第33話 騎士公爵は幸せを守りたい
「痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛」
「……旦那様、アレ、煩いです」
ロシェットの文句にアレックスは時計を出し、あれに付与した魔法が起動してからの時間を確認した。
「あと10分くらいだな」
「長いですね」
(レティーシャの苦しんだ時間を思えば短過ぎるほどだ……ん?)
「ロシェット? どこにいく?」
「毛布か薪を探して参ります。レティーシャ様が風邪でもひいたら大変ですわ」
マイペースなロシェットは山小屋の家探しを開始した。
「ルトヴィス、ずっと黙っているがどうしたんだ?」
ルトヴィスがラシャータのつけているあれを指さす。
「あれ、宝石がくっついたりしてますけど騎士団に入ったとき支給された式典用のあれですよね」
ルトヴィスの問いにアレックスは頷く。
「そう、あれだ。金ピカのくっそ重いあの腕甲だ。今回分かったが実用性皆無すぎて300年間は変わっていない」
「なんであんなの『ウィンスロープの家宝』にしたんすか? もっと他にそれっぽいものはなかったんすか?」
「うちの宝物庫にそんなんあるわけないだろ。剣や槍ばかりだ、レティーシャにはとても持たせられない。10代くらい前のご先祖様があれを残してくれていて助かった」
「仄かに武器庫と宝物庫を間違えて放り込んだ可能性もありますよね。あと、あれで助かったという団長もアレですよね」
「結果オーライだからいいだろ」
ソフィアに叱られた甲斐はあった。
「それでまとめる辺り、団長もやっぱりウィンスロープっすよね……それで今あれは何をしているんです?」
「絶対に外れないように腕にジャストフィットするように収縮する機能をつけた。レティーシャの腕をちゃんと測って遊びの分も含めてそこを限界値にしたんだが、ラシャータのほうが太かったらしい」
「それで?」
「回路のモデルにしたのが隣国の、リンパなんとかってマッサージ機だから恐らく浮腫みと判断してマッサージしてるんだろ。確か30分くらいで終わる設定だったはずだ」
「『恐らく』や『確か』で付与しないでほしいっす」
「ロシェットが傍にいて、安全装置と本人の意志確認があるからレティーシャが被害に遭うことはまずない」
「被害と言ってる……」
「被害だろ、痛そうだし」
話しているとロシェットがレダと共に戻ってきた。
レダは騒いでいるラシャータを不快そうに見ただけで何も言わず、馬車の用意ができたことを告げた。
「早いな」
「レティーシャ様は馬車がお嫌いですから、眠られているうちにお連れしたほうがよろしいかと思いまして」
「流石だな……って、なんでお前がレティーシャを連れていこうとする?」
「国王陛下のお言葉です。連れていかれる先が山の中であることを想定して用意した馬車は小さいから二人乗りだ。閣下が抱っこしてもどうしても二人乗り。だから、未婚の女性である彼女を閣下とぜーーーーったい一緒の馬車に乗せるな……とのことです」
「寝ている彼女に、本人の同意もなく不埒な真似などするわけがないだろう」
「本命にヘタレな閣下なのでそうだと私も思いますが、万に一つの可能性も残すなと言われておりますのでご了承ください」
レダは「それに」と続ける。
「万が一、馬車の中でレティーシャ様がお目覚めになられたとき、閣下より私のほうがレティーシャ様は安心なさると思いますが?」
「……俺だって、そんなに悪くはないはず……」
「『そんなに悪くはない』閣下と『良い』私。どちらのほうがレティーシャ様のためになりますか?」
アレックスが引き下げざるを得ない理論だった。ルトヴィスが「レダ卿、すげえ」ときらきらした目で見ていることには気づかないことにした。
「分かった…………馬車までは俺が連れていく」
「………………畏まりました。それでは先にアッチとソッチとオマケを馬車に放り込んで参ります」
「長く悩んだな……アッチの妻でソッチの母親はどうした?」
「会場にいたところを確保してあります」
頷いたアレックスはロシェットから毛布を受け取り、レティーシャを包んで抱き上げる。
姿勢が変わったことが刺激になったのかレティーシャのまつ毛が震え、もうすぐ目を覚ましそうな兆候にアレックスはホッとする。命に別状がないことは当然として、重み以外の負担がレティーシャにはないように細心の注意は払ったがテストもなしでぶっつけ本番。そんな魔道具をレティーシャにつけるのは心配だったのだ。
