第19話 幽霊聖女は恋の道を歩く
訓練場を出たあとは騎士団長に与えらえる部屋に案内され、ロイのいれてくれた美味しい紅茶で一息つく。
「今日はお仕事は終わりですの?」
「ああ、残っているのは明日以降に片付ければ大丈夫だ。一緒に帰ろう」
「では、一緒に街を散歩いたしませんか?」
レティーシャの言葉にアレックスはきょとんとする。意外なことを言われた。そんな目にレティーシャは恥ずかしくなった。
「も、申しわけありません。アレックス様と街を歩けたら楽しいだろうと思ってしまって」
「……ぐっ」
何かが詰まる音がしたと思ったら、アレックスが激しく咳き込んだ。
「た、体調が悪いのでしたら直ぐにお屋敷にっ! レダ卿……」
「大丈夫です。深呼吸しで、水の一杯でも飲めば治まります」
その言葉通り、深呼吸してロイが渡した水を飲み干して、アレックスは「大丈夫」とレティーシャを安心させた。
「町を歩くのは全く構わない」
「本当ですか?」
アレックスが了承してくれたことに、レティーシャの気持ちがぽんっと弾む。
「だが、その姿では少々目立つな。変化の魔法は使えるか?」
(使える……といったら、この目の色のことがバレてしまうのではないかしら)
「主は変化の魔法がお得意なのですから、ちゃちゃっとやればいいではありませんか。もしあれなら私が施しても……」
「俺がやる」
そういうとアレックスはレティーシャの髪に触れた。瞬く間に銀色の髪が、ティーカップの中のミルクティのような色になる。
「……変化の魔法は、ロイ様もお使いになれますの?」
「ええ。魔力もあまり使わないし失敗してもある程度時間がたてば戻るので、子どもの魔法の手習いに持ってこいなんですよ」
(なるほど……よく知らなかったから警戒してしまったけれど珍しい魔法ではないのね)
レティーシャは安心したのとアレックスが施した変化の出来映えに感心して見惚れていたため、「目の色を変えるのはほぼできないと言っていいほど難しいんですけれどね」というロイの呟きは聞こえなかった。
「レティーシャ様、人込みで引っ張られたら大変ですので髪をおまとめになってはいかがでしょうか?」
「そうね」
「それでは城の侍女に頼んで……」
「ちょっとまってレダちゃん。それ、面倒が起きるタイプ。奥様、俺でよければ簡単にまとめますよ?」
(……面倒?)
レティーシャにはロイの言う『面倒』の意味は分からなかったが、レダもアレックスも分かるらしい。レティーシャはロイに頼むことにした。
「このイスに座ってください。主、視線が痛いですよー」
レティーシャはイスに座って前を向く。
「主、どの辺りに行きます?」
「レアルト通りかな」
「それでしたらちょっと可愛らしく仕上げましょうか」
そう言ってロイは器用に髪を結っていく。
「俺もやってみていいか?」
「アレックス様がですか?」
「ロイにできると俺にもできる気がする」
「なんです、その対抗心」
レティーシャが了承するとアレックスが反対側を結いはじめる。心臓がドキドキし始めた。
(侍女は女性だから? いえ、ロイ様に触れられたときは大丈夫だったのに……どうして……)
「そう言えば、どうして街歩きなんだ? 何か欲しいものがあるのか?」
アレックスに不意に尋ねられ、その声の近さと言葉にレティーシャは驚いた。町を歩いてみたい。そう言おうとしてハッと気づく。
ラシャータはよく外出していた。馬車いっぱいに箱や袋を積んで帰ってくる彼女の姿をレティーシャは頻繁に見かけた。
(今さら街歩きなんて、しかもそれを楽しみにしているなんて不信に思われたかも……)
「奥様はずっと閣下の看病で忙しかったのですから、久しぶりの外出ですね」
「久しぶりだと戸惑いもあるだろう」
「レアルト通りはあまり貴族のご令嬢が行くような場所ではありませんが、職人の店が軒を連ねていて気さくな者も多いので楽しめると思いますよ」
(……そう思われているなら、大丈夫かしら。よかったわ)
「勝手決めてしまったが、レアルト通りでよかったか?」
