06-06
唐突に始まった多数対多数の睨み合い。
ルイとチヒロに向けられていたチンピラたちの意識は、一気にメロメ民族へと向けられた。
メロメ民族は短気で好戦的な性格であり、野蛮な性質を有する。
伊達に国外でテロリスト認定をされてはいなかった。
「Pay attention, everyone! Look at me and listen to me!」
ルイは叫んだ。
目一杯叫んだ。
腹の底から、喉が潰れそうな程に。
互いに怒号を飛ばし合い、睨みを利かせて威嚇合戦をしていたチンピラとメロメ民族はルイに注目する。
「They killed Vito! They killed our friend, Vito!」
メロメ民族に向けて、ヴィトーが殺されたことを伝えるルイ。
するとメロメ民族たちの目の色が変わり、威嚇だけでは済まさないという覚悟の色を帯びる。
一触即発。
そのことを確信したルイは、更にメロメ民族を扇動する。
「Right here, right now is the time to fight against these fxxkin' yellow monkeys!」
ルイの飛ばした檄に焚き付けられたメロメ民族たちは、母国語で雄叫びを上げながらチンピラたちと争い始める。
火蓋が切って落とされ、一瞬にして失われる秩序。
繰り広げられる暴力。
場が混沌の渦に呑み込まれる。
背が高く、筋肉質なメロメ民族はチンピラを次々となぎ倒してゆく。
しかしチンピラたちも負けじと応戦する。
銃やドスを手に、単純な力に対して凶器で押し返す。
そして、ついには派手に血が流れ、重傷者や死者も出始めた。
戦々恐々。
阿鼻叫喚。
その様相に意識を奪われていた階段のチンピラたちを蹴り落とし、力の限り踏みつけて再起不能にさせながら地上へと向かうルイ。
気が付けば後ろからシュンサクとケンジが階段を降りて来ており、ルイとチヒロに合流していた。
「俺が先導する! ついて来い!」
ケンジがルイを追い抜いて先頭に立つと、特殊部隊さながらの格闘術で次々とチンピラを気絶させてゆく。
「ついて来いって、どこに行くってんだよ? 警察呼ばないと!」
最後尾から叫ぶシュンサク。
「警察は来ない! ここは治外法権だ! それに根回しもされている! 政治家連中にな!」
振り返り、鬼気迫る表情で答えるケンジ。
「そんな馬鹿な話があるか! 警察は市民を守るのが仕事だろ!」
「来ないものは来ないんだよ! いい事を教えてやる! 根回しをしている連中に、お前の父親も入っているからな!」
シュンサクは目を見開き、息が止まる。
そして時間までもが止まった気がした。
「……マジかよ」
小さく呟くシュンサク。
それは地上で戦う男たちの怒声に飲み込まれた。
「文句はお前の父親に言え! 生きてここから逃げ出した後にな!」
シュンサクは足が竦んで動けなくなる。
それは混乱の恐怖が理由ではなかった。
ルイによって突き付けられた警察の隠蔽工作の証拠。
そして追い打ちをかけるように、ケンジによって突き付けられた父親の悪行。
シュンサクにとって、もはや自分の信じる正義は正義ではなくなっていた。
警察が正義の味方ではないということを、嫌と言うほどに知らしめられたのである。
「ぼけっとするな! 殿を務めろ、七光り!」
後方支援をシュンサクに託したケンジは、階段のチンピラをバッタバッタと倒しては、少しずつ道を切り拓いて前進してゆく。
しかし、それでもシュンサクは動けない。
パン!
