表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

第1話 さよなら、オウス・オブザ・セブン

「ウェンデル、君はもうこのパーティには必要ない」


聖王国サンクトレアの冒険者ギルド、最上階の特別室。

王国最強と謳われる『オウス・オブザ・セブン』専用の部屋で、俺はその言葉を聞いた。


セリファーナの声は、いつもと変わらず凛としていた。

金髪を一つに結い、青い瞳で俺を見据える。そこに迷いは見えない。


「は?」


思わず間の抜けた声が出た。

つい数時間前、俺たちは王国の脅威だった竜を討伐したばかりだ。

確かに戦闘の記憶は曖昧だが、作戦は成功したはずだ。


「聞こえなかったのか?君を追放する」


リーダーであるセリファーナの隣で、他のメンバーも黙っている。

いつも明るいカイディンも、お喋りなノヴルも、優しいリアラも。

ユーリスは相変わらず無表情で、手元の書類を整理していた。


「待ってくれ、俺が何かしたのか?竜討伐で失敗でも―」


「いいから出て行け」


セリファーナの声が、部屋の温度を下げた。

これ以上の問答は無用、そう言っているようだった。


俺は仲間たちの顔を見回す。

2年半、共に冒険してきた仲間たち。

家族同然だと思っていた。


だが、誰も俺と目を合わせようとしない。


「なぜだ?」


俺は必死に声を絞り出した。


「2年半、みんなで一緒に冒険してきたじゃないか。苦しい時も、嬉しい時も、ずっと一緒だった。家族みたいなものだって、そう言ってたじゃないか」


誰も答えない。


「俺が何かしたなら言ってくれ。謝るから。直すから。だから―」


「足手まといなんだ!」


セリファーナの叫びが、俺の言葉を断ち切った。

その声には、怒りとは違う何かが混じっていた。だが、それが何なのか理解する前に、彼女は続けた。


「君は、もう足手まといなんだ。分からないのか?」


その言葉は、剣よりも深く俺の心を貫いた。


「......分かった」


これ以上、みっともない真似はしたくなかった。

俺は置いてあった自分の荷物を手に取る。


「セレニティ村だ」


部屋を出ようとした時、ユーリスが口を開いた。

彼はいつもの冷静な口調で、懐から地図を取り出す。


俺は地図を見つめた。南の平原を越えた先、王都から最も遠い村の一つ。


「......ちょうどいい」


自分でも意外なほど、素直にそう思えた。

王都にいれば、どこへ行っても『元オウス・オブザ・セブン』の肩書きがついて回る。

同情か、嘲笑か、どちらにしても耐えられない。


それに―

この街で、一人で冒険者を続ける自分を想像してみる。

ギルドで依頼を受ける時、きっとセリファーナたちと鉢合わせることもあるだろう。

同じ酒場で、あいつらが笑い合っているのを見ることもあるだろう。


(無理だ)


