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第24話 妹オリヴィアは社交界の過去を知っている

「あの悪女がいい人ですって⁉ 全く、ミイラ取りがミイラ取りになりやがりましたわ」


アレックスのラブラブ王都デートの新聞記事に憤ったのはケヴィンだけではない。妹オリヴィアも「どうしちゃったの、お兄様!」だった。


兄妹は話し合いケヴィンが王都に行くことで話がついた。オリヴィアは「義理を感じてあの女を追い出せないに違いない。俺があの女を追い出してくる」というケヴィンに頼もしさを感じ、ついでにいま王都で人気の化粧品をお土産に頼んでケヴィンを送り出した。


そしてようやく、首を長くして待っていたケヴィンからの報告の手紙には――。



「【いい人だった。安心しろ】ですって!?」


オリヴィアは手紙をぐしゃりと丸めた。


「オリー、落ち着いて。ケヴィン兄さんにとって美味しいものをくれる人は全員いい人だから」


オリヴィアを宥めるのは隣の領地を治めるピッカート伯爵家の長男ソーン。ウィンスロープ領を間に挟んで両隣にあるグロッタ領とピッカート領の領主三家は仲がいい。子どもたちの交流も盛んで、オリヴィアの婚約者で彼女と同じ年齢のソーンはアレックスとケヴィンを兄のように慕っている。



「ソーン……あの兄って、そんな?」

「ざっくり言うと。それで、アレク兄さんからの手紙にはなんて?」


「心配かけたことを詫びる内容と……【妻のことは心配ない。いい人だから】って。『妻』! お兄様があの女を『妻』と呼ぶなんて!」


幼い頃に両親をなくしたオリヴィアにとってアレックスは兄であると同時に親代わり。アレックスが家督を継いだ十七歳になったとき、オリヴィアはあんな重圧をこの年齢から背負っていたのだとアレックスを深く尊敬したものだった。もともとブラコン気味であったが度合いがあがった。



「アレク兄さんは美人に甘いからね」

「……言わないで」


独身の兄が誰と何をしようが気にしない……と、言いたいところだが親代わりのアレックスの恋愛事情はオリヴィアの少女特有の潔癖さを刺激した。よくある「パパ、不潔」の兄版である。パパならばママが防御壁になるが、独身の兄には防御壁がない。ブラコン気味のオリヴィアは自分がやるしかないと立ち上がり何かにつけてアレックスが女性と交流するのを邪魔した。


公爵令嬢でアレックスの妹であるオリヴィア相手にご令嬢方も下手な手を打つわけにはいかなかったが、邪魔されてはアレックスに近づけないと令嬢たちも『お子様は引っ込んでいなさい』を一万倍ほど丁寧にした発言で応戦した。そしてオリヴィアは兄の恋愛事情(主に下半身絡み)を聞くはめになり、その結果、オリヴィアは女性に関してだけはアレックスを信じないようになった。



「気になるならオリーも王都に行ってくれば?」

「そうね。私の戦場はここだけではないし」


武力が武器の兄二人とは違い、オリヴィアの武器は社交術。オリヴィアはソーンの母親であり独身時代は社交界の『三花』と呼ばれたピッカート伯爵夫人に師事して社交術を学び、当代の『三花』である。


(お義母様のときは、お義母様・王妃様・サフィニア様が『三花』だったのよね。サフィニア様の美しさや人なりを称え、彼女を惜しむ声はいまだ絶えない。あの方の娘のレティーシャ様がご存命なら、あの兄がこんな美人に弱いだらしない男になどなり下がらなかったのに!)



「ソーン、お兄様たちのところにちょっと行ってきますわ」

「頑張ってね」


ソーンに見送られてオリヴィアは領地を発った。抜き打ち検査だと領地から連絡せず、王都につく前の晩に宿から【これから行きます】と手紙をタウンハウスに送った。してやったりとオリヴィアは思ったが、実は同じことをケヴィンがした。さすが兄妹。その結果、タウンハウスの前につけた馬車から降りようとしたところを、待ち構えていた兄二人によってオリヴィアは馬車に押し込まれた。


「お兄様!?」

「出せ」


オリヴィアの驚きと抗議を無視したアレックスの命令に御者は慌てて従い、馬車はタウンハウスから出ていった。グレイブとソフィアはホッと胸をなでおろした。



「何するのです!」

「何って、お前が突然こっちに来るからだろう。俺は【いい人】と報告したじゃないか」


「食べ物につられるケヴィン兄様は信用できません」

「食べ物、な」

「兄貴、あのサンドイッチの件は謝ったじゃないか」


アレックスはふうっとため息を吐く。弟に引き続き妹とも久し振りの再会だが全くジンとこなかった。


「ため息を吐きたいのは私ですし、アレク兄様もアレク兄様ですわ」

「確かに連絡を遅れたのは悪かったと思う。でも【妻のことは心配ない】と連絡しただろう?」


「どんな性悪でも美人だったら構わずそこらで寝転がるお兄様は信用できません。あの女、顔だけはお兄様の好みど真ん中ですから」


さすが三花。過去に絡んできた女性たちと伝え聞くアレックスの恋のお相手の容姿からアレックスの好みを見抜いていた。n数が多いから精度も高い。


「……それは……」

「やっぱり」


オリヴィアは呆れたため息を吐いた。

 

