第16話 騎士公爵は嫉妬に燃える
アレックスが貴族会議に出席すると、議場にいる貴族たちの目が一斉にアレックスに向いた。
「……珍獣扱い?」
「うるさいぞ、ロイ」
ロイはグレイブの息子。
将来的にはグレイブの跡を継いでウィンスロープの執事長になる予定であるロイは執事養成学校を優秀な成績で卒業し、学校長の頼みで学校に残り教鞭をとっていた。
アレックスの危篤時は学校をやめてウィンスロープに戻ることを考えたが、グレイブと、なにより主人であるアレックスから「中途半端に仕事を投げ出すな」と言われて学校に戻った。
アレックスの結婚も、アレックスの回復もロイは学校で知ることとなったが後悔していない。
そして先日アレックスから「仕事が溜まり過ぎて奥さんとの時間が取れないから戻ってこい」と言われた。
「中途半端に仕事を投げ出すな」という御高説は?
あの嫌いだった婚約者と何があったの?
いろいろな思いを抱えながらもロイはちゃんと引継ぎし、ウィンスロープに戻り、レティーシャを見てすぐにロイは気づいた。
別人じゃん。
その後アレックスとグレイブから事の次第を聞き、いまに至るというわけである。
「貴族会議は初参加ですか?」
「参加は任意だからな。議会は多数決制だからな。結局はまあ、スフィア伯爵の意向にそった方に決まるんだよ。そんなところに少数派の俺が参加しても、なんか、こう、いろいろ無駄じゃないか」
アレックスの言葉に何人もの貴族が気まずそうに顔をそらした。
「ウィンスロープ公爵!」
元気のよい声に呼ばれてみれば、グロッタ侯爵だった。
グロッタ領とウィンスロープ領は隣り合わせ。
昔からいろいろ協力し合ってきた間柄だ。
つまり仲良し。
アレックスは空いていた彼の隣の席に座った。
「まさか議会でお会いするとはのう」
(お?)
グロッタの呼び水に、アレックスは彼が周りの貴族の好奇心を満たしてやるつもりなのだと悟った。
「妻の実家がこの議会に何か議案を出したようで聞きにきました。なんかしばらく寝込んでいる間に議会の顔ぶれが変わりましたね」
「おお、なるほど。違和感があったのですが田舎者ゆえとんと気づかず。王都で春を謳歌していた方々がおられませんな。王都でやんちゃして、槍にでも刺さりましたかな?」
「どうでしょう、みなよい年齢でしたからね。閣下はグロッタ領にいたのでは?」
「補正予算の承認を議会でとるために参加じゃ。議題提案には発案者が議会に参加しなければいけないルールだからのう。老体には厳しいが仕方ない、そういうルールだ」
国王が入場し、議会が始まった。
「それではグロッタ領の補正予算案については……ウィンスロープ公爵、何かご意見はありますか?」
(またか)
ガベルを持ったまま不安げな目を向ける議長。
アレックスは内心ため息を吐きつつも首を横に振る。
「多数決で決まる、そういうルールでしょう?」
「そ、そうですね。それではグロッタ領の補正予算案については賛成多数決で可決いたします」
ようやくガベルが振り下ろされ、カンカンという音が鳴った。
「続けても?」
「結構です」
(だから何でいちいち俺に聞く?)
