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第18話 騎士公爵は妻の手の平で踊る

家からの使いはグレイブからで「いまから奥様がお城にいきます」というものだった。戻ってきたロイからそれを聞き、急ぎの仕事を片付けてアレックスは城の受付に向かう。そこにはすでにレダがいた。


「ウィンスロープ邸、城のご近所ですもんね」


「彼女は? まさか一人にしたのか?」

「奥様は近衛騎士団長と一緒にいらっしゃいます」


「ロドリゴのおっさんと?」


(嫌な予感がする)


「いまごろ奥様にあること無いことを言っているのでしょうね。閣下に女遊びを教えたのは団長なので」

「それが分かっていてなぜ一緒にいさせた?」



アレックスが急いで庭にいくと、バラ園からレティーシャが出てくるところだった。


(あそこは限られた者しかいけない陛下の花園……なぜレティーシャを?)


「公爵様! 申しわけありません、お待たせしてしまいましたか?」

「いま来たところだ。庭はどうだった?」


「ロドリゴ様はいろいろな花のお名前をご存知で、とても楽しかったですわ」


ロドリゴ(・・・・)様?」

「はい、さきほど名前呼びを許していただきました」


レティーシャは嬉しそうにアレックスに報告した。しかしアレックスは「公爵様」。


「あー、そう」


「公爵様?」

「夫人、アレックス坊やも名前で呼んでほしいんですよ」


「なっ……」

「妻が夫を名前で呼ぶのは信頼の証ですからね」


ロドリゴがにっこりと笑うと、レティーシャは素直に頷いた。妙に親し気であるが、悔しさとかはあっても嫌だとは感じていない。


(レティーシャが嬉しそうだから?)


知らぬ者がみれば父娘のよう。スフィア伯爵とロドリゴは同年代。あのロクデナシの代わりにロドリゴの中に父性を見ているのだろうとアレックスは思った。


「公爵様、アレックス様とお呼びしてもよろしいですか?」


(ありがとう、ロドリゴ小父さん)


心に余裕ができると感謝の気持ちも素直に湧き出る。目が合うとロドリゴがアレックスに向かってウインクする。そんな気障な仕草が似合う渋いイケメンのロドリゴ。アレックスもロドリゴに父親が重なり、息子特有の対抗心が湧き出て、軽く苛立った。


「ロドリゴ殿。ここの六つの庭に六人の恋人を招き、六つのお茶会を同時にこなしたという話は本当なのですか?」


「やだなあ、昔の話を」


(本当だったのか)


下種な行いを笑って肯定するダメオヤジにこれ以上構っていられない。レティーシャのほうを見たアレックスは「うっ」と息を詰まらせた。


(可愛いな。え、何でそんなに目がキラキラ? え?)


「どうした?」


アレックスの問いにレティーシャはくすくす笑う。それは無垢な少女のように無邪気で……。


(可愛すぎ……)


「アレックス様はロドリゴ様と一緒にいると小さな男の子のようでお可愛らしいです。ロドリゴ様が『坊』と呼ぶのも分かりますわ」


(なっ……小さな男の子? 可愛い?)


「そうなのですよ、夫人。アレックス坊は生意気なところが可愛くて……」

「おっさんは黙って」


アレックスの制止にロドリゴは肩を竦める。


「はいはい、俺に構ってないで早く連れていけよ。お前が呼んだんだろ?」


(……そう言えば、なんでレティーシャは城にきたんだ?)


「アレックス様に会いたくて私がお願いして連れてきていただいたのです」

「え? そうなのか?」


アレックスの言葉にレティーシャはうっすら頬を染める。


「それに、気になることもありましたし」

「気になること?」


レティーシャはそんなアレックスを見上げて眉をしかめた。そんな顔もやっぱり可愛いとアレックスは思った。


「しばらくお会いできていなかったから……」


レティーシャの顔がふにゃりと緩んで、レティーシャはアレックスの顔に手を伸ばす……が、届かない。


「アレックス様、背が高過ぎるので少ししゃがんでくださいませ」


「「え?」」


レティーシャの言葉に驚いたのはアレックスだけではなかった。ロドリゴも驚いた。ロドリゴは「おじさん、お邪魔虫みたいだから」と言って足早に庭を出ていく。


「ロドリゴ様?」


(あ、これ、違う。おっさん、誤解……いや、俺も誤解したけど。この顔、絶対に誤解。口づけとかじゃないから、絶対違うから……それはない、よな)


