縁結びの白兎神様はマイペースで恋を結びます
藤乃澄乃様主催の「バレンタイン恋彩2」企画参加作品です。
彰子 の頭の中はぐるぐるのぐるこんぐるこんだった。
両腕にきつく抱きしめられた力作の手作りチョコは彼女の熱気で溶けてしまいそうだった。
しかし、そんなことに気づく余裕もなく、あっちへうろうろ、こっちへうろうろしている彰子である。
(なにどうってことはないんだよ。朝一番に学校行って。誰より早く学校行って、この手作りチョコを悟の机の中もしくはゲタ箱に入れておけばいい。後は素知らぬ顔して、悟の反応を見るって……)。
(だめだー)。
彰子は更にきつく手作りを抱きしめる。
(悟のことだ。チョコを見つけるやいなや『わー何だこれはー』と言い出す。それを見た人が集まってくる。はさまっている私の手紙が見つかって、全員に見られる)。
(なら私の手紙を入れなければ……)
彰子は手作りチョコをきつく抱きしめたまま首を振る。
(悟のことだ。『わーチョコだ。誰がくれたの?』と言い出す。それを見た人が集まってくる。私は恥ずかしくて名乗り出られない。そして、悟自身は全く分かってないが、実は密かに人気があるようなのだ。ここぞとばかり『それ私のー』と言い出す子も出てくる心配が)。
(うがー)。
心の叫びを上げつつ、道路を行ったり来たりする彰子。しかし……
「ん?」
彰子は気づいた。
「こんなところにお社があったっけ?」
◇◇◇
それが誰も手入れしていないような崩れかかったお社だったら分からなくもない。
ところがそのお社ときたら、新築のようにきれいなのだ。なのに他の人の気配は全くない。
怪しいと言えば、怪しさ満点なのだが、この時の彰子はぐるぐるのぐるこんぐるこんからの突破口を求めていた。
吸い寄せられるかのようにお社の前に立ち、財布の中の千円札を多少の躊躇はしたが、えいやとばかりお賽銭箱に放り込み、ガラガラと本坪鈴を鳴らす。
そして、二礼二拍手一礼。その後の願い事は何も口で言わなくてもいいのだが、彰子は口に出して言った。
「バレンタインのチョコ渡しがうまくいき、悟と両思いになれますように」
次の瞬間、強い光が差し込む……ことはなかったが、鈍い音をたて、扉が開いた。
「ああーよく寝た。今、私を呼んだのはあなた?」
◇◇◇
彰子は呆然とした。この事態はさすがに予測していない。
声の主は、ボサボサの長い白い髪に着崩された白い和服。そして、彰子にとって忌々しいことに胸だけは大きな女性だった。
「いっ、いっ、いっ、いえ、あっ、あっ、あっ、あたしは、おっ、おっ、おっ、お願い事していただけで……」
「それが私を呼んだってことだよ。うー、寒い。今何月?」
「二月ですけど」
「えー? 道理で寒いわ。立ち話もなんだから、中に入って。何もないけどさあ」
「ええっ?」
◇◇◇
通されたお社の中は思いのほかきれいだった。しかし、何もないというのも本当だった。
「それであなた様はどちら様で?」
恐る恐る尋ねる彰子だが、相手はこともなげだ。
「私―? 私は『白兎神』。専門は皮膚病と縁結びね」
「縁結び!?」
今の彰子にこれ以上魅力的な言葉があろうか。
「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ、あたしの恋のお願い事なんかも叶えてくれちゃったりなんかも」
「まあねえ」
白兎神は淡々としたままだ。
「私が久しぶりに起きたのもあなたのそのお願い事が原因だから」
パアアアア
彰子の前の視界が急速に明るくなる。
「あっ、あっ、あたしのお願い事は叶うということでよいのでしょうか?」
「あー、それは詳しい話しを聞いてみないと何とも言えないよ」
「へ?」
目が点になる彰子に白兎神は長い髪をかき上げ、溜息を吐く。
「いやー、そういう願い事を言えば何でも叶うと思っている人多いんだ。だけどさあ、私も子どもも読む昔話『因幡の白兎』の主人公だからね。不倫とか略奪婚とかは困るんだ。これが」
「不倫とか略奪婚とかないですよっ! あたしはただ幼馴染みの悟と両思いになりたいだけで」
「ふーん」
白兎神は彰子の顔を見つめる。
「その幼馴染みの悟くん。彼女はいないの?」
「なっなっなっ」
彰子の顔は真っ赤になる。
