表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊聖女は騎士公爵の愛で生きる  作者: 酔夫人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/36

第7話、騎士公爵は妻を誰かと思う

「旦那様、お食事です」


ソフィアの声にアレックスは目を開けた。ぼやけた視界にスプーンが見えたから口を開ける。


アレックスの食事の介助は安全のため侍女長のソフィアが行っている。まだ寝たきりなのでアレックスは自分で食事ができないからソフィアの手を借りなければいけない。


食事は毎日、3食、ずっとパン粥。


半年以上回復薬の点滴が食事代わりだったことを考えれば口で食べられるまで回復できたことに感謝すべきだが、パン粥が続くと違う味を懐かしく思う。


(そろそろ肉が食いた……うっ!)


「旦那様、ゆっくりお食べください。お水を飲みますか?」


赤子も食べられるパン粥の温ささえも刺激となって痛むときがある。痛みは自分が死にかけたことをアレックスに実感させた。



―――お前はまだ子どもだな。


死に直面するたびに、亡き父親の呆れた声をアレックスは何度も思い出した。


―― 頑張ったことは認めているが、もっとうまくやれたんじゃないか?


揶揄いを含んだ呆れた声。



父親の声を思い出すたびに心が温かくはなるが、それと同時に息子特有の反骨精神が刺激されて「死んでたまるか」と踏ん張った。父親というのは不思議な存在だ。幼い頃は「大好き」と素直に思えたものだが、成長するにつれて反発心ばかりが大きくなる。


剣も魔法もいまのアレックスは父親のそれを大きく上回っている。

それなのにアレックスはまだ父親に勝てる気がしない。遠く及ばないとさえ思う。


(まだ未熟ということなのだろうな)



魔物と戦っているとき、アレックスは自分の体の不調に気づいていた。


徐々に小さくなる魔法の規模。体に燻る熱。魔素がうまく魔力にできていない感じはした。魔素を魔力に変換できずに魔素が体に溜まると魔素中毒になる。この兆候には気をつけろ。それらは耳が腐るほど言われてきたし、騎士団に入団したあとも大切なことだから定期的に復唱させられてきた。


それなのに判断を誤った。


全ては『まだ大丈夫』という過信だった。やらなければいけないことに焦って犯したアレックス自身のミスだった。



魔物の掃討が確認された直後、全身の力が抜けたときから地獄の苦しみが始まった。


体の中が焼ける猛烈な痛み。痛みで意識を失う。痛みで意識が戻る。過ぎた痛みでまた意識を失う。ひたすらこれの繰り返し。苦しみの最中、高価な回復薬を浪費して死ぬのを防ぐ意味はあるのかとアレックスは何度も自問した。死にたいと弱気になったことが何度もある。



「お食事を続けますか?」

「ああ」


ゆっくりと流し込まれる野菜の甘みにアレックスは涙が出そうになった。生きていることを実感させられた。



(しかし……本当にあいつが俺をここまで回復させたのか?)


アレックスはこの回復がラシャータによるものだと聞いて今も信じられないでいる。普段なら他の人の浄化魔法を自分の手柄だというラシャータの嘘だとアレックスは思っただろうが、アレックスの感覚では確かに治癒力が使われている。


公式には治癒力を使ったことがないラシャータだが、アレックスはその治癒力を知っている。


聖女が勝手に治癒力を使うことは禁じられているがラシャータにそんなルールは通じない。ラシャータはアレックスの関心を買うため治癒力を使った。


(あのときは3センチ程度の切り傷を治すのに30分以上かかった)


ラシャータがアレックスとくっついていたいがために手を抜いていた可能性もあるが、承認欲求の強いラシャータがそれをしたとはいまいち考えられない。


(今回は損傷のレベルが違う)


噴き出す瘴気の量も濃さも肉や骨を焼かれたアレックスにはよく分かっている。治癒力といってもようは魔法だ。あれほどの瘴気が噴き出すたびに浄化し続けるのには大量の魔力が必要だし、アレックスが感じた限りでは浄化魔法と治癒魔法と並行していた。


アレックスの知る限りラシャータの魔力は中級魔法師と同程度。治癒が聖女特有の魔法だと知らなければ、誰かが力を貸したと思っただろう。


(浄化してから治癒では俺の体力が持たないと判断したのだろうが……そんな判断をあいつにできるか? そもそも、並列起動だぞ)


