06-03
「いいシナリオだ。所轄の刑事にしておくには惜しいな」
ケンジは拍手を止める。
「我々公安は巨悪を炙り出し、隠された罪を白日の下に晒し、悪党に罰を受けさせるためなら何でもする。例えば、巨大な宗教の教祖を殺し、建物に火を放つような犯罪者が目の前にいても、彼らが巨悪を炙り出すのに必要な人材であるのならば、我々はそういった人間を捕まえることはせずに協力を仰ぐだろう。ま、あくまで例えばの話だがな」
これ見よがしにケンジはチヒロとルイに視線を送る。
二人は変わらず微動だにしない。
「どうだろう、お二人さん。この熱血刑事に連れて行かれるより、私と一緒に来ることを選択しないか? 我々公安は君たちの身の安全を保証するよ。ちなみに桜田ヒカリさんは既にこちらで保護をしている。本庁も信用は出来ないからな」
ケンジはにこやかにチヒロとルイを勧誘する。
しかし、ヒカリの名前を出されたチヒロはケンジを睨んだ。
この提案は実質、人質がいることを前提条件に脅迫されているようなものであり、チヒロはそのやり方に怒りを覚えたからである。
そしてシュンサクが間に割って入る。
「二人共、公安の口車なんかに乗っちゃ駄目だ。不要になったら使い捨てられ、後ろめたさを抱えて生きていくことになる。もし君たちが犯罪に手を染めているなら尚更だ。罪は償うべきだし、そうしなければ必ず後悔することになる。だから俺と一緒に行こう。絶対に二人は俺が守るからさ」
「織田シュンサク君。これ以上邪魔立てすれば、君の父親に報告を入れさせてもらうことになる。親の七光りで公安に楯突く刑事がいるとね」
二人の間には再び緊迫した空気が流れる。
そこにルイが割って入った。
「織田さん、渡部さん、すみませんが、こちらにもこちらの事情があります。それを聞かずして、お二人だけで話を進めないでいただきたい」
「そちらの事情か。話してもらえるならば聞こう」
ケンジはルイを促す。
「僕たちはイルミンスールに所属する人間ですが、その実、イルミンスールに反発する人間でもあります。親がたまたまイルミンスールの人間であったがために、僕たちもイルミンスールを信仰するよう強制されていたに過ぎず、むしろその反動で憎しみすらも抱くようになったんです」
「よくいる二世信者だ」
「そう、よくいる二世信者です。世の中には本当に沢山いるんですよ、二世信者って。僕はね、そういった仕方なく信仰を続けている二世信者を仲間にしながら、とある目的を果たそうとしています」
「二世会によるイルミンスールの解体、だろ?」
「やはりご存知でしたか」
「二世会にも何人か公安の協力者を抱えているからな。君の情報もある程度は仕入れている」
「それなら話が早くて済みます。お二人の望みは叶えますので、その前に僕らの望みを叶えてはもらえないでしょうか?」
「ほう、国家権力相手に交渉とはね。なかなか肝が座っている」
「まぁ、国家を揺るがし得る宗教の次期教祖ですから。まず渡部さん、あなたが欲しいのは僕らの持つ情報ですよね。この国の中枢に蔓延る悪を炙り出すための」
「そうだ」
「それをまるっと渡してしまったら僕らの存在価値が無くなってしまいます。あなたに一方的に弱みを握られた状態になるんです。そうしたらどうなるか分かったものではありません。織田さんの仰っていた通りです」
シュンサクが頷く。
ルイは続ける。
「僕らにはイルミンスールを解体に追い込むという目的があります。それを完遂し次第、あなたの欲しい物は全て差し出しましょう。それまでは僕らを監視してもらって構いませんし、口を挟んでもらっても構いません。ただ少なくとも僕らのやっていることは、あなたの仕事の邪魔にはならないでしょうから、そうそう口を出されることは無いかと思いますが」
「これからは公安の監視下で行動する、と?」
「そうです。そして僕らが活動をしている間、僕らの命を守ってはいただけないでしょうか? 僕らを連れて行こうとした位ですから、かなり安全度の高いセーフハウスの用意もあるのでしょう?」
「……その通りだ。君もいいシナリオを書くな。教祖にしてしおくには惜しい人材だ」
「教祖なんかにはなりやしませんよ」
「そうか」
口元を手で抑えケンジは考え込む。
ひとしきり思考を巡らせた結果、ケンジは口を開いた。
「よかろう。イルミンスールの解体という期限付きで、君たちにセーフハウスと護衛を提供しよう。こんな所よりよっぽど安全だ。ただし、監視は二十四時間体制で行わせてもらう」
「問題ありません。ありがとうございます」
ケンジとの約束を取り付けたルイは、シュンサクの方へと向き直る。
「織田さん」
「はい」
「あなたの目的は事件の真相解明ですね?」
「そうだね。それが刑事の仕事だから」
「イルミンスールが解体され次第、真実をお話致します。あの日の夜、記念会館で何が起こったのかを。それまではどうか、何も聞かずに見守ってはいただけないでしょうか?」
「そうはいかない。公安が動いているということは、君たちは大きな事件や陰謀に巻き込まれているということだ。それを見過ごす訳にはいかないよ。人生を棒に振るな。命を大事にしてくれ。だから、今すぐ一緒に警察署に行こう」
「その警察署が安全ではないんですよ」
「警察署が安全じゃないなら、この世のどこに安全な場所があるっていうんだ?」
「チヒロ」
ルイはチヒロを呼び、目を見合わせる。
「警察関係の書類を何種類か見せてあげて」
「了解」
チヒロは持っていたカップラーメンを机に置くと、部屋の隅に置かれている大きなリュックを漁り始める。
「警察関係の書類?」
「はい、警察の汚職が記録された証拠です」
「汚職……? 何でそんな物を持っているんだ?」
「僕の父が保管していたからですよ。保身のために。そして火事のあった夜、僕らはそれを持って逃げ出したんです」
シュンサクは眉をひそめ、にわかに信じ難いという表情を浮かべた。