「不機嫌な顔で睨みつけるからですよ」
「デフォルトの表情にケチをつけるな」
とりあえずアレックスは議長を見るのはやめた。
それが功を奏したのか、それから議長はアレックスにお伺いをたてることなく、議会はサクサクと進められていった。
「それでは最後にスフィア伯爵の養女について……ウィンスロープ公爵?」
アレックスの倍は生きている議長がビクッと体を震わせた。
アレックスは手をあげただけなのに。
(顔……笑顔、かあ)
アレックスは口角を上げてみたが、「ひいっ」と悲鳴をあげられたのでやめた。
解せなかったので、笑いを堪えているロイを肘でついてやった。
「スフィア伯爵はどちらに? 一応義理の父なので挨拶をしようと先ほどから探しているのですが姿が見えず……それ、スフィア伯爵家が迎える養女の話ですよね? ご当主であるスフィア伯爵は?」
「あ……いまは領地にいらっしゃるというので……」
「グロッタ侯爵は呼び出したのに? スフィア伯爵領は王都近郊で、グロッタ侯爵に比べれば目と鼻の先、半日でこられるのに?」
「それは……特別といいますか……」
特別。
その言葉にアレックスの目が厳しくなると、議長の目が泳いだ。
そんな議長にアレックスは目元を緩め、にっこり笑って見せる。
「議会とは、話し合いうのでしょう? なぜこれが必要なのか紙面では分からないことがあるから発案者が必要なのでしょう? これが何かのプロジェクトで、旗印として丁度いいスフィア伯爵を利用しているというなら一万歩譲って理解もしましょう」
思いきり悪口に、アレックスの隣に座っていたグロッタ侯爵がぶほっと噴き出す。
「し、失礼……しかし、ウィンスロープ公爵の仰る通り。新しい家族を迎えられるかどうかという大事な話し合いにご当主不在は些か問題だと思いますぞ」
伯爵以上の家門の場合、養子をとるときは議会の承認が必要になる。
そうはいっても、家それぞれに事情があることだからと形式だけのルール。
議題として提案されてもサラッと承認されるのが毎回の流れだった。
「サラッと終わらせるはずだったんでしょうけど……議長、困ってますね」
「それがルールだ、俺の知ったことではない」
議場のあちこちで貴族たちがヒソヒソ話す。
今までだったら聖女派が聖女の力を匂わせて黙らせてきたが、アレックスのケガの件で貴族たちの認識はがらりと変わった。
いままでは、いざというとき自分たちは治癒力で助けてもらえると思っていた。
だから聖女を支持してきた。
しかし、アレックスが怪我をしたとき聖女は治癒力を使うのを渋った。
アレックスは国防の要。
さらに聖女自身が婚約者になることを渇望した男。
アレックスでさえ治療を渋られた。
自分たちは?
アレックス程の価値はないことは分かっている。
治療を受けるには何を差し出せばいい?
どんな代償を払えばいい?
国家のために戦い続けただけでも足りない代償。
聖女は自分なんかを助けない。
聖女の愚行が不信をよび、不信感が聖女信仰に影を落としていく。
「そもそも、スフィア伯爵はなぜ成人女性をわざわざ養女に迎える?」
「王子妃の座を狙うにしても、第一王子と第二王子には既に婚約者がいる。末っ子の第四王子はまだ十にもならない」
元聖女派の貴族たちの言葉。
元仲間の裏切りに、聖女派の貴族が反論する。
「彼女は亡くなった聖女レティーシャにそっくりだそうですよ」
「亡き娘の面影がある女性を養女に迎えたい伯爵の気持ちをご理解なさってはいかがです?」
(亡くなった聖女レティーシャ、ね)
アレックスはこぶしを強く握り、レティーシャは生きていると叫びたい気持ちを抑える。
「聖女レティーシャの面影を求めるならラシャータ様がいるではないか」
「左様。幼い頃ではありましたが、あの二人はそっくりだった」
「似ていると言っても所詮は他人」
「議長、この議題については慎重に話し合う必要がありますぞ」
「グロッタ侯爵?」
議長は苛立っていた。
アレックスだけでも厄介なのに、そんな気持ちが顔に現れていた。
「スフィア伯爵は、その女性と懇ろな関係なのではないか?」
(攻めるな、グロッタ侯爵)
グロッタ侯爵はアレックスの亡き父親の親友。
二人はとても仲良く、彼の娘のフローラとケヴィンの婚約は彼らの酒の席で決まったほどだ。
「む、娘ですぞ?」
「いや、法律上はさておき血のつながりはない他人だ。懇ろな関係でもおかしくない」
「そ、それなら愛人にでも迎えるはず。娘として迎えたいから……」
「愛人では財産が渡らんだろう。伯爵が死んだら彼の財産は家族、つまり現段階では夫人と娘のみにしかいかない」
「財産なんて……」
「いや、伯爵と伯爵夫人の姿を見れば分かりますぞ。あの家はかなり財産がある。しかも伯爵はかつて愛人にも妻と同じ権利を与えたい言って重婚を認めさせたのだ。流石に重婚二回は……だから今度は養女。なるほど、考えますな」
「伯爵がそんな考えを……」