◇
山小屋を出ると、夜の山の中だというのに大勢の人がいるのが見えた。騎士たちが張った規制線の向こうには、見物にきた貴族たちの姿も見える。
ワンワンワンワンッ
シャドウがアレックスに気づいて一目散に駆けてきた。臨戦態勢の騎士たちの興奮が移ったのか、普段は落ち着いているシャドウはアレックスの周りを飛び跳ねて吠えている。なだめてやりたいがアレックスの両手はふさがっている。レダが『私が』と両手を出してレティーシャを受け取る構えを見せたが気づかないふりをした。
(レティーシャを馬車まで連れていったら撫でて……)
「……ウィン?」
腕の中からしたレティーシャの声に、アレックスが足を止めてレティーシャを見る。そしてショックを受けた。レティーシャはアレックスに抱かれながら『誰か』を探していた。
「危なっ!」
「ウィン!」
自分じゃない『誰か』を呼んで自分の腕から降りようとするレティーシャを、危ないことを言い訳にしてアレックスは抱え直す。
「離してっ! ウィンがっ! ウィンが行っちゃうっ!」
「レティーシャッ!」
アレックスの大きな声にレティーシャはひくっと喉を鳴らし、恐怖に満ちた目でアレックスを見た。焦点の合っていない目。もしかしたらレティーシャはアレックスだと認識していないのかもとは思いつつも、そんな目を惚れた女性に向けられてアレックスはショックだった。
「違う。私はレティーシャじゃない……ごめんなさい、ごめんなさい、伯爵様。殺さないで、殺さないで……ウィン……ウィン、ウィン……」
ピンク色の瞳からポロポロと涙が流れはじめる。離してくれと抗う腕の力は弱まったが、抱きとめるアレックスの手も力を失う。
「どこにいるの、私のウィン……おねがい、ずっと私の傍にいて……」
(ああ、すごいな)
アレックスは身を屈め、レティーシャの足を地面につかせる。
『レティーシャのウィン』が見つかったらアレックスは戦うつもりだった。負ける気はないと言えるほど強気ではいけないかったけど、最近レティーシャが自分に見せる反応とか表情に少し期待をしていたのは否めなかった。
(俺、レティーシャのこと、愛してるんだな)
「行けよ」
自分の幸せよりレティーシャの幸せのほうが大事なのだとアレックスは思った。
「大丈夫だから」
アレックスの言葉にレティーシャは驚いたように目を見開く。そして笑った。
その笑顔はとても綺麗で、可愛くて。それを見ることができた自分を褒めるべきか、こんな愛らしい女性を不戦敗で手放す自分を愚か者と罵倒すべきかアレックスは悩んだ。
「ウィン!」
(嬉しそうな声をして……これで良かっ…………ん?)
アレックスの目と、レティーシャに抱きつかれて困惑しているシャドウの目が合う。
「シャドウ。お前、なにやってんだ?」
「ワオン?」
(どういうことだ?)
グスッと鼻をすする音がして振り返ると、レダとロシェットが涙ぐんでいた。鼻をすすったのはハンカチまで出して泣いているルトヴィスだ。
「俺、こういうのダメっす……泣ける」
「レティーシャ様が頼るなら私かレダ卿だと思いましたが、仕方がありませんね」
「ウィンストンにはソフィア様でも適わないでしょうね」
(……え、本当に、どういうこと?)
「シャドウもいい子にしていて……レティーシャ様のために……」
「レダ、説明を」
「見たままです」
「閣下以外には懐かないシャドウが……さすがはレティーシャ様……」
「ロシェット」
「見ればおわかりでしょう?」
(どいつもこいつも……)
「ルトヴィス……は、なんか嫌だ」
「え? どうしてっすか?」
ルトヴィスはパンッと胸を叩く。
「ウィンことウィンストンは何年か前に亡くなったレティーシャ様の愛犬っす」
「愛……犬……?」
「そうっす。黒毛のかわいい子だったそうですよ。本名はウィンストン・テンペロシアフリューゲル男爵。」
「……長いな……というか、詳しいな」
「この前母さんに頼まれてレティーシャ様が暮らしていた山小屋にいってきたんすけど、そこにいた家つき精霊のドモっておもしろいやつが教えてくれたっす。それが超泣ける話なんですが団長がブチギレると思うんで、続きは城で」
「なんでだ? ガンガンいこう、話してみよう」
「俺、いのちだいじにするタイプなんで」
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