「アレク兄様にも幸せになってほしいのです。ケヴィン兄様も私も、政略はありますが好いた方と結婚しますもの」

「オリヴィア……」


「どうしてアレク兄様だけあんな性悪で、貞操観念の欠片も無く好みの男なら誰彼構わずとっかえひっかえ……それはお兄様も一緒ですけれどね!」


「違う……」

「何が違いますの? お兄様が春の園遊会でアゼルダ男爵夫人と懇ろになったことを私が知らないとでも?」


オリヴィアの言葉にアレックスがぎょっとする。


「ど、どうしてそれを?」

「社交界に『ここだけの秘密♡』なんてないってことですわ。秋の狩猟大会の後のことも、王家主催の新年の夜会の後のことも、私はよーく知っているんですからね」


オリヴィアだって彼女たちのマウント発言の全てを信じているわけではない。あること三割、ないこと七割くらいで聞いている。でも「私、ウィンスロープ公爵と……///」なんて女が多過ぎる。十人いれば三人は真実、十分多い。



「理解あるタイプだと思ったのに」

「『一夜で満足するあと腐れがない女』ってことでしょう? 言葉を飾らない! それにお兄様が選ぶ女性はとかく口が軽いですからね。声に出すなんてとてもできない情熱的なお話しをたくさん聞かされて耳が腐りそうですわ」


「声に出すなんてとてもできない……」

「そうですわ! ……って、アレク兄様? どうしてそんなにシュンッと……もしかして、反省していらっしゃるの? え、お兄様が? 嘘!」


今までオリヴィアが諫めても『身を改める』はほぼポーズだったのに、いまのアレックスは心底過去の自分の所業を恥じているように思えた。


(何が、どうなっていますの? まさかアレク兄様、本気でラシャータ(あの女)に惚れてしまったとでもいうの?)



「オリヴィア……」

「な、なんですの?」


「今から話す『ここだけの秘密』は絶対にここだけにしてくれ。絶対にだ。何があろうと誰かに話すことは俺が許さない。それが守れないというのならこのまま領地に帰れ」


アレックスの真剣な声と威圧の混じる空気。オリヴィアは息をのみ姿勢を正す。こんな雰囲気のアレックスはオリヴィアにとって兄ではなくウィンスロープ公爵。その非情で冷酷な一面もオリヴィアはよく知っている。


「ウィンスロープとしてお約束いたします」


オリヴィアの真剣な目にアレックスは頷いた。



「いま公爵邸にいるのはラシャータではない。ラシャータの異母姉レティーシャ。十年以上前に死んだとされていたが、実は生きていたんだ」



そしてオリヴィアはアレックスからこれまでの経緯を聞いた。アレックスがレティーシャに惚れ込んでいることも含めてケヴィンに説明したのとほぼ同じ説明がされたが、兄二人よりも社交界に出入りしているオリヴィアは違う感想を抱いた。


「このシナリオを書いたのは国王陛下でしょうけれど、理由はそんな政治絡みではないかもしれませんわ」


女性中心の社交界は貴族社会の縮図であり、各家門の玄関口とも言われている。その家の当主と話をしたければ女を味方につけろということだ。オリヴィアは幼くしてウィンスロープの玄関口になり、オリヴィアに取り入ってウィンスロープの甘い蜜を吸おうと有象無象が群がった。


ピッカート伯爵夫人は自らシャペロンを務めてオリヴィアを害意から守ったが、小さな淑女を揶揄って憂さ晴らしをしたいご夫人たちを完全に排除することはできなかった。彼女たちは幼いオリヴィアには分かるまいと好き勝手に話した。のちにアレックスの自称恋人たちから聞かされるアレックスとの情熱的な時間の暴露話への対応力は、ここでオリヴィアが男女のお付き合いに関するハウツーを学んだからである。


そのとき聞かされたのは噂も真実もごちゃまぜ、内容も心が擽られる可愛いロマンス・ドロドロの血なまぐさい愛憎劇・男と女の情熱的な艶話まで様々。オリヴィアは持ち前の記憶力を活かし、聞いた話をすべてメモしておいた。理解できなかったから聞いた話の記憶に注力でき、話が理解できる頃になるとオリヴィアは手元にあるメモを武器にして社交界を一人で泳ぎはじめた。その見事な泳ぎ方に「立派よ、オリーちゃん」とピッカート伯爵夫人はハンカチで目元を拭った。その様子をソーンは「オリー、楽しそうだね」と笑っていたが、兄二人は顔を恐怖にひきつらせてドン引きしていた。



「国王陛下が学生の頃の話ですが、レティーシャ様の母君・サフィニア夫人と恋仲だったという話がありますの。サフィニア夫人にスフィア伯爵家に嫁ぐよう王命が出たため、お二人は泣く泣く別れたそうですわ」


「陛下が恋人をとられた復讐をしたというのか?」


アレックスの言葉にオリヴィアは首を横に振った。


「恋人をとられたが理由ではないでしょう。王命だったのはスフィア伯爵も同じですから、父王を恨むならまだしも伯爵に対して『恋人をとられた』はおかしな話」


「だよな」と顔を見合わせるアレックスたちを前に、オリヴィアは静かに言葉を続ける。



「でも、サフィニア様が殺されたなら別だと思いますわ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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