「いるわけがないですっ! 悟に彼女だなんて聞いたこともない」
「それ、悟くん本人に確認した?」
「!」
絶句する彰子。だけど、何とか次の言葉を継ぐ。
「それはしてないけど……。だけど、それが出来るくらいなら神様にお願いなんかしないですよお」
泣き出しそうな彰子にポリポリと頭をかく白兎神。
「いやあなたを責めようってんじゃないんだ。たださあ、調べてない以上、そういうこともあるってことは承知しといて。こっちも略奪に加担は出来ないんで」
「はっ、はあ」
明らかに落胆する彰子。そんな彰子の肩をポンポンと叩く白兎神。
「まあ略奪に加担は出来ないけど。私も引き受けた以上、出来るだけのことはするよ。ところで長く寝ていたもんで分からないんだけど、今年って昭和何年?」
「しょ? 昭和?」
あまりの衝撃的な言葉に硬直する彰子。
「いやあー」
そんな彰子の様子を一切意に介さず更に頭をかく白兎神。
「前に恋愛成就の仕事を完遂したのは昭和60年で結構寝たからねー。今は昭和65年くらい?」
彰子は一度咳払いをしてから答える。
「昭和は64年で終わりました。そして、今年は令和6年です」
「ほへー」
ちょっと驚いた様子の白兎神。
「昭和が64で終わって、今年が、れ? れいわ6年? じゃあ私十年寝ていたのか。こりゃちょっと気張らないといかんね」
「いえ」
彰子はここで声を潜める。
「『昭和』と『令和』の間に『平成』があります」
「!」
さすがに表情が緊張する白兎神。
「マジ? 『平成』って何年あったの?」
「……31年」
「……」
絶句する白兎神。
「じゃなに、私はざっと四十年くらい寝ていたわけ?」
「ギャー」
白兎神は悲鳴を上げるとあまり広くもない、お社の中をかけまわった。
「ヤバい。ヤバい。ヤバい。マジで恋愛成就で成果上げないと、ほんっきでヤバい」
「かくなる上は」
白兎神は彰子の顔を見据えるとその両手をつかむ。
「何としてでもあなたの恋愛成就しないとね。下手すると職務怠慢で神格を剥奪されるわ」
「はっ、はあ」
彰子は白兎神の勢いに圧倒されつつも頷いた。
◇◇◇
「じゃあこっちがあなたの履歴書。空欄ないように埋めてね。これがあなたが両思いになりたがっている男の子の調査書ね。こっちも空欄ないように埋めて」
「履歴書? 調査書? そういうものも書くんですか?」
「あったりまえよ。状況をよく把握した上で効果的な対策立てないと恋愛成就するわけないじゃん」
「何かこう。神様というのは全てを分かっていて、願いを叶えてくれるんじゃないかと思っていましたが」
「まあそれはよくある誤解よね。願う人もちゃんと自己紹介して、何を願うか分かりやすく言ってもらわないと私らも分かんないわけよ」
◇◇◇
「ふむふむ。あなたは筒井彰子ちゃん。両思いになりたい相手は中井悟くん。幼稚園から高校二年の今に至るまで一緒。ほー本当に『幼馴染み』ってやつね」
「……」
「中学くらいから気になり始めた。ふむふむ。今はこの関係が不安で、悟くんを好きな女の子がいて、取られないか心配。ほーうほーう。かと言って告白して、今の関係が壊れるのも怖い。なるほど」
「あの。白兎神様。そうやって口に出して読まれると恥ずかしいんですが……」
「なによお。音読しないと内容が頭に入らないじゃないのよお。あら、彰子ちゃんと悟くんの家、地番近いじゃん。近くに住んでいるのねえ」
「そりゃまあ『幼馴染み』ですから」
「あら、この地番なら分かるわ。昭和60年から変わってないのね。ほいじゃあまあ、ちょっくら今夜にでも悟くんの顔を拝見させていただくとしましょうか」
「えーっ!」
彰子の顔色が変わる。
「あ、あの白兎神様。くれぐれも余計なことを言ったりしないようにしてください」
「しーんぱい要らないわよ。今の私は彰子ちゃん以外の人間には見えないから」
「はあ」
彰子は、ほっと一息つく。
「でもそれじゃ何で悟を見にいくんですか?」
「そりゃあなた。『敵を知り己をしれば百戦危うからず』ってやつよ。ふっ、ふーん。楽しみだわん。どんなカッコイイ男の子かしらん」
「白兎神様。くれぐれも妙な行動は慎んでくださいね」
「だーいじょぶよお。向こうにはこっちが見えないんだから、るっふるーん」
(何だか「神様」じゃなくて「悪霊」みたいにも思えるけど。まあ悟に見えないんだから大丈夫かな)。
