テレキネシス
今夜の友和は、美那子と一緒におでんの屋台にやって来た。
いつものように泊めてもらうつもりで電話をかけた処、善行は留守をするので(実は伸恵との逢い引き予定日らしいのだ)隣の部屋にいる美那子から、太田ビルの勝手口を開けて貰って入ってくれ。
との事であった。
そんな次第で、まだ眠くない美那子にせがまれ、この屋台に来たのだ。
水滴の滴るビニールの風よけを張った屋台で、綺麗な美那子と飲む酒はまた格別だ。
「タマゴとこんにゃく欲しいの」
と美那子が言う。
「オヤジ、タマゴとこんにゃく、それと大根とジャガイモだ」
と友和である。
今夜のオヤジは、早い時間から客に酒をご馳走になり続け、だいぶ酔っ払っていた。
「へいへい、タマゴとこんにゃく、大根とジャガイモねっと。ちょっと待っててねっと」
手先がおぼつかない。
「ありゃりゃ、タマゴとジャガイモ無いなあ。残念、売り切れだあ。え~チクワブとハンペン。これは大丈夫だよっと」
目も耳もおぼつかない様子だ。
「オヤジ、タマゴとジャガイモまだあるよ。こっちの方からは見えてるよ。あと、こんにゃくと大根だよ。まあいい、ハンペンも、もらおうか」
と友和。
オヤジは、まるでカンフー映画の酔拳のようにふらふらと立っている。
「そ~ですか~ありますか~え~どこかなどこかなっと」
美那子がくすくす笑う。
「オヤジ、しっかりしろよ。朝になっちまう」
と友和。
「え~オヤジ~オヤジと~あんたの親父じゃあ~りませんよっと」
二組いる他のカップルが笑う。
「しっかりしろオヤジ、商売だろ? こっちの昆布としらたきとさつま揚げ、忘れちゃったんだろ?」
と向かい側のカップルの男が言った。
「駄目だこりゃ、さっきから酒、ずーと待ってんだよ」
と脇のカップルの男が空のコップを握りしめている。
そのコップで、今にもコンコンとテーブル台を叩きだしそうなのだ。不機嫌な顔をしている。
カップル三組で貸し切り状態なのだが、どうやらこの停滞状態がずっと続いているらしいのだ。
「へいへいっと、タコの足にしらたき、ビールは売り切れだよ~」
オヤジは完全にへべれけである。
「まったく、しょうがねえな。勘定してくれ」
と脇の男が立ち上がった。
「こっちも勘定だ! もう、計算、大丈夫かい?」
と向かい側の男は、座ったまま財布を取り出した。
友和が言った。
「ちょっと待ってくれ。その前にタマゴとこんにゃく、大根とジャガイモ、こっちにくれ。ほら、取り皿に乗ってるだろ?」
いつのまにかオヤジの持っている取り皿には、注文通りの4品が乗っているではないか。
一瞬、ポカンと口をあけたオヤジだったが、すぐにでれっと酔っ払いの顔に戻った。
「へいへいお待ち~。酔っ払ってたって経験だね~年期が違うってんだよ~」
「手品みたい。どうやったの?」
と美那子が聞いた。
「年期が違うんだろ」
と答えた友和なのだが、妙にムズムズと身体中に力がみなぎったような、不思議な感覚を味わっていた。
王先生の気功のせいかもしれない。
確かに友和は、タマゴとこんにゃく、大根とジャガイモを、大きな四角いおでん鍋からオヤジの持っている取り皿に、ふんわりと移動させたのだ。
再び、試してみたい友和である。
友和は集中する。
中味は知らぬが銘酒八海山のビンの蓋がポンと開き、ふわりと空中に浮かんだそのビンは、脇の男の空のコップに、トクトクと酒を注いだのである。
脇の男は、立ち上がって勘定の事でオヤジと口論となっているので気が付かない。
「まあ、あんた、一杯飲んで気を鎮めなよ」
立ってわめいている脇の男に話しかける。
「飲みたくったって、なかなか注いでくれないから腹立ってるんだよ。あれ? 注いであるのか? 気が付かなかったな。分かったよオヤジ、確かに出てたよ。酒。これ飲んで帰るからな! どーいう事だ?」
脇の男は狐に摘まれた面持ちである。
女が袖を引っ張っている。
それから友和は調子に乗った。
勘定の事で再び揉める二組のカップルとオヤジを尻目に、自分と美那子の皿に好きなネタをどんどん飛ばした。
そして、たらふく食べ、たらふく飲んだ。
「すっご~い。友和さんってマリックさんみたい!」
美那子は無邪気に喜んでいる。
一段落した屋台で、破格に安い勘定を済ませると、美那子と一緒に威風堂々と引き上げるのであった。