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第27話 公爵騎士、愛の形について学ぶ

 マリアローゼット王妃に呼ばれたアレックスが城に行くと、王妃専属侍女に内宮へと案内された。


「王妃陛下はどちらに?」

「陛下は内宮の奥庭にいらっしゃいます」


 内宮の奥庭。

 いまは大きな温室があるそこは、かつては王のための女たちが集められた後宮だった。


 先日のオリヴィアが開催した会議の名残にちがいない。

 男の身勝手と不実を嘆く数多の女たちの怨嗟の声が聞こえた気がしてアレックスが居心地の悪い思いをしていると、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。


「何かおかしいですか、ロドリゴ殿?」

「社交界でブイブイ言わせているお前さんが借りてきた猫のようだからさ」


 ロドリゴの口調に合わせて、アレックスも口調を崩す。


「おっさんも呼ばれたのか?」

「まあ、そんなとこ。お先にどうぞ、ウィンスロープ公爵閣下」


 大仰な身振りでロドリゴが温室の扉を開ける。

 気障な仕草だが、イケオジと評判のロドリゴに似合うので文句を言うのはやめた。

 

「ようこそ、ウィンスロープ公爵」

「ご招待ありがとうございます、王妃陛下」


 アレックスはマリアローゼットにお辞儀をし、視線を彼女の後ろにいる国王ファウストに向ける。


「やはり陛下でしたか……陛下に作家としての才があるとは知りませんでしたよ」


 アレックスの言葉にファウストは笑う。

 その顔は常に穏やかな彼に似合わず皮肉げで、その目は猛々しい怒りを孕んでいた。


「俺に才などないさ。あれば愛するサフィニアを守ることができただろう」


 妻の前でよく言えるなとアレックスは呆れ、思わず目を向けてしまった王妃の表情にギョッとする。


「王妃、顔が怖いぞ。アレックスが驚いているじゃないか」

「ほほほ、失礼。陛下のヘタレっぷりを思い出したら怒りが……あんなことになる前にさっさとサフィと結婚しておけば、いや、既成事実の一つや二つ作っておけばと思ってしまって」


 ファウストの指摘にマリアローゼットは表情を穏やかな微笑に変えたが、彼女の怒った顔と可憐な唇から出てきたとは思えない言葉にアレックスの心臓は驚いてバクバクと鳴っていた。


「えっと……どういうことです?」


 戸惑うアレックスにファウストが苦笑を向ける。


「今回のシナリオは俺一人が書いたものではなく俺たち三人が書いたものなんだ」


 アレックスは国王、王妃、そして三人目として考えられるロドリゴを見たら「俺は顔の良い脳筋だから」と中途半端な謙遜をされた。


「では、誰が三人目なのです?」

「そこにいるだろう。仮面で顔を隠した男だ」


 誰もいない空間を指すファウストにアレックスは首を傾げかけたが、「そこにいる」と言われた直後に仮面をした男が現れた。


「は?」

「ディルはいつも認識阻害の魔道具を使って人の目から隠れている。俺の代わりをしてもらうためにな」


 仮面の奥に見える瞳にアレックスが既視感を感じていると、ディルは仮面を外した。

 仮面の下の素顔はファウストにそっくりだった。


「私は先々代国王の庶子で、いまはディルと名乗っています」


 ディルと名乗った男は「気軽に話していいぞ」とファウストに声をかけられて頷いた。


「先々代国王は歴史的には賢君だけど、女好きのイケメンを国王にしてはいけないと僕は思うんだ」


 一気にフランクになったディルにアレックスは「おおっ」と驚いた。


「正妃様は死ぬまで国王一筋で彼の愛を欲していたけれど、国王にとって正妃様は政略で娶った女性だったから特に愛情はなかったんだよね」


 先々代国王は正妃が王太子となる王子を産むと、義務は果たしたというように正妃に見向きもしなくなり後宮にどんどん女性を招き入れた。


「片想いの苦しみは理知的な正妃様を歪め、大戦で国王が出征すると彼女は当時寵愛を得ていた母と僕の顔を焼いて郊外の森に捨てたんだ」


 父王に似た顔の息子を自分以外が産んだことが許せなかったのだろう、とディルは笑う。


 彼が殺されなかったのは、竜の血を引く王族を殺すと呪われるという伝説を王妃が信じていたからだとか。


「捨てられて直ぐに母は死んでしまったが、私は運良く薬草探しにきていた聖女ティータリア様、失踪中のフレマン侯爵の母君に救われた。彼女は私を癒し、人を使って事情を知ると私を養女として迎え入れてくれた」