彰子は、一抹の不安を抱えながらもここは白兎神に任せてみることにした。
◇◇◇
翌日の放課後。ひょっとしたら昨日のことは夢だったのではと思いつつ、その場所に向かった。その懸念は杞憂でしかなく、そのお社はしっかりとその場所にあった。
「ふんっ!」
彰子は気合を入れ直すと本坪鈴をガラガラと鳴らした。
パンパン
更に二礼二拍手一礼をすると鈍い音をたて、お社の扉が開く。
「あら、彰子ちゃん。待ってたわよん」
トレードマークなのかどうかボサボサの長い白い髪に着崩された白い和服のまま白兎神はその姿を現した。目覚めて二日目になっても身なりを整えようという気は毛頭ないらしい。
◇◇◇
「それでワタクシ。昨晩は彰子ちゃんが両思いになりたいという悟くんを見て参りました」
正座で妙にかしこまって言う白兎神。今までの行動言動に合わないその態度に妙な胸騒ぎを覚える彰子。
「その調査結果を申し上げます」
その言葉を言った直後、白兎神は突っ伏した。
(なっ、何が起こったの?)。
いきなりな光景に戸惑う彰子をよそに白兎神は突っ伏したままブルブルと震えだした。
(え? ひょっとして何かが降りてきている? でも巫女さんやイタコさんじゃない神様そのものに何か降りてくるってあるの?)。
そんな彰子の思いとはまるで関係なく白兎神は声を発した。
「ぷっぷっぷっ、ぎゃーはっはっは。彰子ちゃんが両思いになりたいって言うから、どんなカッコイイ男の子かと思ったら、何あの子? 『のび太くん』?」
今度は別の意味でブルブル震えだしたのは彰子の方だった。彰子は一度深呼吸してからゆっくりと言葉を発した。
「ほっ、ほう。悟のことをそのように言ってくれる白兎神様の思われるカッコイイ男の子は例えばどんな方で?」
「ぷぷぷぷぷ。そうねえ」
なおも笑いがこらえきれない様子の白兎神だが、何とか答える。
「何と言ってもチェッカーズねえ。あのちょっと不良っぽいところがいいのよ。シブがき隊なんかもいいわねえ。フッくんモッくんヤッくん。その先輩のトシちゃんマッチもいいしー」
「なるほどなるほど」
その返答に彰子の頭に上った血はかなり落ちた。しかし、ここは言い返さなければなるまい。
「白兎神様。今お名前を挙げた方々については、私の伯母。母の一番年上のお姉さんですが、未だ熱狂的なファンです。そして、伯母は今年還暦を迎えました」
「へ?」
あっけにとられる白兎神。
「えっ、えーと」
「そして、今お名前を挙げた方々も軒並みアラカンです」
「アラカン? みんな嵐寛寿郎になっちゃったの? 何で?」
(註:嵐寛寿郎。日本の映画俳優。1930年代から70年代にかけて活躍した。通称アラカン)。
「意味分かりません。要するにみなさん六十歳前後になられているということです」
「え? あの子たちが六十歳前後になっちゃたの」
「そりゃそうでしょう。白兎神様、四十年も眠っていらしたんですから。ともかく……」
「はい……」
すっかり毒気を抜かれた形の白兎神。
「今は時代が違うんです。優しい系がモテたりもするんです。で、どうだったんですが。見てみて」
「いやあんな『のび太くん』には心配しなくても彼女はいな……」
白兎神、ここまで話して彰子の鋭い視線に気づく。
「あーいや、いろいろ観察させてもらいました。アニメゲームマンガなどがお好きなようで。何やらゲーム機や携帯電話を通じて、盛んに人とやりとりをされていましたが、見る限りお相手は全て男性のようでした」
「ふうー」
安堵の息を吐く彰子。
「あ、あのですね。彰子ちゃん。縁結びの神であるこの私の目から見てもですね。悟くんは彼女いなくて、これは告白いっちゃっていいと思うのですが」
本来の任務をやっと思い出す白兎神。
「うーん。でもね。結構、あれで悟、モテるんじゃないかと思うんだ」
「彰子ちゃん。それでどうするの? 悟くんがモテるんだったら、両思いはあきらめる? 関係が壊れるくらいだったら、他の子に取られても仕方ない?」
「!」
ようやく恋愛神としての本領を発揮してきた白兎神に核心を突かれ、彰子は口ごもる。
「履歴書と調査書を見せてもらったけど、彰子ちゃんも悟くんも高校二年生よね。あと一年ちょっとで恐らく別の道を行く。気持ちを確かめていなければ、分かれ分かれになる可能性は大きい。ここで決着をつけないと後悔すると思うよ」
