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第8話 幽霊聖女は瞳を隠す

ウィンスロープ公爵家にもお抱えの医師はいるが、国王は大事ないように様々な分野の医者をウィンスロープ公爵家に派遣した。今日は隣国から招いた眼科医がきている。外傷は癒えたがアレックスの視力はまだ戻らない。


医者はアレックスの赤い瞳を覗き込んだ。


「閣下、目に痛みはありますか?」

「いや、見えないことを除けば異常を感じない」


「それではしばらく様子を見ましょう。魔法を使うときに目の色が変わることがあるように、目は魔素の影響も受けやすい場所でもありますからね」


体内の魔素のサイクルが乱れたことで視力の回復が遅れているのかもしれない。医者の言葉にレティーシャはホッとした。



「先生、閣下の目に治癒力をあてたらどうでしょうか」

「おすすめはできません。目は体の中でも特に複雑な部位ですからね。聖女の力、治癒力も魔力を使った魔法ですからね。私の推測では正常な状態をイメージして付与しているのではないかと」


魔法を使う場合、魔力にイメージを付与する形になる。魔法の規模は使用者の想像力によっても大きく変化する。


「言われてみると、そうなのかもしれませんわ」

「つまり、夫人には医学の知識が?」


医者の質問にレティーシャは困った。ラシャータが何をどうやって学んでいたかを知らない。


「……歴代の聖女の手記にはいろいろそういうことが書かれておりましたの。ですから医学なんて立派なものではなく、多少は知識がある程度で」


「医学が……立派?」

「ええ。医術とは魔法と違って誰でも使えるものですから、平民の間にも普通にあると聞いています。そして医術は日々進化しています。それは発展させようという方々の不断の努力によって得られた成果だと私は思いますわ」



聖女はいま一人しかいない。


三人違う場所で同時に死にかけたとき、聖女が助けられるのは一人だけ。でも医者が三人いれば三人救える可能性がある。単純な話だ。


隣国にはとても皇帝直轄の医術院があり、皇妃様主導で身分を問わず優秀な方が集められている。他国から留学生を招き、様々な地域の民間療法も吸収し発展もしていっている。


この国でも報じられているのに、この国の上層部はまだ『聖女』に拘っている。



(隣国には動物を救う医者も生まれてきているというというのに……)


主に畜産用の動物の治療をしたり、感染症の予防に力を入れているようだが、富裕層の中には自分の飼っている動物に主治医をつける者もいる。



「夫人は、本当に聖女様なのですね」

「……そうでありたいと思いますわ」


医者の言葉にレティーシャは曖昧に笑う。助けることができなかった大切な存在のことを思うとレティーシャは素直に喜ぶことができなかった。目の前で死んでいった大切な命。聖女の治癒力なら助けられた存在。



「夫人、顔色が悪いですが気分でも?」


医者の声にハッとして、レティーシャは「大丈夫です」と首を横に振る。それでも医者の顔から心配が消えない。


「ずっと閣下の治療に励んでいらしたと聞きました。よく見れば少し疲労の気配もありますし、私でよければ診察させてくださいませんか?」


「いえ、特に目に異常はありませんし」

「いえいえ、お気になさらず」


(何でしょう、妙な圧を感じます)



「医者殿、聖女といっても彼女は普通の人間と同じだぞ。解剖したって聖女の力の何も分かるまい」

「か、解剖⁉」


ぎょっとしたレティーシャは我が身を守るために両腕で体を抱きしめる。そんなレティーシャの反応に医者は大慌てで「そんなことするわけがありません!」と声を荒げた。


「陛下が夫人を気にかけておりまして、疲れているようならしっかり診察して適切な処方をするようにと」


(陛下が? 王命を発令されたことを気にしていらっしゃるのでしょうか)


「奥様、国王陛下からのご厚意です。診察を受けられてはいかがですか」

「ご安心ください、取って食ったりなどいたしません」


医者の言葉にレティーシャは笑い、「それならば」と診察を受けることにした。レティーシャに医者の診察を拒む理由はない。



「それでは私の部屋で……」

「奥様、よろしければこのままここで診察を受けられてはいかがでしょう。とって食ったりしないか目の見えない旦那様に代わって私が監視しなくては」


「ここで、ですか?」


予想外の提案にレティーシャが医者を見ると、医者はにこにこと笑いながら了解した。


「医者とはいえ、奥様を男と二人きりにさせるのはお嫌ですよね。いやあ、愛ですな、愛」


(なにやら盛大に勘違いされていらっしゃるようです)



「お手に触れますね」

「お医者様に診ていただくなんて初めてでちょっと緊張しますわ」


「初めて、ですか?」


(いけません)


「うちの主治医以外に診てもらうことは初めてなのです。聖女の力のせいか、あまり風邪もひきませんし」


それは本当のこと。レティーシャだけでなくラシャータも基本的に風邪をひかない。



「聖女の力は血に何か意味があるのかもしれませんね。力を使えるのも女児だけですし」

「そうかもしれませんね」


話している間にレティーシャの体から緊張が抜けた。


「特に疲れた様子はありませんが、少し目元が腫れているような気はします。あと充血も少々……昨夜は遅くまで本を読まれていらっしゃったのですか?」

「はい……タイミングを逸してズルズルと……」


反省するレティーシャに医者は笑う。


「私もよくあります。あとで点眼液を処方するので、目が乾いたと感じたらお使いください」


レティーシャは医者に礼を言う。


「ついでに魔力の確認もいたしましょう。申しわけありませんが、聖女の力を使っていただけますか?」


「あ、でも、国の許可がなければ……」

「検査なら問題ありません。いつもと場所は違いますが、これも今までと同じ検査です」


(そうだったのね)


頷いたレティーシャは触れた医師の手に回復魔法をかける。


「おおっ、手がじんわりと温かくてなりますな」

「そうなのですか?」


「いや、これは気持ちがいい。もう少し流す力を増やせますか?」

「できましたらどこか悪いところを教えていただけませんか? それのほうが変化が分かりやすいかと」


火や水の魔法と違い治癒力は目に見えないため、レティーシャの提案に医者は納得したようにうなずく。


「それでは膝に……このことは国王陛下には内緒でお願いします。肩こりが酷いと仰る陛下に、私は治す薬はない言ってストレッチをお勧めしているのです」

「ふふふ、分かりました」


国王の顔をレティーシャは知らなかったが、豪奢な衣装を着た男が一生懸命体を伸ばす姿を想像してレティーシャは笑う。


(膝……膝……)


「おや、聖女様は力を使われるときは瞳がピンク色になるのですね」


医者の言葉にレティーシャが放出していた力が霧散する。医者が残念そうにした隙に、レティーシャは急いで変化魔法で瞳をラシャータの色に変えた。


(うっかりしていたわ……いままでもそうだったのかしら)


レティーシャが治癒魔法を使うとき、目の前にいるのはアレックスだけ。アレックスは目が見えない。だから瞳がピンク色に戻っていたことに気づかなかった。



レティーシャとラシャータはよく似ているが、どちらも生母譲りなのか瞳の色は違う。レティーシャはピンク色で、ラシャータは琥珀色だ。琥珀色に変えた瞳をみて、医者は間違えたことをレティーシャに謝罪した。



「夕日が反射してピンク色に見えたようです」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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