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第30話 幽霊聖女は銀色に染まる

窓から外を見れば空はまだ宵が明けたばかりの薄紫色。


(ここに来たときも、あんな色の空でしたね)


同じなのは空の色だけ。あとは全く違う。いまのレティーシャの周りはとても賑やかだ。それがレティーシャには夢のように嬉しい。



「キツネ狩りはこの早起きがつらいのよね」


眠そうな声に隣を見れば、ガウン姿で椅子に座るオリヴィア。支度をする侍女たちに囲まれている。オリヴィアから見れば自分も同じだろうとレティーシャは思った。


夜明け前から淑女たちの準備で屋敷内が騒がしくなるがキツネ狩り。眠気覚ましにお風呂に入り、朝食のサンドイッチを抓みながら女性はお喋りしながら準備を整える。


「男性陣は準備に時間かからないものね。ケヴィン兄様は絶対まだ夢の中よ。昔から早起きが苦手なの。私は頑張ったわ」


ピッカート伯爵夫妻と婚約者のソーンが王都に到着してからオリヴィアはウィンスロープ邸とピッカート邸を一日に何往復もしている。婚約者か義姉か選べとアレックスは言っている。


「アレク兄様は唐変木なのよ。女性は一番きれいな自分だけを大好きな人に見てもらいたいものなのに」


「そのために早起きしてこちらに移動してきたオリヴィア様は素敵……」


「きゃあっ!」

「サリー! トレーをちゃんと持つなんて侍女の基本。基本中の基本よ!」


ガシャンッと音がしてレティーシャがそちらを見ると、トレーを落とした臨時侍女サリーをトニアが叱っていた。


このキツネ狩りに合わせてウィンスロープ邸は臨時で使用人を多めに雇った。ほとんど下男や下女だが、侍女が二名と侍従が一名増えた。彼ら三人は屋敷内の仕事がメインのためレティーシャも紹介された。



「で、できません。だってこれ重……」

「重くて当然! それは歴史ある由緒正しきトレー。ウィンスロープの長い歴史を乗せていたのだからね!」


「心理的なものではなく、両手で持っても手が震え……」

「その緊張感よし! さあ、もう一回よ! できなければ城には連れていけないからね!」


見本とばかりにトニアはトレーを片手で持ち上げる。ヒョイッという音がしそうなほど軽快だ。


「う、嘘っ!」

「常識を捨てなさい。その目で見たもの、その耳で聞いたものだけを信じなさい」


トニアはトレーをサリーに向け、サリーは震える両手で受け取ろうとしたが――。


「重っ」

「サリー!」


振り出しに戻る。



「オリヴィア様、みんな張り切っていますわね」

「……キツネ狩りは若い貴族の出会いの場ですから、地方貴族の令嬢は必死なのですわ。臨時といえどウィンスロープの侍女、しかも公爵夫人付きとなれば超弩級の箔がつきますもの」


オリヴィアの言葉に「なるほど」とレティーシャは気合を入れ直したが……。


「奥様、左手をお貸しくださいませ」

「……ロシェット、本当にそれをつけるの?」


ロシェットが持っている腕甲、もとい、腕輪には戸惑ってしまう。躊躇するレティーシャにロシェットは優しく微笑む。


「奥様、これはウィンスロープ公爵家の家宝です。この家宝をウィンスロープ公爵夫人である奥様がつけないなどあり得ません。ましてや今日は王家主催のキツネ狩りの日。王妃様の傍に行かれるのですから、ウィンスロープ公爵家の家宝であるこの腕輪をつけなくては。この家宝を身に着けてこそ、ウィンスロープ公爵の寵愛を周りに知らしめることになるのです……かなり重いのが難点ですが」


ロシェットは大きくため息をつく。この腕甲かと間違える腕輪は、腕甲に見間違違うだけあって重い。宝物庫か武器庫に鎮座しているなら『有り』だが、これから王家主催のイベントに参加するため着飾った貴夫人の腕には『無し』……だと思うのだが、レティーシャは服飾に関する知識はない。だから何も言えない。


「オリヴィア様……」


こんなのつけて不敬にならないのか。疑問を込めてレティーシャはオリヴィアを見た。


「お義姉様、頑張ってくださいませ。私も、ちょっとこれは……と思いましたが、ウィンスロープの家宝です。家宝なのです。大丈夫です、お義姉様ならできます。頑張ってくださいませ」


オリヴィアから返ってきたのは応援と根性論だった。



「奥様、頑張ってくださいませ。これは公爵家の家宝、家宝でございます。ウィンスロープ公爵夫人であるという証。公爵様の愛の象徴……ではないかもしれませんが……公爵様の想いはふんだんに、もうこれでもかってくらい詰まっておりますから」


「お義姉様、頑張ってくださいませ。この腕輪をつければ、会場中の目はお義姉様に釘付けですわ。お義姉様ならこの防……グッ!」


肩にソフィアの手が置かれた瞬間に走った激痛。オリヴィアは小さい頃にこうやってソフィアに怒られたことを思い出した。


「オリヴィア様……」

「ヒッ……あ、っと、ご、ごめんなさい、ソフィア。私も、こう、ヒートアップしちゃって……」


「いえいえ、気持ちは分かりますとも」


ソフィアはオリヴィアから離れると、レティーシャの前にしゃがみ込みその手を取った。


(温かい……)


