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第28話 国王ファウストは愛に泣く

「スッキリした顔をしているな」

「……ディル? マリアは?」


「ロージーはカリーナと一緒に部屋に戻った。スッキリした顔をしていたよ……ありがとう」

「どうした?」


「殿下たちのために秘密を公爵に話したんだろう? 僕が父親だから、ちゃんとお礼を言っておこうと思って」

「それなら俺もお礼を言うべきだな。ディルとマリアのおかげで、俺は父の血を王家から消すことができる」



ファウストの父である先代国王は凡庸な男だった。賢王と呼ばれた先々代国王が善政を敷き、彼の理想とする「百年の安寧が約束された国」を作り上げたからだ。政治も経済も外交も、先々代国王が死んでも全く問題がないように作られたシステム。システムの中で王座に座った先代国王の役割は『後継ぎを作ること』だけだった。


先々代国王は、ある意味息子のことを思っていたのだとファイストは思う。特に才覚のない彼が問題なく国を治められるようにしたのだから。


先代国王の正妃も、自身の失敗を踏まえて先々代国王が選び抜いた令嬢だった。特にこれといった特徴のない正妃は先代国王のプライドを刺激せず、ほどほどに愛情を求める点も先代国王には丁度良かった。



(しかし、姉上と俺が生まれてしまった)


二人の間に生まれた娘、アレックスの母親ヒルデガルドは幼い頃からカリスマ性があった。ヒルデガルド王女がいればこの国は安泰。さすが賢王の孫。ヒルデガルドの名声が、先代国王のプライドを刺激した。自分がいればこの国が安泰、などと言われたことがない。さすが賢王の息子、とも言われたことはない。


幸いだったのは、ヒルデガルドが女児であったことだ。この当時は女児は王や貴族家の当主になれなかった。どれだけカリスマ性があっても王にはなれない。それが先代国王の安心材料となった。


それから四年後、王妃が第二子を産んだ。待望の王子。先々代国王が遺したシステムの中で彼が与えられていた役割『後継ぎを作ること』が達成すると同時に、ヒルデガルドと同じくカリスマ性のあるファウストを国は歓迎した。ファウスト王子がいればこの国は安泰。さすが賢王の孫。そしてファウストの容姿が先々代国王に似たため――『賢王の再来』と言われるファウストに先代国王は嫉妬した。



(俺が生まれて『期待されていない』という事実を知ってしまった)


何かしたいと思っている人に、何もしなくていいは親切でもなんでもない。他に相応しい人がいるからあなたは何もしなくていいですよ、と言われたら腹が立つだろう。酒や女に溺れるタイプの国王ならばよかった。ファウストは心からそう思っている。


何かしたいと思っている先代国王のもとに、初めて『何か』がやってきた。高齢であった聖女たちが立て続けに亡くなり、最後の聖女が亡くなった。神の御業といわれる治癒力を持つ聖女の不在は、死の恐怖を国民に与えた。


(人は必ず死ぬ。この『常識』を聖女という存在が歪めていた)


国民といっても平民はまだよかった。聖女が少なくなってきたころから聖女が平民に接する機会は激減し、当時の平民にとって聖女は「存在は知っているけれど」という存在。問題は聖女を命綱だと思っている王族や貴族たち。早く次の聖女を、と先代国王に詰め寄った。


聖女がいなくなるという偉大な賢王のシステムにはない事態。賢王すら考えてもいなかったこの事態を自分が解決してみせようという歪んだコンプレックス。その最大の被害者になったのは――。



「フレマン侯爵はどうしている?」

「最後にお会いしたときは、元気に素振りをしていらっしゃいました。サフィを殺したを見つけたら八つ裂きにするという夢はまだ健在のようです」


フレマン侯爵は妻や使用人と共に隣国にいき、その国に嫁いでいた長女の伝手を使って新たな名前と身分を得て商会を作った。不断の努力と才覚でそのサフィール商会はこの十七年の間に大きくなった。フレマン侯爵は盤上遊戯をおこなうように、相応しい人を相応しい場所に配置し、その腕を細く長くこの国の深いところまで伸ばしている。



「五回目で剣が後方に吹っ飛んでました」

「侯爵は運動神経が壊滅的だからな」


「非力ですしね。あんな細いレイピアでは指を切るのも一苦労です」

「フレマン侯爵は首から下は役に立たないとご家族にすら言われているからな」


「侯爵の首から下の機能のおかげで四姉妹が生まれたんですけどね」



フレマン侯爵家の娘たちも並みの女ではない。


長女のアンリエッタは隣国で皇太子妃をしている。失踪したフレマン侯爵家の唯一の手掛かりとして当時多くの者がアンリエッタ皇妃に詰め寄ったが、「知っていたらどうするってわけ?」と追い返している。隣国はこちらから戦争をしかけたら確実に負ける超大国である。


三女のカリーナは推薦こそマリアローゼットの実家にしてもらったが、その先は平民から王妃の専属侍女にまで実力でのし上がった生粋のたたき上げ。侍女には「カリーナお姉様」といってカリーナを慕う者が多い。城内の情報操作はお手のものとカリーナは日々暗躍している。


