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気功

 腰の痛みがなかなか治らない友和であった。


 毎日善行の部屋に転がり込む訳にもいかないので、仕方なく新子ノ渡のアパートに帰るのだが、五十路男の独り暮らしは、まことに侘しいものだ。

 誰が見舞いに来てくれる訳じゃなし。

 女房持ちの男の、帰りたくない症候群と違い、友和の場合は、どこかへ行ってしまいたい症候群と言うべきだろう。


 ともあれ上司の鳥飼とりかい分室長の奨めで、気功師の王先生の治療院に来た。

 やがて、友和の番となり王先生が現れた。

 怪しげな身振り手振りで、気を送る王先生なのだが、効きめはあった。


 腰に適度の圧力と温かさを感じてきて、だいぶ楽になってきた。

 そして、気効の効果で血の巡りが良くなった友和は、うとうとと眠り込んでしまった。


 目を醒ますと、患者はすでに帰っており、院内には気功を習いにきた生徒が3人ばかり、準備運動である太極拳をやっていた。

 恐縮して帰ろうとした友和であったが、王先生はせっかくだから見学していかないかと誘うのだ。

 そして、試しに気功の威力を味わってみなさいと言った。


 床に敷いたマットの脇に立つ友和である。

 王先生は太極拳のポーズで、なめらかに手を動かし続ける。


「ハイ。江守さんまたまた身体凝てるね。たんたん身体温かいになるよ。ハイ! 身体ゆらゆらするね」

 友和の身体がゆらゆらと揺れ出した。

 そして、その揺れは、ぐらぐらする程大きくなった。


 王先生は右手を突き出すと同時に、掛け声をかけた。

「ハイ! 倒れる」

 友和は、弾かれたように床のマットにどすんと倒れた。


「私のチカラ信じる。──

 気功もと効くね。

 たから私、チカラたくさん見せる。

 あなた私のチカラもと、もと信じる。気功もと、もと効く。

 あなた嬉しい私嬉しい。

 これ一番。良かたね」

 王先生の言葉は、何故だかロボ・ミナコを思い起こさせる。


 習っている3人は若い男達で、生徒というよりは、むしろ弟子といった感じだ。

 気功の力ですっ飛ぶ弟子達を目の当たりにして、驚嘆した友和は即座に入門を決意した。

 無趣味を絵に描いたような男、江守友和なのだが、老後の楽しみに、しかも身体に良くって、会社からも近く、月謝も安いのだ。

 治療費を払い続けるより、入門して月謝を払う方がずっと安く済む。という皮算用もある。


 ──いい事ずくめじゃないか。


 軽薄でお調子者の友和は、もはや達人になったような心持ちで、怪しげな身振り手振りをしながら、今夜も善行の部屋へ泊まりに行くのだった。





『二十分間の世界』で、同じ時間の繰り返しとはいえ、長い間、善行の部屋に滞在した友和は、それ以来、太田ビル二階の、この部屋こそが、勝手な話ではあるが、本当の自分の部屋のように思えるのだ。


 一方善行は、頻繁に泊まりに来る友和に対して、それほど頓着しない様子だ。

 まあ結局、義妹の美那子との関係が、なし崩しにばれた事でもあり、部屋の提供くらいはやぶさかではないと考えているのだろう。


 それから友和は、あの『NKSRの世界』での、伸恵との根拠の無い、しかも濃密な関係について考えてみたのだが、やっと解った。

 そもそも善行は、伸恵ともデキているのだと言う事が。


 出戻りの美那子が帰っ来て、否応なしに同居状態となった善行にとって、おそらく地下室で繰り広げられていたに違いない伸恵との関係の継続が、困難になってきた為ではあるまいか?


 ご都合主義的な自身の内的空間インナースペースの事ではあるし、「えーい面倒臭い、伸恵は友和とくっつけてしまえ!」このように考えたに違いないのだ。


 善行の顔を見ていると、笑いが込み上げてくる。

 ともあれ〝金満金蔵の地下室〟の存在も、秘密の愛人である伸恵の事も、知らぬ顔をしてやっている友和であった。



 注。友和は『二十分間の世界』での長い滞在の間に、太田ビルの金満金蔵の幻の地下室に入り込んでいた。

 金満金蔵とは、かつての太田質店(今はロマーノの店舗)の店主、故太田周平氏のペンネームだ。

 美那子の父である。


 金満金蔵は、昭和四十年代後半から五十年代にかけて活躍した、SM作家であり評論家であった。

 そして、終生変わらぬ実践家であった。『二十分間の世界』或いは『超電導美那子W』参照。




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