04-01
イルミンスール記念会館の火災があった翌日。
太陽が登りきっておらず、空がまだ薄暗い早朝。
とある住宅街の片隅に、違法駐車された車がぽつんと一台。
ポルシェのパナメーラである。
そして車の左右には、黒いスーツとチェスターコートを着た二人の男が立ち、外から車内を覗き込む。
背が高く渋みのある見た目をした中年の男と、背が低く太身で垢抜けない雰囲気の若い男である。
「もぬけの殻ですね」
背が低い方の男が話す。
「この周辺に潜んでいるか、車を乗り換えてどこか別の場所に移動したか――」
背が高い方の男が返す。
男は地面に伏せると、ペンライトで車の裏を照らしながら覗き込む。
「ちょっと、ケンジさん! 雑務は俺がやりますから!」
背の低い太身の男は焦り、急いでケンジの元へ駆け寄って止めようとする。
「構わないさ、これくらい」
ケンジは車の下に手を伸ばすと、磁石で付着していた小型の発信機を取り外して立ち上がる。
それをポケットにしまうと、ぱんぱんと両手を叩いて掌の砂をはらい、膝に付いた砂もはらった。
「その後、もう一個の発信機の所在地は変わりないか?」
「はい、今も華川組の敷地内ですね」
「協力者のスマホの位置情報も?」
「えぇ、同じく華川組の敷地内です」
「そうか」
天然パーマで程よくウェーブの掛かった前髪を手で掻き上げ、ぽりぽりと頭の天辺を掻くケンジ。
「協力者からの連絡が途絶え、二世会の協力者と車の位置情報が示すのは華川組というヤクザの敷地内。それとはまったく別のこの場所に、別の発信機が付いた二世会の車が一台。新人君なら、どういうシナリオを想定する?」
新人君と呼ばれた男は顎に手を当てて考え込む。
「藤原ルイは父である教祖を殺し、建物に火をつけて二世会の仲間と共に逃げようとした。ところが華川組にそのことがバレて一悶着あった。そこで藤原ルイは華川組の車を奪って逃走。華川組は協力者を捕らえ、残された二世会の車でやむなく事務所へと帰った――。状況から察するに、こんな感じのシナリオが想定されるでしょうか」
「ふむ――」
ケンジは鼻の頭を掻く。
「過去にイルミンスールと華川組が揉めたという記録はあるか?」
「僕の調べた限りでは無いですね。公安のデータベースによれば、華川組に限らず、イルミンスールと反社会的勢力が関わったという記録は一切見つかりませんでした」
「にも関わらず、何故か華川組が真っ先に藤原ルイと接触した可能性がある。これって不自然だよな?」
「ですね」
「となると、君のシナリオにはまだ他の登場人物がいると考えた方がよさそうだ。イルミンスールと華川組を繋ぐ第三者がね」
車を見下ろしながら考え込むケンジ。
「指紋取るか」
「鑑識呼びます?」
「いや、この辺りの住民を装って地元の警察署に通報を入れてくれ。確かこの辺りの管轄は、あすなろ署だ。後部座席に血の付いた怪しい車が違法駐車されている、的な感じでな。事件性があることを匂わせれば、所轄の刑事はすぐに動いて全部処理してくれる。俺たちは後から欲しい情報だけを貰えばいい」
「なるほど」
「公安てのはな、自分たちが表舞台に立たないようにするために、他人を動かして捜査を進めるのが基本となるんだ。例えるなら我々は脚本家で、その他の人間はみな演者なのさ。だから常にシナリオを用意出来るようにしておいてくれ。出来うる限り、美しいシナリオをな」
「分かりました」
渡部ケンジは、公安部公安総務課所属の公安警察であり、イルミンスールを監視対象の一つとしていた。
昨晩、二世会の協力者からもたらされた情報により、消息不明となった藤原ルイの行方を追っている。
◇◇◇◇◇
日が昇り、青空が広がる快晴の朝。
巡査部長、織田シュンサクは上機嫌に〈あすなろ警察署〉へと出勤する。
スーツの上には緑色のモッズコートを羽織っており、軽やかな足取りでフィッシュテールを揺らす。
「おはようございまーす!」
入り口を通り抜けたシュンサクは、署内に入るなり目に入る人々全員に挨拶をしながら歩く。
声を掛けられた人間はみな笑顔で挨拶を返し、シュンサクが通った後は雰囲気が明るくなる。
爽やかな見た目の好青年は、爽やかに同僚に声を掛けながら建物の奥へと進んでゆく。
そして辿り着いたのは刑事課のオフィス。
「おはようございまーす! ――って、あれ?」
元気良く扉を開けて部屋に入ったシュンサクであったが中には誰もおらず、自分の声が虚しく響く。
そこそこ広い室内にはいくつもの事務机が置かれており、それらは全て空席であった。
「おっかしいなぁ。遅刻ってことはないと思うんだけど……」
袖を捲り、腕時計で現在の時刻を確認する。
アナログの針が指し示すのは午前八時三十分。
定刻ぴったりの出勤であった。
「シュンサク君」
後ろから声を掛けられて振り返るシュンサク。
声の主は、中肉中背、眼鏡、オールバックのナイスミドル。
「水谷課長! おはようございます!」
ハンカチで手を拭きながら廊下を歩いて来たのは、捜査課課長の水谷であった。
Ravel / Boléro