「アレックス様、しゃがんでいただかないと目が見えません」

「……やっぱり」


「“やっぱり”?」

「なんでもない」


アレックスはため息を吐いて腰をかがめ、レティーシャと目線を合わせる。


「目は複雑な器官だとお医者様も言っていたではありませんか。無理はいけませんわ。痛みはありますか? 私は見えますか?」


レティーシャの言葉にアレックスは噴き出す。


「こういうときは指を立てて何本か聞くんじゃないか?」

「そうですわね」


レティーシャはアレックスの言うことを素直にきいて、アレックスの前に指を二本突き出す。


「二本」

「問題なさそうですわ」


ホッとしたレティーシャは「ふふふ」と声を出して笑う。


「何かおかしいか?」

「眠っていらっしゃるときはアレックス様の御顔を近くで見ておりましたが、こうして目を開けていらっしゃるのは初めてで……」


(他人が聞いたら一緒に寝ているのか誤解しそうな言葉選び……)


「とても綺麗な目ですわ。ルビーのようにお美しくて……ここに私しか映っておりませんの。とても贅沢な感じがして……でも、なにやら嬉しくもありまして……瞳に囚われるとは、こういうことなのでしょうか」


(……エグい。本人にそんな意思はないだろうに、告白にしか聞こえない……エグい、エグ過ぎる)


ご褒美のような拷問のような。アレックスが羞恥にのたうち回りたいのを必死に堪える。



「主が悶えてる。レダちゃん、見て。娼館で一番人気にひっつかれながら奥の部屋に消えるときも無表情だった主が悶絶してるよ」


「閣下のプライベート情報をサラッと暴露しないでください。あと、『ちゃん』はセクハラです」


「世知辛い時代だなあ、何でもかんでもセクハラ扱いで……主、奥様、どうしました?」


自分を睨むアレックス。さっきまでくっついていたレティーシャは、アレックスの手が届かない場所にいる。アレックスは首を傾げるロイの襟をつかんで思い切り揺さぶりたかった。


「分かります、奥様」


深く頷いて同意を示したレダがレティーシャの肩に手を置き、さらにアレックスから距離を離す。汚いものを見る目つきである。


「女性の前でする話ではありませんし、夫婦間でもセクハラは成立いたします。どうしますか、ロドリゴ様に訴えますか?」


「なぜその人選?」

「何を言わなくても女性の味方をする方だからです」


「冤罪が起きるぞ!」

「……冤罪、ですか?」


レダがレティーシャを見て、アレックスもレティーシャを見てひゅっと息が詰まる。


「……大丈夫です。私が未熟なだけです。物語にもありましたもの……もっとうまい『かえし』というもの勉強いたします。アレックス様、申しわけありません」


セクハラ親父たちの飲み会に挑むような顔で言われ、あれと同じ扱いにアレックスはショックを受けた。


「奥様、ドン引きしていいのですよ」

「まあ、これが『引く』という感覚……」


(引かれてた!)


「物語の追体験ができておりますわ。それに物語には娼館にいくのは男性として普通のこととあります。特に騎士の方には必要だとありましたわ……」


読書はレティーシャの情操教育だった。


「アレックス様……」

「な、なんだ」


レティーシャの声にアレックスは身構える。ロイもピシッと姿勢を正していた。


「物語でヒロインが言っておりましたわ。そのような話は男性しかいない場でなさるのをお勧めいたします」



「まあ、ここが騎士様たちが訓練する場所ですか」


落ちた株をあげるべく、アレックスはレティーシャを騎士団の訓練場に案内した。レティーシャは小説から学んだことを言っただけで何も気にしないが、なんかいけないことをしたアレックスとロイのもやもや気分はなかなか晴れない。


訓練場では騎士たちが鍛錬をしていた。彼らはアレックスを見ていつも通り顔を固くしたあと、『あれ?』という顔をして隣に立っているレティーシャをガン見する。


(ソフィアはラシャータに見えるように化粧を施したようだが……雰囲気がなあ)


「あの方が猫千匹被ってもこの善良かつ清楚な感じにはなりませんよね」

「猫百万匹でも全然足りませんよ」


ロイとレダのヒソヒソ話に同意したいところだが、残念ながらこの二人の話は解決策にはならない。


(距離をとらせるしかないだろう)


