第3話 一人じゃない夕食
掲示板の前で、俺たちは依頼を吟味する。
「なぜ騎士の職を捨てて冒険者に?」
「騎士は確かに名誉ある職業だ。だが、命令がなければ動けない。担当地域から出ることも許されない」
セリファーナは少し寂しそうに微笑んだ。
「私が守れたのは、ほんの一握りの村だけだった。でも、助けを求める声は国中から聞こえてくる。騎士団は人数が少なくて、全ての村を守ることはできない」
「それで冒険者に?」
「ああ。冒険者なら、自分の意志で動ける。助けを求める人がいれば、すぐに駆けつけられる。それが私の望んだ生き方だ」
俺は驚いて、セリファーナを見つめた。
「へえ......そういうことを考える貴族もいるんだな」
貴族の令嬢が、騎士という職業を選ぶ。それだけでも世間は騒いだ。
なのに彼女は、その騎士の地位すら捨てて、さらに身分の低い冒険者になった。
全ては、より多くの人を救うために。
「私は変わり者か?」
「いや......変わり者なんてもんじゃない。相当な、その......」
「立派な人だと思う」
素直にそう言うと、セリファーナは少し照れたような顔をした。
......少し気まずい空気が流れる。
「これなんてどうだ?」
俺が慌てて指差したのは、ゴブリン討伐の依頼だった。
新人向けの定番で、報酬もそれなりだ。
「ゴブリンか......どんな魔物だ?」
「......知らないのか?
騎士は普段魔物と戦うことは無いのか?」
「主に村々の巡回と、行事の際の警備だな。他にも山賊から商隊を護衛したり、行方不明者の捜索だったり......
剣の腕は訓練で磨いたが、実際の魔物相手は今日が初めてに近い。恥ずかしい話だが」
なるほど、実戦経験が皆無なわけか。
これは思った以上に面倒なことになりそうだ。
「ゴブリンは小型の人型魔物だ。一体一体は弱いが、群れで行動することが多い」
「なるほど、勉強になる」
セリファーナが真剣な顔でメモを取り始めた。
その姿は、まるで学生のようだ。
「どれどれ......『東の洞窟のゴブリン討伐』か」
俺は依頼書を読み上げる。
「被害内容は......農作物の略奪、家畜の窃盗、そして―」
「そして?」
「最近では、畑仕事をしている村人への襲撃も始まったらしい。今のところ怪我人で済んでいるが、このままだと死人が出るかもしれない」
セリファーナの表情が引き締まった。
「それは急がねばならないな」
依頼を受け、俺たちは街の外へ向かった。
目的地は街から半日ほどの距離にある洞窟だ。
「なあ、ウェンデル」
道中、セリファーナが口を開いた。
「君は長く冒険者をやっているのか?手慣れているように見えたが」
「まあ、三年くらいかな」
「三年......私と同じくらいの歳に見えるが」
「16歳だよ」
「では、13歳から?随分若いな」
セリファーナが感心したような声を出す。
「......両親が冒険者だったんだ」
俺は前を向いたまま答えた。
「だったんだ?」
「ああ。俺が10歳の時に、冒険で命を落とした」
歩調が少し乱れたが、すぐに立て直す。
もう6年も前の話だ。今更感傷的になることもない。
「それは......すまない」
「気にするな。もう昔の話だ」
俺は努めて明るく言った。
「両親が死んだ後は、村の大人たちが面倒を見てくれた。『困った時はお互い様』って言ってな。畑仕事を手伝ったり、力仕事を引き受けたりして、何とか暮らしてきた」
「それで冒険者に?」
「生活のためさ。13歳になったら冒険者になれるからな。村の人たちにこれ以上迷惑はかけられないと思って」
本当は、両親の真似がしたかっただけかもしれない。
でも、それは口に出さなかった。
「君は優しいんだな」
セリファーナが静かに言った。
「え?」
「私を助けてくれたのも、きっとそういう性格だからだろう?困っている人を放っておけない」
「......別に、そんなんじゃない」
俺は顔を背けた。
図星を指されて、なんだか照れくさい。
やがて、目的地の洞窟が見えてきた。
入り口付近に、緑色の小さな人影がうろついている。
「あれがゴブリンか」
セリファーナが剣を抜いた。
「待て、まず作戦を―」
「任せろ!」
俺の制止も聞かず、セリファーナは突進していった。
「おい!」
ゴブリンたちが彼女に気づき、甲高い声を上げる。
5匹、いや6匹か。予想より数が多い。
セリファーナの剣が閃いた。
一瞬で2匹のゴブリンが地面に倒れる。
(強い......)