(よかったかと聞かれても……そうだ、小説に似たような会話が……確か……)
「アレックス様とお出かけできるならどこでも嬉しいです」
「……それなら良かった」
ケホッと咳をしたアレックスの顔が赤い。
「どうしましょう。やはり先ほどの咳は体調が……ロイ様」
「大丈夫ですよー」
ロイは呆れた目をレダに向ける。
「レダちゃん、いつもこんな感じ?」
ロイの言葉にレダが重々しく頷いたが、レティーシャは違うと反論する。
「アレックス様のお顔はいつもこんなに赤くありませんわ。やはり風邪を……」
「んー……あ、主のほうの髪がぐちゃぐちゃなのでパパッと直しちゃいますね」
年の離れた妹がいて、よく面倒をみていたロイは手際よくレティーシャの髪をまとめた。
「ありがとうございます。アレックス様、いかがです?」
「……可愛い」
「か、かわ……」
レティーシャの顔が赤くなり、それを見て照れが移ったアレックスの顔が赤くなり……。
「主」
「ケホッ……準備できたなら行くか」
「はい」
「奥様、主とのデートを楽しんでくださいね」
「……デート、ですか?」
ロイの言葉にレティーシャが首を傾げ、レダを見る。
「デートですね」
「レダ卿がそういうなら『デート』なのですね」
(デートなんて本で読んだだけで……街を歩くのも初めてなのに、それがデートなんてすごいですわ)
「わー、目をキラキラさせて滅茶苦茶可愛いですねー。期待値がばんばん上がっていますよ、主」
「どこか彼女が喜びそうな店を知っているか?」
「主って普通の店の情報に疎いですものね」
(普通ではないお店って?)
「レアルト通りなら『緑のカフェ』がいいと思いますよ。奥様は草花がお好きですし」
「私は草花が好きなんですか?」
レティーシャの言葉にロイが首を傾げる。
「好きではないのですか? 庭師たちが奥様はいつも楽しそうに庭を散策していると言っていましたが」
「そんなことを見られていたなんて、恥ずかしいです」
「公爵家の三兄妹はどなたも花より団子の方々ですし、奥様が庭の花を楽しんでくださる方なので庭師たちもうれしいと思いますよ」
(なんだかラシャータじゃなくて『私』が認められた気がしますわ)
「うっわあ、照れた顔もまた……これはおちるわ。おちるわけだわ」
「うるさい、黙れ」
「だって、滅茶苦茶……うん、おちるわ」
(どこから落ちるのでしょう? あ、落ちると言えば馬車のことを言わなくては)
「アレックス様、レアルト通りまで歩いていってよろしいですか?」
「歩かずとも馬車を使えば…………あ、ああ、そうか。そうだったな。街歩きだもんな、最初から歩いたほうが楽しいよな」
「そうですよ、レアルト通りは入口からいろいろな店がありますし」
「馬車止めが少ないのでかえって歩きのほうがいいですよ」
レティーシャたちと一緒に行くのはロイとレダだけで、他の騎士は一足先に公爵邸に戻ることになった。
「奥様の護衛ならば主とレダ卿で十分ですよ。最悪のときは私が奥様の盾になります」
「何を言っている、お前が戦って俺たちを守れ……ああ、そうだ」
アレックスはレティーシャの目をじっと見る。
「瞳の色を変えられるか?」
「できますが、琥珀色ではおかしいですか?」
(髪色は目立つけれど、琥珀色はそんなに珍しい色ではないはず)
「ピンク色がいい」
「ピンク色、ですか? あの、目立ってしまいませんか?」
アレックスが意外な色の指定にレティーシャは戸惑う。
「君にはピンク色が似合うと思うんだが」
「……アレックス様はピンク色がお好きなのですか?」
「ああ、好きだ」
レティーシャは頷いて、瞳にかけた変化を解く。
「うん、可愛い」
「奥様、とてもお似合いです」
「俺もそう思います」
(また『私』が認められた……とても嬉しい)
変化の魔法は視力に影響がないはずだが、さっきより世界が違って見えた。
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