06-04
チヒロは探し出した書類の束を持ってシュンサクに近寄り、手渡す。
「これは――?」
書類に目を通すシュンサク。
手始めに過去の捜査資料一式と、その内容をまとめた書面が一枚。
そこに書かれていたのは、紛うことなき警察の不正であった。
「書類送検されず、警察に揉み消された交通事故……? 事故の原因は飲酒運転。運転していたのは……」
記載されていた名前を見てシュンサクは目を見開いた。
「……この名前、政治家の息子じゃないのか? 自由勤民党の」
「そう、自由勤民党の議員から圧力が掛かり、警察のお偉方の隠蔽工作によって書類送検すらされず、闇に葬られた交通事故です。被害者の怪我の程度が軽かったので、最終的に金の力で解決を図られた案件ですね」
「って言われても、こんな書面だけじゃ信憑性は低いよね? いや、皆無に等しい。偽造の可能性だって十分にある」
「証拠ならありますよ」
「どこに?」
ルイはポケットからスマートフォンを取り出すと、音声データを再生する。
記録されていたのは二人の男の会話であった。
『柳葉君、例の事故の件だが』
『橋議員のご子息の飲酒運転ですか?』
『そうだ。所轄に出向いて揉み消しておいてくれ』
『……しかし津嘉山さん、よろしいのですか?』
『よろしいも何もないだろう。やらなければ君の出世にも大きく響くぞ。それでも構わないなら、私は構わないがね』
『……承知しました』
音声データの再生を止めるルイ。
シュンサクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「津嘉山さんは警察官僚。橋さんは自由勤民党の重鎮。そして柳葉さんは警察本庁の管理官にして、イルミンスールの信者です。二世会の人間ではありませんがね。彼は警察内での出世争いや、くだらないしがらみに辟易して心を病み、入信されました。以降は、このように警察の上層部で密かに情報収集をしています。父が亡くなった今、どうされているかは知りませんが」
「何で、いち宗教法人がそんな物を集める必要があるんだ?」
「僕の父は用心深い人でした。宗教は大きければ大きくなるほど敵が増え、その規模も大きくなります。そこに対抗するための切り札を集めるのが父の日常でした。これは、その中のひとつです」
「馬鹿な……。そんな馬鹿な……」
現実を受け入れられないシュンサクは他の書類にも目を通す。
そして目にしてしまう、父の名前。
「……これ」
シュンサクは父の名前が記載された書類をルイに見せる。
「それがどうかしましたか?」
「……親父の名前が載っている。これも音声データがあるのか?」
「ありますよ。聞きますか?」
「……いや、いい」
揉み消されていたのは、メロメ民族の男による女子中学生への性的暴行事件であった。
父親の醜悪に吐き気を催したシュンサクは絶望し、肩を震わせ、書類を握り締める。
「ちょっ! 止めてくださいよ!」
チヒロは急いでシュンサクの手から書類を全て取り上げる。
くしゃくしゃの書類を広げるが、既に皺だらけとなっていた。
「あぁ、なんてことを……」
「構わないよ、チヒロ。スキャンは取ってあるんだ」
「……まぁ、ルイがそう言うなら」
後生大事に書類をしまうチヒロ。
ルイはシュンサクに近付き、震える肩に手を置く。
「織田さん。僕たちは悪と戦っています。イルミンスールという悪。そして、そこに関わりを持っていた悪。どうやらあなたの父親も同じ穴のムジナのようですね」
シュンサクは「悪」という言葉に改めて絶望する。
正義を行使しようとしていた自分が、自分の想像を遥かに超えた悪の息子であったことに。
「あなたの気持ちは痛いほど分かります。僕の父も教祖という悪だったのですから。ですが、家族といえど所詮は他人。親は親ですし、子は子です。悪の子がまた悪に染まるとは限らない。いえ、むしろ逆の道を行くこともあるのです。僕らのように。あなたのように」
「……俺は、悪かもしれない」
「いいえ、あなたは正義です。あなたが父親の所業に疑問と怒りを覚えたならば、間違いなく正義です」
「……正義」
ルイはシュンサクの震える手を、両手で優しく包み込む。
「僕たちはこれからも戦うつもりです。悪が滅びるまで。よろしければ織田さんも協力していただけませんか?」
「俺が……? 警察だぞ? マズいだろ?」
「渡部さんも警察です」
「公安と俺は違う種類の警察だ。巨悪と戦うのに、所轄の刑事に出来ることなんてないし、そもそも職務放棄になってしまう。いや、職務放棄どころの話じゃない。手を貸したら、それはいっそ立派な犯罪だ」
「毒をもって毒を制す。そうでもしなければ僕らに勝ち目はありません。そして、織田さんにも出来ることはありますよ。僕ら二世会は、ごくごく一般的な二世信者を構成員として活動しています。しかも、各々がそれぞれの職務を全うしながら。ねぇ、渡部さん?」
ルイからケンジへのキラーパス。
「……そうだな。例えば昨今の政治家による汚職の報道だが、本来であればテレビ局や新聞社は大々的に取り扱わない案件だろう。何故ならお上から報道規制が敷かれているからだ。しかし、その規制を掻い潜って現に汚職の報道がされている。それは二世会の仕業に他ならない。世の中には相当数の二世信者がいて、様々な業種に就いているんだ。そう、テレビ局や新聞社なんかにもいるんだよ、二世会の構成員が。そういうことだよな、ルイ?」
ケンジはルイにパスを返した。
「えぇ、その通りです。解説ありがとうございました。そして勿論、警察の中にも二世会の人間はいます。彼ら彼女らは職務を全うしながら、僕らに協力してくれていますよ。なので織田さんにも是非、僕たちの仲間になって頂きたい」
ルイは右手を差し出す。
「……何のために?」
訝しげな表情でシュンサクは問う。
「無論、正義のために。一緒に悪を挫きましょう」
シュンサクは差し出されたルイの手を見つめ、悩む。
警察官である自分が、犯罪者かもしれない人間の犯罪的な行為に手を貸して良いものかと。
しかし今のシュンサクには、ルイの言い分が正しいように思えて仕方なかった。
悪に染まったと考えていた目の前の青年こそが、本当は正義なのではないかとさえ思い始めていたのである。