「レダ、彼女と一緒に観覧席の一番上に。防御幕を張ることを忘れるなよ」

「一番上だと閣下の姿がマッチ棒ですよ?」

「……中段くらいで」



レティーシャがレダと共に離れていくと、アレックスは騎士たちのほうに向かう。


「団長、あの美人は愛人ですか?」

「城に愛人なんて連れてくるわけないだろう、妻だ」


「え、それならあれが悪女ラ……」

「わっ、この馬鹿!」


若い新人騎士の口を周囲の騎士たちが必死にふさいだが、残念ながらアレックスの耳に入った。


「す、すみません」

「いや、気にしていない」


その『悪女』はラシャータに対する評価だからレティーシャには関係ない。だからアレックスは気にしなかったのだが、周りは誤解した。


特にアレックスがラシャータを嫌っていること知っていた騎士たちは、ラシャータが我侭を言ってここまで来たのだと誤解した。


「団長。今夜あたり花街にくり出そうと話ていたのですが、一緒にどうですか?」

「団長に会いたいって声をそこかしこで聞きましたよ」


妻帯者を妻の前で花街に誘う先輩騎士たちに若手は驚いた。


「ちょっと、先輩……」

「いいんだよ。お互い様だし、なんなら夫人のほうがお盛んだ」

「閣下よりお盛んって……そんな感じに見えないですが……」


「化粧の力だろう。今日の化粧係はうまいな、清楚に見える」

「……俺もころりと転がるかも」


「お前ではいろいろ足りないだろう。聞いた話じゃあ『一晩中』らしいからな」

「一晩中……」


「あんな……激しくしたら折れそうな細い腰をしているのに……」

「お前、そっち派か。俺は胸派だなら……いや、でも、そっちもなかなか……ひえっ!?」


「「「「「魔物⁉」」」」」


突如湧き上がった膨大な魔力に騎士たちは一斉に剣を構える。


「第一種警戒態勢!」


歓談から瞬く間に臨戦態勢に入る、流石この国で最も優秀な騎士たちの集団。


「くそっ、こんなデカブツが城の内部に突然現れるなんて!」


毒づく中隊長の肩をロイが叩く。


「盛り上がっているところでなんですが……」

「よし、体が暖まった」


颯爽としたアレックスの声に、騎士たちの目が丸くなる。どうしたんだと首を傾げるアレックスにロイから呆れた声が飛ぶ


「あんな風に一気に魔力を放出するから魔物と勘違いされたんですよ。一時期は魔物に呪われて取りつかれたなんて噂もあったんですから、しばらくは魔力を使う前に『使うぞ~』と一言ください」


「魔物はそんな宣戦布告はしてくれないぞ」

「あんた、『デカブツ』とはいえ一応人間でしょう?」


ロイの言葉に軽く納得したようなアレックスは周りにいる部下たちをみる。『デカブツ』といった中隊長は顔を青くするが、アレックスの目は彼を素通りして……。


「上司の妻を邪な目で見る獣以下のバカどもにそんな親切が要るか?」

「……やっぱり」


アレックスの顔を見て、これは無理だと悟ったらしいロイは両手を上げて降参のポーズをする。『降参しないで、ロイさん!』とみんな思った。


「それじゃあ、やるぞ~。魔物対策、上級でいくぞ~」


アレックスはロイの忠告は聞いた。アレックスの「やるぞ〜」が『殺る』に聞こえた騎士たちが必死に防御壁を構成し、それをアレックスの火球が次々と打ち壊していく。


訓練でも全力でやらなければ大けが。全力でやれば、多分軽症ですむというレベルに調整された意地の悪さ。


魔法とは魔力を体から放出すると同時に変換して放つもの。そんな常識を目の前の存在が笑う。体から放たれた魔力だけでなく、空気中にあった魔力も彼の魔法で火の玉になっていく。


稀有な才を努力で研鑽したアレックス・ウィンスロープにしかできない技だが、戦場で味方として見るときは大変心強いが、訓練相手には重過ぎる荷。


「主、過度な訓練は『しごき』ですからね。しごきって時代遅れらしいですよ」

「彼女は?」


ロイが観客席に目を向ける。


「目、きらきらです。なんか、すっごく可愛いくらいキラキラです。え、なんで、この阿鼻叫喚をあんな楽しそうに見てるんですかね」


「よし、彼女が楽しいならいい。いっそのこと、これであの娼館うんぬんを忘れてくれれば一石二鳥」

「わー、さすが主」



訓練という名の何かが終わり、隊服のあちこちを焦げ付かせた騎士たちを放って観覧席に向かったアレックスはレティーシャの拍手に出迎えられた。


「すごいですわ、いつもあのような訓練を?」


そんなわけないだろうと呆れるレダをアレックスは軽く睨んで黙らせて、レティーシャに微笑みかける。


「魔物の襲撃は突然だ。騎士の油断は死につながるから厳しく指導している」

「そうなのですね」


(信じた。こうも素直だと少し心配になるぞ)

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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