人生最大の、いや、唯一と言ってもいい仲間を失った俺に、もうこの街に居場所なんてない。

家族だと思っていた者たちに拒絶された場所で、何事もなかったように冒険者を続けるなんて、俺にはできない。


「宿は『陽だまり亭』がいい。マスターは元冒険者で、腕の立つ護衛を探している。君の実力なら問題なく雇ってもらえるだろう。日給は銀貨5枚、食事付きだ」


ユーリスの説明は続く。

なぜこんなに詳しいのか。まるで、俺が遠くへ行くことを望んでいるような―


「おい、ウェンデル」


カイディンが革袋を放ってよこす。

ずしりと重い。中を確認すると、金貨が30枚も入っていた。


「君の取り分だよ。ちゃんと計算したから」

ノヴルが付け加えた。


竜討伐の報酬の、正当な分配額だ。


「......ありがとう」


これ以上、この場にいる意味はなかった。

俺は背を向け、扉に手をかける。


「ウェンデル」


リアラの声が、震えていた。

振り返ると、銀髪の少女は今にも泣きそうな顔をしていた。


「......達者でね」


それだけだった。

何か言いたそうにしていたが、結局それ以上は何も言わなかった。


俺は静かに扉を閉めた。


廊下に出ると、胸の奥が急に痛んだ。

何が起きたのか、まだ理解できていない。


竜討伐の後の記憶が、どうしても思い出せない。

いや、正確には竜との戦いの最中から記憶が曖昧だ。カイディンが竜の尾に吹き飛ばされ、セリファーナが必死に盾で攻撃を受け止めていた場面までは覚えている。

だが次の瞬間、俺は何をしていた?どうやって竜を倒した?

記憶の中で、ただ眩い光だけが残っている。

そして気が付いたら、ギルドの部屋で追放を告げられていた。


(俺は......何か取り返しのつかないことをしたのか?)


でも、仲間たちは理由を教えてくれなかった。

ただ「必要ない」と。


階段を降りながら、過去を振り返る。

2年半前、駆け出しの冒険者だった俺を、セリファーナは最初の仲間として選んでくれた。

「君となら、本当の仲間になれる気がする」と言って。


その後、カイディン、リアラ、ノヴル、ユーリスが加わり、俺たちは王国最強のパーティーになった。

苦楽を共にし、命を預け合い、まるで本当の家族のように―


(全部、終わりか)


ギルドの玄関を出ると、午後の日差しが眩しかった。

通りを行き交う人々は、俺のことなど気にも留めない。

つい今朝まで、王国最強パーティーの一員として尊敬されていたのに。


ふと、ユーリスが教えてくれた地図を広げる。

セレニティ村。聞いたこともない辺境の村だ。


南の平原を越えるのは、一人では少し危険だが、俺の実力なら問題ないはずだ。

もう、王都にいる理由もない。


(仕方ない、か)


俺は地図をしまい、南門へ向かって歩き始めた。


何が悪かったのか、まだ分からない。

でも、きっと俺の実力が足りなかったんだろう。

王国最強のパーティーについていけなくなった、ただそれだけのことだ。


そう自分に言い聞かせながら。


---


三日後、俺は南の平原を歩いていた。


商隊に同行させてもらい、途中まで馬車で移動できたのは幸運だった。

ここから先は徒歩で行くしかない。


「本当に一人で行くのか?」


商隊の隊長が心配そうに声をかけてくる。


「ああ、大丈夫だ」


「平原には魔物も出る。気をつけてな」


隊長の親切に礼を言い、俺は平原へ足を踏み入れた。


見渡す限りの草原が広がっている。

風が草を揺らし、波のような模様を作っていく。

平和そうに見えるが、魔物が潜んでいることもある。


(なぜセレニティ村なんだ?)


