ステッペン・ウルフ
十月末のある日の夜、忽然と消え失せ、安土桃山時代へと旅立った友和は、消え失せた直後に、やはり忽然と現れた。
ただしナミちゃんのボストンバックとコンビニ袋は無くなってしまったのだが。
轟く轟音、沸き上がる群雲、まばゆいオレンジの光りの中、フェロモン号の牽引ビームにより着地した。
地上1メートル程の所でビームが切られた為、鶴田川の川原へ落っこちて、ころころと転がっている友和であった。
「痛てててっ腰、打っちゃった。しっかり降ろせよ! これじゃまるでタイム・トンネルのトニーとダグだ」
ナミちゃんと伸恵があんぐり口をあけて空を見上げている。
「伸恵ちゃん見てる~? オレンジの光り~」
「あれは絶対〝空飛ぶ円盤〟よ!」
懐かしい言葉である。
年齢が伺い知れる伸恵のこの発言なのだ。
更に空を見上げながら興奮して叫ぶ。
「ナミちゃん見て! 青いのも現れたわ」
ナミちゃんも興奮して叫ぶ。
「オレンジとブルーのUFOが一緒に飛んでるわ~。うっそみたい~」
道行く人々も立ち止まり、空を見上げている。そして 口々に叫ぶのだ。
「わーすっげー」
「UFOだぜー」
「本物だ~」
「オレンジと青、並んで飛んでるわ~」
「綺麗ね~」
「たっまや~」
そして皆、携帯を取り出して、撮影を始めた。
鶴田川の河原のブルーシートのテントで暮らしている、皆にベントラーおじさんと呼ばれているオヤジが、両手を上げて大きな声で叫んでいる。
「ベントラーベントラーおお、神はUFOに乗りて現れり~終末は近い~終末は近い~」
友和を降ろした後、速やかに立ち去ろうとしたフェロモン号であったのだが、上空に、またしても現れたのだ。「宙賊の荒業」である。
ハイパードライブにより、今度はなんと、成層圏に現れたのだ。
これはもう荒業なんてもんじゃない。
無謀に無謀を重ねたエステボーヨシユキならではの、紙一重のテクニックであった。
奇襲は完璧に成功した。
宙賊エステボーヨシユキは、諦めた訳では無かったのだ。
フェロモン号のクルーの美女達と引き換えに、男尊女卑文化圏の星系の割譲を、キョコーンのボスであるユータロから約束されていたのである。(山崎の合戦 参照)
諦め切れる訳が無い。
時空船ステッペン・ウルフ号の中では、奇襲の成功に狂喜するエステボーヨシユキが叫んでいた。
「よっしゃーやったぜ! 新開発したポイズン・スノーのゼリー弾をぶちかませ! まんべんなくぶちかませ! 一気に機能不全に追い込んで、全員捕まえてやるぜ」
しかしその時、エステボーヨシユキの全く予期せぬ事が起こった。
ロボ・ミナコである。
《よしゆきさ だめなの ぽいずんすの ふぇろもんご まま ばかなるよ まま いじめる えすてぼ わるい えすてぼ なの ろぼ みなこちゃん こまたな しかたない じばく するかな?》
驚愕するヨシユキである。
「な、な、自爆? ちょ、ちょ、ちょ、やめろ! やめろ! うー仕方が無い! 攻撃中止! ロボ・ミナコ、これでいいか?」
ロボ・ミナコに自爆されたらステッペン・ウルフ号は粉微塵なのだ。
エステボー達は一気に戦闘意欲を失った。
反転、喜ぶロボ・ミナコである。
《ありがと なの やぱり よしゆきさ やさしの なのなの》
こうなっては仕方のないエステボーヨシユキであった。
「もーしょーがないな! ロボ・ミナコ、せっかく危ないワープしてやってきたんだ。コンピューターママに挨拶しときな。俺も挨拶するからさ」
一方、フェロモン号は大パニックであった。
──ブザーブザーブザーブザー
と警報ブザーが鳴る。
メインコンピューターのママが叫ぶ。