四女のローゼリアは当時は十歳の子どもだったが、二十七歳になったいまは美魔女の商会長コンスタンヌ・サフィールとして父侯爵の手足となって商会を完璧に運用している。なぜ二十七歳の彼女が美魔女かというと、十七年前にサフィール商会を立てるとき商会長として手続きをしたのは変装したアンリエッタ(当時二十五歳)。だからコンスタンヌ・サフィールの書類上の年齢は四十二歳なのだが、二年前から表立って活躍を始めた彼女は「当時と変わらない若さの美魔女」として評判なのである。



(サフィ……)


サフィニアのことを本当に愛していたのだと痛感したのは、女性が抱けなくなったと気づいたとき。自分の意思でサフィニアと別れたものの、「サフィが結婚するまで」とか「サフィが子どもを産むまで」とか未練がましく結婚を先延ばしにしていた。当時は国も次の聖女に夢中だったから、王太子であるファウストに婚約者すらいないことは問題視されなかった。


サフィニアがレティーシャ産んで、ようやく踏ん切りがついたと婚約者探しを始めた。王太子の婚約者は未来の王妃。多くの令嬢が積極的にファウストにアプローチし、手っ取り早く既成事実を作ってその座に就こうとする令嬢も多かった。


最初は、なんとなくその気にならないという感じだった。国内外から妙齢の姫や貴族令嬢の釣書が届いたが、なんとなく違うなと前向きになれなかった。


ズルズルと婚約者探しが長引いている間にサフィニアが亡くなった。その頃には、もしかして自分は女性に興味がないのかもしれないと思っていた。それはそれで拙いのだが、だからといって積極的に改善する気にもなれずにいたら、ディルが気づいた。


そしてディルから提案されたのが、マリアローゼットとの契約結婚だった。後継者は僕たちが作る。あの瞬間、ファウストの背中から重しがぐっと減った。


そしてその夜、自然と涙が流れた。泣きながらファイストが呼んだのはサフィニアだった。自分は彼女を愛していたんだな、と遅すぎる自覚に涙が止まらなかった。



「今頃悔しがっているだろうな」


誰がをつけなくても、付き合いの長いディルには分かったようだった。


先代国王はファウストがマリアローゼットと結婚すると伝えるととても喜んだ。新たな聖女が二人も生まれたことで彼は国民から称賛を浴び、一人の聖女を害した罪でフレマン侯爵家に厳罰を科した彼を国民は頼もしい王だと賛美した。


―― 父王が自分の血を継ぐ者に自分の功績を継がせたかった気持ちがようやく分かった。


このあと、ファウストは秘密裏に断種の手術をした。



「水をくれるか?」

「用意してある」

「流石」


ファウストは懐から薬を出すと、ちょっとだけ眉間に皺を寄せて口に含んだ。体にはもとに戻ろうとする機能があるため、断種しても再建される可能性はある。だからファウストは子種を殺す薬を定期的に飲んでいる。


「後悔しているのか?」


ディルの問い掛けにファウストは首を傾げかけたが、自分が飲む前に躊躇していたからかと納得した。


「まさか、一切後悔していない。ただこの薬、苦過ぎるんだ」

「本当にいいのかって問い掛けなのだろう」

「成程ね」



ディルとマリアローゼットの間には四人の子どもが生まれた。初め三人は生まれた子どもたちに真実を話す予定はなかった。しかし年を重ね、当時はなかった視点で色々見るようになり、マリアローゼットが子どもを産み、カリーナが子どもを産み、周りが親になっていく中でファウストは『父親』というのを経験したくなった。


その気持ちが油断になったのだろう。


王太子がディルの存在に気づいた。子どもたちの前ではファイストはディルに似せて、ディルはファウストに似せていたが、近しい者の目は誤魔化せないことを悟った三人は王太子に真実を話した。


秘匿されているもののディルは王族なので血の正統性に問題はないというと、上手く継承できないたびに傍系の者が継いできたので初代国王の血はいまも継承できているのか定かではないと王太子は笑い飛ばした。


―― 僕が王様に相応しい男になれば問題なしですから。


そう言って笑う王太子は、ファイストから見て自分よりよほど頼もしい王様だった。二番目以降の子どもたちに話すかどうか、いつ話すかどうかは子どもたちも交えて話をした。結局四人とも知る事態になったが、それでよかったと思っている。



「退位するつもりか?」

「その覚悟はしている。なんといってもこの国から聖女を消すんだからな」


「表現に気をつけて。さっきもそう言って公爵に切られそうになったのを忘れたのか?」


そうだったと思ったとき、「忘れるんじゃねえよ!」とロドリゴの怒声が脳内に響いた。ロドリゴはアレックスの剣をギリギリ止めて手首を痛めてしまっていた。


「この国から『聖女』という存在を消す。十七年前の悲劇で国民もいろいろ考えただろうし、聖女に対する依存をなくすことも難しくないと思う」


「それを押しつけられる王太子殿下が気の毒ですがね」

「大丈夫。王太子はまだ若いけれど、アレックスがなんだかんだと上手くやってくれるよ」


どう聞いても丸投げされることになるアレックスにも言い分はあるだろうが、レティーシャ(愛する女性)のためなら何だってやるだろうとファウストは思った。



「さて、最終章だ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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