「その伯爵がおらんから、こうして私たちが色々考えているのだろう。議案を通すんだ、きちんと話し合わなければならん。万が一愛人に財産を継がせる方法として『養女』が罷り通ってみい、養女の申請が山のように増えるぞ」
グロッタ侯爵の発言で議場が一気に騒がしくなる。
これは議会どころではない。
(さすが、グロッタ小父さん。今後も婿の兄としてよろしくお願いします)
***
議会を終えて騎士団長室に戻り、一息つく。
ロイのいれる紅茶は相変わらず美味かった。
(レティーシャにも飲ませてやりたいな)
アレックスが命じれば今すぐにでもロイは屋敷に戻ってレティーシャのために紅茶を入れるのだが、自分が会えないのにロイが会いにいくのは不公平だからそんな指示は出さない。
「スフィア伯爵が迎えようとしていた養女、ラシャータ嬢ですよね?」
「隠れていることに飽きたのだろうな」
「浅はかですね」
「愚策だな」
アレックスの調べでは伯爵夫妻とラシャータは領地の山の中にある山荘で暮らしている。
「身の周りは使用人に任せているようだが、監視している者によれば三人ともイライラしているらしい」
「隠れるのはラシャータ嬢だけでいいのでは?」
「そうしないのがあの家なんだろう。あの家族は権力も資産もラシャータに依存しているからな」
レティーシャがウィンスロープ邸から出ない限り、ラシャータが表舞台に出るには二つの方法しかない。
一つは、レティーシャの存在を明らかにする。
しかしこの方法の場合、伯爵と夫人は重罪に処されて断頭台行きは確実。
もう一つは、ラシャータを別人にする。
ただ別人にするのは簡単だが、いままで通り貴族令嬢の扱いを受けたかったらその別人をスフィア家の養女に迎え入れなければならない。
「アレックス団長」
制服を着た騎士がきて、家から早馬がきて入門許可を求めているとアレックスに報告する。
(書類の決裁か? しばらく公爵邸で仕事をしていないからな)
「ロイ、手続きを頼む」
「分かりました」
ロイが部屋を出て行って、一人きりになるとアレックスはイスの上で姿勢を崩した。
―――ウィン。
「くそっ」
どうしても考えてしまう。
レティーシャが愛しているという、ウィンストンという男のこと。
アレックスはスフィア伯爵邸に放っている者に、追加として『ウィンストンという名前の男』の情報を集めさせた。
その結果、スフィア邸にはウィンストンという名前の男が老若男女あわせて二十一人もいた。
使用人、多過ぎる。
アレックスはその中から、十八歳から二十五歳の間の三人に絞った。
「どいつなんだ」
一人は貴族だけど男爵家の次男。
残り二人は平民。
社会的地位なら自分の勝ちだと思ったアレックスは、爵位をカサに偉ぶる輩と同じことをしたことに落ち込む。
情緒が不安定。
(そもそも伯爵家内とは限らない。出入りの商人の可能性だってある)
「彼女は俺の妻だ、うちに閉じ込めておけばもう会うことは……馬鹿を言うな」
ネガティブな自分をアレックスは叱る。
部下たちに女は実力で振り向かせろと言ってきたことを思い出しながら、アレックスは自分のよいところを上げていく。
「剣と魔法と、あとは顔」
窓に映った自分の顔を見る。
「魅力的とは言われるが、顔は好みがあるからな」
「お前、なにやってるんだ?」
自分の考えに没頭していたアレックスは、部屋の中に自分以外の者がいることに気づかなかった。
見るとそこには男が呆れた顔で立っていた。
「陛下、なぜここに?」
「ちょっとお前に確認があってきたんだが……自分の顔を見て何を考えているかと思ったら……お前、マルケス伯爵令息に刺されるぞ」
「マルケス伯爵令息?」
「婚約者がお前に一目惚れして、ウィンスロープ公爵と結婚できないなら誰とも結婚しないと言われてフラれた哀れな男だ」
国王は令嬢の名前を言ったが、男も女もアレックスが知らない名前だった。
「で、なんのご用ですか?」
「お前、愛嬌をどこに忘れてきた?」
「母の腹の中ではありませんね。あなたに『おじちゃーん♡』と駆け寄った記憶があります」
「あの頃は天使のようだった。あの天使が紅蓮の悪魔になるなんて」
「可愛い甥っ子の悪名を利用して国を守っている人に言われたくありませんね。それで?」
「お前、スフィア伯爵家の間者を増やしたな。何があった?」
好きな人の好きな男を探していたなど口が裂けても言えない。
「姻戚となった家を詳しく調査したらおかしいですか?」
「ラシャータ嬢に一切の興味がなかったお前がか?」
「結婚したので」
国王はアレックスに疑いの目を向けたが、眉一つ動かさないアレックスにため息を吐いて目をそらした。
「こちらの思い過ごしのようだな」
そう言って国王は入ってきた隠し扉から出ていった。
他の壁と区別がつかなくなったところで、アレックスは眉をしかめる。
(何しに来たんだ?)
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