、昨日と同じように鳩たちは窓の外から部屋の中をぐるぐるみまわしたり、ガラスをつついたりしていた。

ついに窓が開けられた。二羽の鳩はチャンスをのがさず部屋に飛び込み、両手を広げて待機しているみよこの顔の脇を通り越して開花したばかりの神様への接触に成功した。そしてクチバシを植物の葉にくっつくくらい近づけ、ゆっくりと丁寧に語り掛けた。

「神様、ご安心ください。鳥の世界は平和でございます。このまま平穏にお過ごしくださいませ」

 そうか、それならよい。と神様はしずかに花びらを閉じた。咲きかけた花びらに月明かりが当たらないように、鳩はくちばしで鉢ごと回転させておいた。これでまたしばらくは鳥の世界の平穏が保たれる。


部屋に入った鳩を見てみよこはよろこび、ぜひ友達になりたいと進言した。鳩たちは一瞬振り返ったが、「あなたに特に用はありません」と冷たく言い放ち、夜の空に羽ばたいて去った。

(おしまい)


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