「……」
しんみりしてしまった彰子に白兎神は穏やかに声をかける。
「ちょっと一気に言い過ぎちゃったね。じゃあね、二人とも同じクラスなんだよね。バレンタインまではあと一日あるし、学校での悟くんを私の目でもう一度見てあげる。そして、アドバイスを出来ればしてあげるよ」
「……あの、白兎神様」
「なーに?」
「白兎神様はその、縁結びの神様なのでしょう。なんかこう実は悟の意中が誰か分かっているのでは?」
「そーんなん分かるわけないじゃん」
両腕を広げて語る白兎神。
「大体さー。あの年頃の心の中なんかのぞいてみ。もお大変よお。考えていることの大半がエロいことだから。次に多いのがあいつより俺の方がモテるとか、もの知っているとか、まあ優越感と劣等感がめまぐるしく交差して、目が回りそうだわ。その中から純粋の意中の人を探り出すなんて言ったら、どのくらい時間がかかるか分かったもんじゃないわ」
「……そうなんですか」
「そうなのよん。だから彰子ちゃんが直に悟くんに聞いてもらえるのが一番話が早いんだけど、それいきなりやるのが怖いみたいだから、明日一日様子を見てあげるのね」
「はあ」
(何だか白兎神様にうまいこと言いくるめられたような気がしなくもないが、ここまできたら決着をつけないと自分も収まらないし……)。
そう思う彰子だった。
◇◇◇
その教室の中空で白兎神はあぐらに腕組みをして浮かんでいた。もちろんその姿は人には見えない。
(ふーん)。
しげしげと悟をながめる白兎神。
(どう見てもモテるタイプじゃないのよねん。野球部、サッカー部、バスケ部、テニス部どころか運動部ですらない。『イケメン』でもないわよね。『のび太くん』だもの。学業の方は悪くはないけどトップクラスでもないし)。
(でも……)。
白兎神はもう一度悟をながめる。
(人はよさそうね。学校の科目のことも聞かれているけど、アニメとマンガとゲームのことについて、ほんっとによく聞かれているわね。それも一つ一つ丁寧に答えている)。
(で、見たところ、悟くんが熱い視線を向けている女の子はアニメキャラ。三次元の女の子はゼロ。いろいろなクラスメートに声かけられているけど、女の子は彰子ちゃんのみっ! 後は全部男の子。かと言ってBLの気配もなし)。
◇◇◇
「そういうことで悟くんに三次元の意中の女の子及び男の子の存在は確認出来ませんでした。また、悟くんに好意を抱いているであろう女の子及び男の子の存在も確認出来ませんでした。以上のことから、彰子ちゃんが告白して、他に好きな子がいると言われる可能性は低く、また、すぐの他の子に取られる可能性も低いかと」
一気にまくし立てる白兎神。真剣な表情で聞いている彰子。
そして、彰子はゆっくりと口を開く。
「すぐの他の子に取られる可能性は低いというんですけど、それでも私は心配なんです。悟、人が良くて優しいじゃないですか。今は気づかれてないかもしれないけど、それに気づく子がでてきたら……」
「うんうん」
白兎神は目を閉じて腕組みをしながら頷く。
「悟くん。いい子だよね。高校生のうちはなかなか気づかれにくい良さだけど、気づく子はいるかもしれないね」
「白兎神様。やっぱり私、明日、悟に告白します。白兎神様の言うとおり、あと一年ちょっとで高校卒業だし、やっぱり悔いを残すのは嫌なので」
「うんうん」
白兎神は更に目を閉じて腕組みをしながら頷く。
「勇気を出して行っといで、100%の保証は出来ないけど勝算は十分ある。私は見守っているからね」
彰子も頷いた。
◇◇◇
(おおっ、来た来た。悟くん。それにしても校舎裏で告白とは彰子ちゃんも古風だねえ)。
例によってあぐらに腕組みで中空に浮かんでいる白兎神。
「彰子―っ、話ってなんだよ? 教室で言ってくれればいいじゃん」
これから起こることをまるで予測出来ていないであろう悟。
「悟。こっち来て。はい」
予め用意しておいた手作りチョコレートを前に出す。
「うほっ」
途端に笑顔になる悟。
「バレンタインチョコかあ。今まで母さんにしかもらったことがないから、『義理』でも嬉しいよ。ありがとう」
「『義理』じゃない」
