UFO騒ぎ
エステボーヨシユキの時空船ステッペン・ウルフの完璧な奇襲であったのだが、ロボ・ミナコの機転により、からくも窮地を脱したフェロモン号であった。
鶴田川に架かる文太橋の上空における、この一大イベントは、多数の目撃者を生んだ。
その結果、今や子ノ渡市はUFO騒ぎで持ち切りなのだ。
テレビのワイドショーの、レポーターの質問を受ける四十路のオカマのナミちゃんは、いつもに増して厚化粧であった。
「オレンジの光のかたまりだったわ。──
後から青い光も現れたのよ。
形はオカマ形よ。
青い光の方もオカマ形なのよ。
仲良く並んで飛んでたわ。
それから、私のボストンバックとコンビニの買い物袋、UFOに盗られちゃったのよ。
私の付き人の友和さんって人が荷物持ちしてたのね。
友和さん、しがみついたんだけど凄い力で持ち上げられちゃったのね。
5、6メートル持ち上げられて、落っこちて腰を打っちゃって今、寝込んでるわ。
危なく掠われるとこだったのよ。
私と間違われたのね。
狙いは私だったって訳なのよ。
怖いわ。
美し過ぎるって罪なのね。
……ショーを見にきた客の中に怪しい奴がいたの。
……宇宙人よ。ああ、あの嫌らしい目付き。
きっとあの時、狙われちゃったのよ。
ああ、ナミちゃん掠われるとこだったわ。
……え? ボストンバックの中味?
え~と、……ピアジュの時計でしょ、それからシャネルの香水に、チャッカマン。いえライターは……カルチェよ、お洋服もみんなブランド品よ。それからそれから、でも、もういいの。
諦めたわ。
所詮、モノはモノなのよ。
ナミちゃんの一番大切なモノは人の心なのよ。
……ナミちゃんのショーが見たい人は、子ノ渡市、ジャクリーン通りのショーパブ『パンプキン・クイ~ン』に来てちょうだい。
善行さん、友和さん、伸恵ちゃん、美那子ちゃん、千鶴ママ、谷垣さん、ジャックのマスターに山田くん、芳亜さん、剛美ママ、妙光先生とエンタメ先生、猫田社長、それから、なすびに乙子にあぐりママと、オカマのみんな! 見てる~?」
レポーターからスタジオのキャスターにマイクが戻った。
「えー、この前代未聞の子ノ渡市UFO事件ですけれども、今日はゲストの方をお招きしています。UFO研究家の須藤平四郎先生です」
「お、ヘスだ。こんな所に居やがった」
フェロモン号からの着地の際、河原で転がって強く打った腰に湿布薬を貼って、友和はベッドの上に寝転んでテレビを見ている。
例によって善行の部屋に泊まりに来ていた。
善行は、ソファーの上にあぐらをかいて、携帯小説を書く事に熱中していて、たまに、なま返事をする。
さて、ヘスが真面目な顔をして喋っている。
「えー、そもそも、子ノ渡市と言う所はですね、日本では珍しい古代文明の、環状列石が発見された場所でして、えー、世界的にみましても、このような古代遺跡の近くでの、UFO目撃の頻度は高いんです。例えば、ストーン・ヘンジの有るイギリスの……」
ディレクターの三浦が舌打ちする。
「ちっ、宇宙人の事でも喋ってくれるのかと思ったのに、遺跡の話なんか始めやがった。馬鹿め! 早く切り上げろ!」
キャスターが言う。
「有り難うございました。続いて本魂教団代表の樺山大作先生です」
樺山が、どアップで映し出された。
「わっ樺山だ。こんな事やってるのか? 善行見ろよ、こいつが親衛隊長だったんだ」
樺山は、おごそかにのたまった。
「一言で申しまして、私共がVTRを拝見いたしました処、あの光は紛れも無く、霊の光でございます。本魂教ではこれを、赤い方を煩悩光、青い方を啓導光と申しまして……」
三浦ディレクターが舌打ちする。
「ちっ、せっかくのUFO出現だってのに、何が霊の光だっ! 馬鹿か!」
すかさずカメラは現場レポーターに戻る。
「それでは、あの夜、鶴田川の対岸の河原から一部始終を目撃された、青テントに住むホームレスのおじさんに話を伺ってみましょう」
大きく両腕を上げ、のけ反ったオヤジの顔がアップになった。
汚れた顔ながら喜悦の表情を浮かべている。
「おお、私は見たあ。ベントラーベントラー終末は近い。終末は近いぞお!」
このオヤジは、ぶつぶつ独り言を言いながらうろついている、子ノ渡では誰もが知ってる男で、通称ベントラーおじさんと呼ばれている。
友和は驚いた。
ヘス、樺山ときたら次は当然、そう、ベントラーおじさんこそ『NKSRの世界』においての、党首その人だったのである。
「おい善行、あの人が党首だったんだ。ベントラーおじさん、いつも顔が黒く汚れているから分からなかったよ。案外近場に居たんだなあ。結構いい奴だったんだ」
「じゃ、おでんでも買って持ってってやれば? だけど気をつけろよ、ベントラーおじさん気難しくてな、小便ひっかけられた人もいる」
その後テレビで、ヘスと樺山が大激論の末、とっ組み合いの喧嘩を始めたのは、言うまでも無い。
そして何故だか、三浦ディレクターは、ベントラーおじさんの画像を静止させ、食い入るように見入っているのだった。