歩きながら、ふと疑問が湧いた。

ユーリスはなぜ、あんなに詳しくあの村のことを知っていたのか。

まるで、俺が行くことを前提に調べていたような―


いや、考えすぎだ。

きっと、ただの情けだろう。

さすがに路頭に迷わせるのは忍びないと思ったのかもしれない。


夕暮れ時、ようやく村が見えてきた。


木造の質素な家々が並び、畑や牧場が広がっている。

聖都と比べれば、あまりにも小さく、あまりにも静かだった。


門番もいない。

俺は特に誰に断ることもなく、村へ入った。


通りを歩く村人たちは、俺を見ても特に驚かない。

よそ者に慣れているのか、それとも無関心なのか。


ユーリスが言っていた『陽だまり亭』はすぐに見つかった。

村の中心、小さな広場に面した二階建ての宿屋だ。


扉を開けると、カランと鈴の音がした。


「いらっしゃい」


カウンターの奥から、恰幅の良い中年男性が顔を出す。


「一晩泊まりたいんだが」


「ああ、もちろん。一泊銀貨2枚だ。食事付きでな」


金貨を崩しながら、俺は切り出した。


「護衛の仕事を探している者もいると聞いたんだが」


主人の目が、少し鋭くなった。


「ほう、腕に覚えがあるのか?」


「......まあ、人並みには」


もう、王国最強パーティーの一員とは名乗れない。

ただの、追放された冒険者だ。


「ちょうど良かった。明日、村の外れの農場へ荷物を運ぶ仕事がある。魔物が出ることもあるんでな、護衛が欲しかったんだ」


「引き受けよう」


「助かる。じゃあ、部屋は2階の突き当たりだ。夕食は1時間後に出すよ」


部屋は質素だが清潔だった。

ベッドに腰を下ろし、天井を見上げる。


(これから、どうすればいい?)


王国最強を目指していた日々は終わった。

仲間と笑い合った時間も、もう戻らない。


でも、生きていかなければならない。

この小さな村で、一人で。


窓の外を見ると、村に夕闇が降りていた。

静かで、平和で、何もない村。


(これが、俺の新しい人生か)


ため息をつきながら、荷物の整理を始めた。


しばらくして、階下から夕食の準備ができたという声がかかった。

俺は部屋を出て、一階の食堂へ向かう。


食堂には数人の客がいた。

商人らしき男、農夫の親子、そして―


「君が、ウェンデル」


突然声をかけられ、俺は振り返った。


そこには、不思議な少女が立っていた。

白銀のショートヘアが顔を柔らかく包み、透き通るような白い肌が印象的だ。

幾重にも重なる白い衣。

古い物語から抜け出してきたような、時代を感じさせない装いだった。

腰に巻かれた鎖と革紐、そこから下がる小物入れが、彼女が単なる村娘ではないことを物語っている。

17歳前後だろうか。

その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる。

だが、親しみやすさを装いながら、真意は霧の向こうに隠されているような―

そんな不気味さすら感じさせる笑顔だった。


「え、ああ......」


この村にも俺を知っている人間がいたのか。

王国最強パーティーから追放された男として、噂が届いているのだろうか。

急にバツが悪くなった。


「悪いが、人違いじゃないか?俺はただの―」


「ウェンデル・アッシュ」


少女は静かに俺の名前を口にした。

その瞳は、まるで全てを見通しているような、それでいて何も映していないような、不思議な色をしていた。


「......誰だ?」


「ミスナ」


それだけ言うと、少女は微かに微笑んだ。

その笑みの意味が、俺には全く分からなかった。


「楽しくなりそう」


子供のような、それでいて深い意味を含んだ笑みを残し、ミスナと名乗った少女は食堂を出て行った。


(なんだったんだ?)


釈然としない気持ちを抱えながら、俺は空いている席に腰を下ろした。

この村で、また何かが始まろうとしているのだろうか。


宿の女将が運んできた温かいスープを一口すすると、ふと、懐かしい味がした。

素朴で、飾り気のない、どこか優しい味。


(そういえば、初めてセリファーナと出会った時も、こんな気持ちだったな)


あの時の俺も、今と同じように一人だった。

特別な力もなく、ただ生きていくために依頼をこなす日々。


でも、あの日から全てが変わった。

運命の歯車が回り始めた、あの日から。


窓の外を見ると、夕暮れの空が2年半前のあの日と同じ色に染まっていた。

まるで時間が巻き戻されるように、記憶が鮮明に蘇ってくる。


ーーーー


時は遡り、2年半前。


聖王国サンクトレアの冒険者ギルド。

その日も、多くの冒険者たちで賑わっていた。


依頼掲示板の前で、一人の少女が困った顔をしていた。


金色の髪を背中で一つに結い、真新しい騎士服を着ている。

手には『パーティメンバー募集』と書かれた羊皮紙。


セリファーナ・ローゼン、17歳。

五大貴族ローゼン家の三女にして、将来を期待される若き聖騎士。


だが今は、ただの新米冒険者だった。


「今日も誰も来ないか......」


すでに募集を始めて五日。

しかし、応募者はゼロ。


(募集文が悪いのだろうか?)