乾いた銃声が響き、階段の手摺りを弾丸がかすめて火花を散らす。
シュンサクがバルコニーの方向に振り返ると、左右の口角から血を流したシズヤが、ケンジに蹴られて痛む腹部を抑えながら銃を構えていた。
室内にいた黒スーツの男たちは皆ケンジに敗北し、床に転がっている。
シズヤだけが意識を繋ぎ止め、立ち上がり、四人を追って来たのである。
「これ以上の失敗は許されねんだよ! リベンジだ! クソったれ!」
棒立ちのシュンサクに向けて引き金を引くシズヤ。
銃弾が発射される寸前にチヒロに腕を強く引かれ、シュンサクは前のめりに階段を転げ落ちる。
シュンサクは咄嗟に受け身を取りつつ、踊り場に倒れ込んだ。
的を失った弾は対面の家の窓を割り、飛散したガラス片が地上の男たちに降り注ぐ。
「痛ってぇ……」
チヒロは痛みに蹲るシュンサクを抱え起こし、肩を持ち上げてゆっくりと階段を降りる。
「僕が殿に控えよう」
そう宣言をしたルイは階段を登り、チヒロとシュンサクと擦れ違うと、バルコニーでシズヤと対峙する。
「おい! そんな奴に構うな! 行くぞ!」
ルイに向かって叫ぶケンジ。
「逃げ道を作っておいてください! 僕は彼のリベンジを受けます!」
ケンジに叫び返すルイ。
「ったく……。死ぬんじゃないぞ! 救世主!」
ケンジからの激励に脇目も振らず、ルイはシズヤを挑発する。
「来なよ、銀髪。銃なんか捨ててさ。リベンジがしたいんだろう?」
腰を落とし、片手を前に突き出してルイは構える。
相対するシズヤは銃をルイの足元に投げ捨て、握り拳を胸の前で構えた。
「……そうだな。そうするか」
ルイからの挑発によって逆に、シズヤは冷静さを取り戻していた。
自分の使命はルイを殺さずに連行することである、と。
「いくぜ? クソ教祖」
「僕は救世主でも教祖でもない!」
「どっちでもいいんだよ! くだらねぇ!」
シズヤは軽快かつ隙の無いステップで間合いを詰め、ルイの顔面を目掛けて右ストレートを放つ。
体の軸を左にズラして拳を避けたルイであったが、シズヤの初撃はブラフであった。
シズヤは繰り出した右ストレートの勢いを殺さずに体を捻り、左足を上げ、カポエイラの要領でルイの顔面に踵蹴りを繰り出す。
が、既のところでルイは両腕を上げて攻撃を防ぐ。
しかし、二撃目もブラフ。
足技で上半身と下半身の高さを入れ替えたシズヤは、投げ捨てた銃を拾うために手を伸ばす。
そう、殺さなければいいのだ。
殺しさえしなければ手を撃ち抜こうが、足を撃ち抜こうが、何をしても構わないのである。
ルイを行動不能にさえしてしまえば、シズヤの勝利。
さぁ、銃を拾って太腿にでも一発お見舞いしてやるぜ!
苦悶の表情を見せてみやがれ、クソ教祖!
などと考えながらルイの足元に目線を移すシズヤ。
「――無ぇ!」
つい先刻まで転がっていた筈の銃が見当たらない。
宛てが外れ、拍子抜けしてバランスを崩したシズヤはコンクリートの床に仰向けで倒れ込む。
見上げると、そこには銃を構えて自分を見下ろすルイの姿があった。
「テメェ、やりやがったな……」
ルイは眉ひとつ動かさない。
「銃を拾う必要が無ければ君の攻撃は全て避けていたよ」
両足の踵でボールを挟んで持ち上げるヒールリフトという、サッカーの技を用いてルイは拳銃を手に取っていた。
虚を突かれて目を丸くしていたシズヤであったが、その表情はすぐに下卑た笑いへと変わる。
「はっ、はははっ! 馬鹿がよぉ!」
ジャケットの胸ポケットからもう一丁の拳銃を取り出し、ルイに向かって照準を合わせるシズヤ。
「そいつもブラフだ! そっちの残弾はゼロだぜぇ!」
躊躇も容赦も無く、同時に引き金を引くシズヤとルイ。
パン!
夕焼け空に木霊する銃声はただひとつ。
薄っすらと硝煙が揺らめくのは無論、シズヤの拳銃からである。
シズヤの顔には返り血が飛び散っていた。
ただし、銃創から流れ出す血はルイのものではなく、シュンサクのものであった。
「――痛っっってぇ!」
ルイを庇い、左の肩を鉛の弾に貫かれたシュンサクが、そこには立っていた。
痛みを堪えるために歯を食いしばり、振り上げた右手に力を込めるために更に強く歯を食いしばる。
「おらぁっ!」
シュンサクはシズヤの腹に拳を叩き込んだ。
「うぼえっ!」
シズヤは白目を剥き、胃液を吐き出すと、構えていた銃を落として痛みに身悶える。
腹部を両手で抑えながら蹲るシズヤを横目に、シュンサクは銃を拾い上げる。
「銃刀法違反だ! チンピラ!」
シュンサクはシズヤのジャケットの襟ぐりを掴んで階段まで引き摺り、手摺りの柵とシズヤの右手首を手錠で繋ぐ。
「暫くここで大人しくしてろ」
全身の力が抜け、息も絶え絶えなシズヤは虚ろな表情でシュンサクを見上げる。
「……てめぇ、……何で?」
左の肩を抑え、痛みに震え、玉のような汗を搔きながらも、シュンサクは気丈に振る舞う。
「俺は警察だ。俺はやっぱり、正義の味方でありたいんだ」
シュンサクは苦痛に耐えながら、曇りの無い笑顔を浮かべた。
F B S / Right Here, Right Now