「奥様。これを着けるのに躊躇する気持ちは分かります。脳筋ウィンスロープが作ったため、でかい・ごつい・重いの三重苦ですものね。それについては坊ちゃまをこっぴどく叱っておきます」


母親の手のような温もりと優しい声にレティーシャは頷く。


「でもこれはウィンスロープの家宝なのです。この三百年の間誰の目にも触れなかった幻の家宝。我々ウィンスロープに長く務める者も見るのが初めてという超貴重な家宝なのです」


(そんな貴重なものを……)


「着けますわ」


レティーシャは覚悟を決めた。


「最後にもう一度確認させてほしいのだけれど、これは装飾品よね。うっかり武器庫から持ってきた防具なんてことは……」

「ございません!」



 ◇



「王妃様にご挨拶申し上げます。私、ラ……」

「まあまあ、堅苦しい挨拶はそのくらいにして」


王妃の天幕に招かれたレティーシャ。「挨拶はそのくらいにして」と言われてしまったが、挨拶の基本である名乗りができていない。


(いいのかしら……)


「ウィンスロープ公爵夫人、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」


どうやらいいらしい。そう判断してレティーシャは王妃専属侍女に招かれて中に入る。彼女はお茶の準備を始めた。



「ウィンスロープでの生活はどうかしら?」

「とてもよくして頂いています」


「幸せ?」

「はい、とても」


グスッと鼻をすする音がして、そちらを見ると先程の専属侍女がハンカチで鼻を抑えていた。


「カリーナは秋の植物の花粉症なの。気になるかもしれないけれど、気にしないでね」

「いいえ、花粉症は辛いですから」


「……申しわけありません」

「侍女様、お気になさらないでくださいませ。先日読んだ本で、オーバサマという草からに出したお茶が……」


「オーバサ……ううっ」

「侍女様? 王妃様……」

「……気にしないで頂戴」


気になるが、王妃に「気にしないで」と言われたら気にするわけにいかない。レティーシャは気にしないことにした。



「キツネ狩りのルールは知っているかしら?」


レティーシャは頷く。


狩場となるのは王家の森。ここで魔法で印をつけた幻影キツネを狩って得点を稼ぐ。狩猟時間は正午から日暮れまで、キツネの捕獲数と捕獲方法で点数が細かく分かれ、最終得点で順位を決定する。


最高得点の男性は銀の騎士と呼ばれ、『銀尾(ぎんび)の心』という銀色のキツネが赤色の星を加えた勲章が王妃から授与される。銀の騎士は勲章から星型の石を取り、最も心を寄せる女性に「あなたを守ると星に誓う」と宣言しながらそれを贈る。 贈られた女性はその年の「薔薇」となり、三花と共に社交界で注目を浴びる。



「幻影キツネは無害なのですよね」

「キツネの尾に宿る魔力を暴走させてしまうと銀尾症という病に罹るわ。命に係ることはないけれど、幻覚を引き起こされて人によっては黒歴史を作るから無害かどうかは判断に困るわね」


「幻覚、ですか」

「一番多いのは公開告白ね。若い騎士がよく意中のご令嬢・侍女・花街の女性の名前を狩場の中心で叫んでいるわ。これは若い貴族の社交だもの、活気があるのが一番。今年は銀尾症に自ら罹る人が多そうだから一層賑やかのはずよ」


「自ら?」

「堂々と告白するのって相手の退路を断つのにいい策なの。成功率が最も高いのは銀の騎士になって薔薇を選ぶことだけど、今年はウィンスロープ公爵が参加するから銀の騎士はほぼ決まりだものね」


レティーシャはひとつになることがあった。


「狩場の中心で愛を叫んでここまで聞こえるのですか?」

「聞こえないわ」


(……やはりそうですわよね)



「王妃様。そろそろ騎士たちが狩場から戻ってきます。一度お化粧直しを」

「そうね。夫人も侍女と一緒に化粧直しに行っていらっしゃい。侍従に案内させるわ」


振り返ったレティーシャは、騎士と見紛うほど立派な体をした侍従がいた。侍従っぽくない侍従にレティーシャの反応は遅れてしまった。



「……ありがとうございます。それでは一度下がらせていただきます」

「ええ。今度は思い出話をしましょうね」



(……思い出?)



ラシャータと王妃には面識があるのだろうか。困ったなと思いながらレティーシャはロシェットと護衛のレダと共に侍従っぽくない侍従のあとをついてキツネ狩りの会場を出た。


「奥様!」

「……サリー?」


慌てた様子で駆けてくるサリーにレティーシャは首を傾げた。


「奥様、大変です。公爵閣下が魔獣に襲われて負傷なさりました」


「そ……」

「まあ! 公爵閣下はどちらに?」


「案内いたします。レダ卿、天幕のほうに知らせにいっていただけませんか?」


サリーの言葉にレダは頷いてウィンスロープ家に用意された天幕のほうに向かった。


「奥様、こちらに」

「お待ちください!」


レティーシャがロシェットと共にサリーについていこうとすると、侍従の彼が三人を止めた。


「私もご一緒します。王妃様から夫人の傍から離れないようにと言われておりますので」


「……あなたは?」

「侍従です」


本当に侍従なのかと問うサリーにレティーシャは頷いた。



「それでは……」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。


次回、9月17日(水)20時に更新します。

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