セリファーナは羊皮紙を見つめる。

簡潔で分かりやすい文章のはずだが。


周りの冒険者たちのひそひそ話が聞こえてくる。


「貴族様の道楽だろ?」

「すぐに泣いて帰るさ」

「付き合わされる方はたまったもんじゃない」


だが、セリファーナは全く気にしていない様子で、募集の羊皮紙を真っ直ぐに掲げていた。

周囲のひそひそ話も、どこか他の誰かの話だと思っているようだった。


「おい、お嬢ちゃんよ」


ガラの悪い冒険者が、セリファーナの前に立ちはだかった。

筋骨隆々とした大男で、酒臭い息を吐きながら彼女を見下ろしている。


「ここは甘っちょろいガキが遊びで来るような場所じゃねえんだよ。飯が不味くなるから、とっとと帰りな」


男は顔を近づけ、羊皮紙を覗き込む。


「『共に高みを目指す仲間求む』だぁ?ガッハッハ!貴族のお嬢様が冒険者ごっこか?どうせ爪が欠けたら泣いて逃げ出すんだろ?それともパパに泣きついて俺たちを処刑でもするか?」


周囲の冒険者たちが下品な笑い声を上げる。


「そもそもよ、剣なんか握ったことあんのか?その白い手じゃ、ゴブリン一匹も倒せねえだろうな。あ、そうか!男を集めて盾にする気か?さすが貴族様は考えることが違うねえ」


男はわざとらしく感心したような声を出す。


「冒険者証も持ってねえくせに仲間募集なんて笑わせるぜ。どうせ気に入らないことがあったら『私は貴族よ!』とか喚くんだろ?そんな使えねえ女、誰が仲間になるかよ」


(大変なことになってきたぞ...)


少し離れた場所から見ていた俺は、内心で緊張した。

あの男は酔っているし、手を出しかねない。


しかし、セリファーナは微動だにしない。

そして、凛とした声で言った。


「聞き捨てならない言葉があったな」


その一言で、ギルドの空気が変わった。

騒がしかった冒険者たちが一斉に口を閉じ、先ほどまで怒鳴っていた男も言葉を失った。


セリファーナは真っ直ぐに男を見据えて続ける。


「私はもう17歳だ。ガキと呼ばれる年齢ではない。今の発言を撤回してもらおう」


(......そこ?)


俺は思わず心の中でツッコミを入れた。

あれだけ貴族として、騎士として侮辱されて、反論するのが年齢のことだけ?


「はあ?てめえ、ふざけてんのか!」


男は逆上し、拳を振り上げた。


「待った待った!冒険者同士の争いはご法度だろ!」


俺は反射的に飛び出し、男の腕を掴んで必死に止める。


「ああ、そうだ!お嬢さん、冒険者証がないんだよな?俺が発行場所まで案内するよ。ほら、こっち来て!」


有無を言わさず、セリファーナの腕を引いてその場を離れた。


人気のない廊下まで来て、ようやく俺は息をついた。

なんとか大事にならずに済んだが......


正直、俺が助けに入ったのは彼女を守るためじゃない。

男が殴りかかった瞬間、彼女が腰の剣に手をかけたのを見て、慌てて止めたのだ。


「あの、さ」


俺は恐る恐る切り出した。


「俺が止めてなかったら、あの人のこと......その、殺したりとか、してないよな?」


セリファーナは驚いたように目を見開いた。


「まさか!あの程度のことで人を殺すわけがないだろう」


俺はほっと胸を撫で下ろした。

しかし―


「せいぜい指を一本落とす程度だ。それで十分懲りるだろう」


彼女はさらりと恐ろしいことを口にした。


「あ......そう......」


俺は引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。


(この人、普通じゃない)


でも、なぜだろう。

恐怖と同時に、妙な興味も湧いていた。

この貴族のお嬢様は、一体何を考えているのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