魔法の並列起動は高等技術。アレックスも魔法の発動速度には自信があるが、器用さと集中力が必要な並列起動はあまり得意ではない。



(大量の魔力、魔法の並列起動……極めつけは、瘴気の素(仮)という未知のものに気づく知識と外科的に取り除くという機転……わけが分からん)


 ◇


「旦那様、定期報告をしてもよろしいでしょうか」


食事が終わって体調に問題がなければ、アレックスは執事長のグレイブからその日の報告を受けるようにしていた。


「 グレイブ以外は全員下がれ」


寝たきりなので、内容をグレイブが読み上げ、指示は口頭で行うことになる。機密事項もあるため、アレックスはグレイブ以外は退室させるのだが……。


「図書室にいます。執事長、終わったら呼んでくださいませ」

「畏まりました、奥様」


部屋を出ていく後ろ姿は穏やかで、不満も感じられない。


「寝込んでいる間に世界が滅んだか?」

「私は寝込んでおりませんし、世界の崩壊も記憶しておりません。恐らく奥様のみ別人のパラレルワールドなのだと思います」


皮肉めいたグレイブの言葉にアレックスはため息を吐いた。最初の頃は申しわけなさを感じていたが、いい加減しつこい。


「寝込んだことについてあと何年イヤミを言い続けるつもりだ?」

「寿命が縮まる思いをしたのですよ? あと50年くらいは聞いてください」


「お前、何歳まで生きる気だ?」

「坊ちゃまはもう大丈夫だと安心できるまでです」


おしめも替えてくれたらしいグレイブにアレックスは逆らえない。


「あの女、寝込んでいる間もずっとあんな感じだったのか?」

「ええ、献身的に看病なさっていました」


「献身的とは理想的な妻だな」

「じいは感動しました」


首をひねってサイドテーブルに高く積まれた山を見る。これが崩れたら再び治癒力の世話になりそうだと思いながらアレックスは背表紙を見る。


「大衆小説、国史、生物学、医学、老後の貯え……老後の貯え?」

「小説は巷で人気の純愛もの、その第3巻でございます」

「純愛小説、マジか」

「マジでございます」



アレックスの知るラシャータには貞淑の欠片もない。


初代聖女が大号泣するであろうほど奔放さで、アレックスを妬かせたいのか愛人たちとのあれこれを赤裸々に話して彼らを自慢する。アレックスからすれば愛してもいない女の艶話などに興味はないし、立てる目くじらも持ち合わせていない。


「部屋に誰かを連れ込んだり、庭の茂みにしけ込んだりは?」

「一切ありません。部屋には着替えと寝に戻るだけで、ずっと旦那様の傍にいらっしゃいます。旦那様……洗脳を得意とする魔物がいましたよね?」


「将軍級魔物でも洗脳できるのは知能が低い動物だけだ」

「以前のあの方ならその説を押せましたが……」


(確かにラシャータはバ……聡明ではないからな)


「結婚して態度を改めたとか?」

「まさか。三つ子の魂百までと言うではありませんか。異世界転生の小説にあるように、別人の魂が憑依したと考えるほうがまだ自然です」


(別人の魂ね……)



アレックスの頭に浮かんだのは最初の婚約者。大人の事情に巻き込まれ、たった3歳で死んでしまったピンク色の瞳をした可愛い少女。


(母上はレティーシャをとても可愛がっていたっけ)


レティーシャが親友と共に死んだとき、アレックスの母親は三日三晩泣いて暮らした。そして王命でアレックスとラシャータの婚約を命じられると、アレックスの母親は「ちょっと父王(アイツ)を暗殺してくる」と言って家を飛び出そうとし、アレックスの父親に羽交い絞めされて止められていた。



「旦那様、あの方に『どこで種を仕込んできても俺は一切構わない』とおっしゃったことがありますよね」

「あったな」


ラシャータほどではないがアレックスもそれなりに遊んでいる。だから女性の処女性に拘りはないし、それが好感すらもてない政略上の女なら尚更だ。


ちなみに、「どこで種を仕込んできても俺は一切構わない」発言はアレックスの寝室に無断で入り込み素っ裸で誘いかけてきたラシャータを追い出したときに発したもの。怒りに任せての発言であるが、裸を見ても体が全く反応しなかったので子作りなど無理だと痛感しての発言でもあった。


「いまもそう思っていらっしゃいますか?」

「……微妙」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。


よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