《敵襲! 敵襲! 敵襲! 奇襲よ。なんて事! 突然、成層圏に現れたのよ。エステボーよ! これは逃げられない。もう駄目よ。お陀仏よ。お陀仏なのよ。打つ手は無いわ。皆さん覚悟して頂戴》
絶体絶命である。
コトミ艦長と信長は抱き合った。
aタイプは愛用のぬいぐるみを抱きしめた。
蘭丸が、クルー全員が、それぞれの神に祈った。
その時であった。
モニターにロボ・ミナコが映し出されたのだ。
《こにちはなの おげんきですか? ろぼ みなこちゃん なの ことみかんちょ まま とつぜん いなくなて ごめなさい なの ろぼ みなこちゃんは えすてぼ ところ います えすてぼ よしゆき わるいえすてぼ ちがいます これから ろぼ みなこちゃん よしゆきさと いしょに ぎんがのたび つづけるの なの みなさも おげんきで なのなの》
ロボ・ミナコの挨拶に重なって、スローテンポのエイトビートのイントロが、重く切なく流れてくる。
宙賊エステボーヨシユキのテーマソングである。
《お月様は青いよ~青いお月様は悲しいよ~悲しいから俺は泣く~ うぉ~うぉ~うぉ~うぉ~うぉ~うぉ~ と泣くんだよ うぉ~うぉ~》
心に染みる名曲である。
この曲は昭和三十年代の、NHK『お母さんといっしょ』の中の『三匹のこぶた』の、オオカミさんのテーマソングなのだ。
奇襲攻撃以外の、つまり、本業である宙賊行為を働く時、エステボーヨシユキは必ず、この曲を流すのだ。
オレンジの光のフェロモン号は、文太橋の上空にホバリングを続けている。
更に上空からは青い光のステッペン・ウルフが、模擬戦レーザーをフェロモン号の機体に、これ見よがしにピカピカと、何度も何度も浴びせながら、ゆっくりと舞い降りて来た。
そして、オレンジとブルーの時空船は、そのままランデブー飛行を続ける。
ほっとすると同時に面白くないママが言った。
《悔しいわ。ステッペン・ウルフの奴、勝ち誇っているのよ。何よ! 普段は、ほとんどお呼びじゃないロートルコンピューターのくせに。ああ、嫌らしい模擬戦レーザー! まるで身体中、触られてるみたい! 嫌な感じ!》
モニターに映し出されるエステボーヨシユキである。
「グドイブニング。俺様がエステボーヨシユキだ。そしてこいつら手下共」
──タタドン!
とすかさず、欧米のコントに入る、あの効果音の「合いの手ドラム」が鳴った。
それから手下共が見事な、ア・カペラを披露する。
「俺たちゃ~宙賊エステボー~命知らずのエステボー~女子供も容赦はないぜ~情け知らずのエ~ス~テ~ボー」
シャープ・ナインスのコードで締め括る、見事なハーモニーである。暇な時いつも練習しているのだ。
「元気そうだなコトミ艦長。──タタドン!
お? 彼氏が出来たのか? ──タンタン、スタタドン!(スタタは3連符)
チョンマゲオヤジとはな。──ペプ~! と、これはチャルメラの音だ。
そういう趣味だったのか。──ドドムドドムドン!
なかなかお似合いじゃないか。──ワハハハハ! と、笑い袋の音。
よおし、今回は特別に助けてやる。──ドジャーン! とドラが鳴る。
俺様からのプレゼントだ。これで〝一回貸し〟って訳だ。──ドタタン、タンタドン!
とにかく、──タタドン!
ロボ・ミナコは、──タタッタッタドン!
俺様が、銀河の果てまで連れてってやるぜ。──ドタタドン、ドタタドン、ドタタドン!(ドタタは3連符)
じゃあな、あばよ!
わっはっはっはっはっはっは・・・・・・」
不気味な叫笑を残して、エステボーヨシユキの時空船ステッペン・ウルフは、外宇宙へ飛び去っていった。