 そうだったかと納得しかけたアレックスだったが、ディルの一言が引っかかった。


「養女?」

「そう、養女。フレマン侯爵と共に姿を消した彼の妹ティルアンナとは僕のことなんだ」


 聞けば、ティータリアはディルを「夫が晩年にヤンチャして作った庶子」と偽り、貴族会議で承認させて彼を自分の養女として堂々と迎え入れたとか。


(無茶をするなー)


 無茶ではあるが、できないことではない。 

 男児の場合は爵位継承の問題で養子縁組の際は本人が同席するが、ディルは女児として届けられたので「大変でしたね」とティータリアが同情されてただけで手続きは終わったとのこと。


「亡くなった先代フレマン侯爵の名誉が」

「あの人なら美味しい酒を墓前に供えれば大丈夫、とティータリア様は笑っていたよ」


 ディルはサフィニアたち四姉妹と年が近く、彼女たちはディルの事情も理解して外では叔母として接しつつも邸内では彼を兄のように慕っていたという。


「初めて得た幸福と安寧だった。恋人もできたし、サフィにゾッコンでフレマン邸によく来ていたファウストとも親友になれたし……本当に幸せだったよ、サフィに王命が出るまでは」


 ディルがファウストを見ると、ファウストは肩を竦めて話を引き継いだ。


「一時期は噂になっていたけれど俺とサフィは恋仲で、王命が出る直前にだったがフレマン侯爵から婚約の許しも得ていたんだ」


 でも彼は王族の責務として、国民の希望を優先してサフィニアと別れた。


 自分が幸せできないことは悔しいけれど、どうか幸せになってほしいと願って。

 それなのに平民の愛人が第一夫人として迎えられ、サフィニアは第二夫人となった。


「どんな境遇でも楽しみを見出だせる女性だったサフィが不幸を嘆いて自殺などするわけがない。まして子どもを道連れにして心中などありえない……サフィは殺されたんだ」


 当時を思い出したのか、怒りと悲しみで肩を震わすファウストの肩にディルが手を置く。


「フレマン家も同じ結論に達し、真相を探るため僕とファウスト、そして僕の恋人であるロージーは手を組んだ」


 そう言うとディルは王妃であるマリアローゼットの肩を抱き寄せる。


(この二人……)


 王妃の不義密通は処刑もあり得る重い罪だというのに二人は堂々としているし、ファウストときたら「いまだにラブラブなんだよな」と呑気なことを言っている。


「陛下?」

「言っただろ、ディルには俺の代わりをしてもらっているって。俺は思った以上にサフィに惚れていたみたいでな、どんな女性とも家族を作る気にならなくてさ」


「それでは四人の殿下たちは……」

「全員漏れなくロージーが産んだディルの子どもたちだ」


 先代国王は凡庸な自分がなんの偉業も残さないまま死ぬことを怖がり聖女に固執した。


「結局は自分では何もできず、未来に自分の血を引く偉大な王が生まれることを願って一人息子の俺に女をあてがい続けた……そんな男の愚かな夢など誰が叶えてやるものか」


 衝撃の事実に何も言えないアレックスにファウストは苦笑した。


「王族であるから国として問題ないだろう? それとも謀ったことを批難するか?」

「別に問題はないと俺は思いますよ。本人たちが納得していのだし、血統も続いているのですから」


 王家は他の貴族家に比べて血の継承を重んじてはいるが、上手く継承できないたびに傍系の者が継いできたので初代国王の血はいまも継承できているのか定かではない。


「その柔軟性納得がお前さんのいいところだよな。俺もそう思ったから協力している」

「ロドリゴのおっさん、あんたにもこんな秘密があったりするのか?」


 アレックスの問いにロドリゴはニカッと笑う。


「騎士団の今年の新人に俺の隠し子が三人いる」

「マジか!」


 独身貴族という言葉が似合うこの男ならあり得るとアレックスは思った。


「嘘だ、一人だけだ」

「いるんじゃん、誰?」

「私の息子です」


 挙手して名乗り出たのはここまで案内してくれた王妃の専属侍女の女性。

 初めて顔をじっくり見て気がついた。


「レティーシャと同じ瞳の色、ということはフレマン侯爵家の?」

「フレマン侯爵家の三女カリーナと申します。よくある名前なので偽名は使っておりません」


 カリーナはマリアローゼットの親友で、フレマン侯爵家が姿を消したとき城下に潜み平民として城勤めを始めた。

 そしてコツコツと成果を積み、時期をみてマリアローゼットの専属侍女となった。

 ロドリゴとの縁は王子たちの乳母になるために種馬を探していたとき彼が立候補したからで、特に愛も情もないのだとか。


「秘密を共有する仲間ではありますが」

「つれないだろ? ただこの『つれなさ』が癖になってな。顔を合わせるたびに求婚しているのだが未だ成功せず、こうして俺は独身貴族というわけだ」


 人には色々な歴史と愛の形があるのだな、とアレックスはしみじみと思った。

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