彰子は真っ直ぐに悟を見据える。
「『本命』だよ。悟。今付き合っている人はいるの?」
「いるわけないだろっ! モテないの知っているじゃん」
真っ直ぐ自分を見据える彰子から目をそらしながら悟が答える。
「じゃあ」
彰子は悟がそらした目を見つめ直す。
「好きな人はいるの? いないか、それが私だと言うなら私と付き合ってほしいな」
「ええっ」
真っ赤になり絶句する悟。
(うーん。開き直った女の子は強いわ。ほらほらー、悟くん。ここは男を見せろー)。
中空であぐらに腕組みのまま前のめりになる白兎神。
◇◇◇
「ぼっ、ぼっ、ぼっ、僕にはっ!」
真っ赤になったまま叫ぶ悟。
「うんっ!」
(うんっ!)。
地上と中空で頷く彰子と白兎神。
「好きな人がいるっ!」
「ええっ!」
彰子の顔色が変わる。
(そんな馬鹿な。私にはその気配は感じられなかった。くっ、四十年眠っているうちに『縁結びの神』としての能力が衰えたというの。そんな……)。
中空でショックを受ける白兎神。
彰子はそれでも気丈に次の言葉を絞り出す。
「あのさ、その『好きな人』で誰かな? 秘密にしてほしいと言うのならするから教えてほしいな」
「そっ、それは……」
((ゴクリッ))。
場に緊張感が走る。
「フッ、フリーレン様だっ!」
「ふっ、ふりーれん?」
(ふりーれん?)。
場の空気は一気に凍った。
◇◇◇
白兎神の思考は停止したままだが、彰子はまたも気丈にも次の言葉を絞り出した。
「ふっ、ふりーれんってあのコミックのヒロインの? アニメにもなった」
「そうだっ!」
悟は真っ赤な顔のまま叫び続けた。
「大好きなんだっ!」
彰子と白兎神は一気に脱力し、その場はうやむやのまま流れた。
「はあ」
お社での反省会。彰子は思わず溜息を吐く。
「オタクなのはよおっく知っていましたが、こちらの予想を大きく上回るディープさでした」
「まあまあ」
時間の経過と共に冷静さを取り戻した白兎神がなだめる。
「それでも悟くんの意中の相手が二次元ということなら、まだ十分望みはあるよ。彰子ちゃんもこれであきらめるつもりはないんでしょ?」
「もちろんですっ!」
力強く答える彰子。
「そうでなくっちゃあ。さすが彰子ちゃん。私も張り切ってバックアップしちゃうからね」
白兎神は両拳に力を入れた。
◇◇◇
その夜、白兎神は姿を消したまま悟の家を再度訪れた。
悟は机に向かって何やら書いている。
(何書いているんだろう?)。
のぞきこんだ白兎神は思わず声を上げそうになった。
「しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ つついしょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ つついしょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ しょうこ つついしょうこ」
A4の紙をそれらの文字で埋め尽くすと、悟は両腕を一気に伸ばし、雄叫びを上げた。
「うがーっ!」
ビクリとする白兎神。
「何であんなこと言っちまったんだ。いや、まさかまさか彰子が僕のことを好きでいてくれたなんて夢にも思わないし。いやでもあの答えはないだろう。自分。何だよ。『フリーレン』て」
(はあっ)。
今度は白兎神が溜息を吐く番だった。
「明日からどんな顔して彰子に会えばいいんだよっ! いやそれ以前に今夜は彰子のことで頭がいっぱいで寝られないぞっ! どうすんだ」
(……)。
悟を見守り続ける白兎神。
「はー、僕は彰子が好きだったんだ。いや分かっていた。こんなオタクの僕じゃ高校に入って急に可愛くなった彰子が相手にしてくれるわけがないと思っていたし……」
(こんなことじゃないかと思っていたよ。本当に悟くんに他に好きな人がいれば何となく分かるもの。はあー、それにしてもどうしてこう思春期の恋愛ってやつは面倒くさいのかね)。
そこまで考えた白兎神は首を振った。
(まあこの恋、何とかなりそうだね。両思いなんだもの。さあて後はどう結びつけるかだけど……)。
そして、白兎神は満天の星の輝く夜空に飛び立つと一つ大きなあくびをしたのだった。
中井悟視点の後編は3/6(水)朝7時に投稿されます。