その剣技は、確かに一流だった。
だが―
「後ろだ!」
俺の警告と同時に、物陰から新たなゴブリンが飛び出してきた。
セリファーナは反応できない。
俺は瞬時に判断し、腰の剣を抜くと同時に投げ放った。
回転しながら飛んでいく剣は、正確にゴブリンの胴体を貫き、セリファーナへの攻撃を防いだ。
「ありがとう!」
礼を言いながらも、彼女は前へ前へと進んでいく。
完全に周囲への警戒を怠っている。
(これじゃあ護衛じゃなくて子守だ......)
俺は苦笑しながら、投げた剣を回収しつつ、彼女の背中を守ることに専念した。
戦闘は40分ほどで終わった。
ゴブリンは全滅、俺たちは無傷だ。
「やったな!初めての依頼完了だ!」
セリファーナが満面の笑みを浮かべる。
返り血で顔が汚れているが、本人は全く気にしていない。
「ああ、でも次からはもう少し慎重に―」
「やっぱり君は素晴らしい仲間だ!」
また仲間認定された。
「あの絶妙なタイミングでの援護、完璧な連携だった。こんなに息の合う相手は初めてだ」
「いや、それは俺が必死に合わせただけで......」
でも、セリファーナは聞いていない。
すでに洞窟の中を物色し始めていた。
「おい、勝手に奥に行くな!まだゴブリンがいるかも―」
「大丈夫だ、君がいるからな!」
(信頼が重い......)
結局、俺は彼女の後をついて行くしかなかった。
街に戻り、ギルドで依頼完了の手続きを済ませる。
報酬の銀貨20枚を受け取ったセリファーナは、当然のように半分を俺に差し出した。
「いや、俺はただの手伝いだから......」
「何を言っている。一緒に戦った仲間だろう?」
「だから仲間じゃ......」
俺の言葉を遮るように、セリファーナは真剣な表情になった。
「ウェンデル」
急に真面目な声で名前を呼ばれ、俺は口をつぐんだ。
「私は本気だ」
セリファーナは真っ直ぐ俺を見つめる。
「貴族の道楽だと思われても仕方ない。実際、冒険者になりたいなんて言った時、家族も使用人も皆反対した」
その青い瞳に、強い意志の光が宿っていた。
「私のことを『馬鹿だ』と。周りの貴族たちも同じだった。身分を捨てて民のために働くなんて、愚かな考えだと」
彼女は一度言葉を切り、そして続けた。
「でも君は違った。『立派だ』と言ってくれた。私の考えを、初めて認めてくれた」
「セリファーナ......」
「それに、君を見ていて分かったんだ。ギルドで私を助けてくれたのも、村の人に迷惑をかけたくないと街に出てきたのも、全部誰かのためだろう?
君は、自分よりも誰かのために動いてしまう。私と同じだ」
彼女は手を差し出した。
「だから確信したんだ。君となら、本当の仲間になれる」
「改めて聞く。私の仲間になってくれないか?」
その手を見つめながら、俺は考えた。
正直、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしない。
実際、今日一日だけでも振り回されっぱなしだった。
でも......
両親が死んでから、俺はずっと一人で戦ってきた。
村の人たちは優しかったが、家族になってくれるわけじゃない。
いつも一人で依頼を受け、一人で魔物と戦い、一人で街に帰る。
それが当たり前だと思っていた。
でもセリファーナは、自分よりも誰かのために動いてしまう俺のことを、同じだと言ってくれた。
初めて、俺という人間を丸ごと認めてくれた気がした。
「......面倒事は御免だぞ」
俺はため息をつきながら、その手を握った。
「任せろ!面倒事にならないよう、私が守ってやる!」
「逆だろ......」
でも、悪い気はしなかった。
こうして、俺とセリファーナの奇妙なパーティが結成された。
この時はまだ、これが王国最強のパーティーへの第一歩だなんて、思いもしなかった。
「ところで、パーティ名はどうする?」
「パーティ名?」
「ああ、ギルドに登録する時に必要なんだ。何か希望はあるか?」
セリファーナは少し考えてから、にっこりと笑った。
「今はまだ思いつかない。仲間が増えてから、みんなで決めよう」
「仲間が増える、か......」
この天然お嬢様に付いて来る物好きが、他にいるとは思えなかったが。
「とりあえず、今日は祝杯をあげよう!初クエスト成功と、パーティ結成を祝して!」
「おい、まだ日も高いぞ」
「構わん!さあ、行くぞ!」
またも腕を引っ張られ、俺は酒場へと連行された。
(なんでこうなった......)
でも、まあ。
久しぶりに、一人じゃない夕食も悪くないか。
そんなことを思いながら、俺は彼女の後に続いた。