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第15話 幽霊聖女は気持ちに名前をつける

最近レティーシャは悩んでいる。


もしかしてウィンスロープの人たちは自分がラシャータではないことに気づいているのではないか。



(でも、確かめようがないのよね)



変に探りを入れて、実は何も気づいていなかったのに自分からバラすと言うことは避けたい。


レティーシャ自身、今後の身の振り方は決まっていない。



(それならせめて離婚すべきよね。調べてみたら勢いで離婚して後悔して再婚するケースもあるみたいですし、そのあたりはラシャータ様に頑張っていただいて……)


アレックスはラシャータとの結婚を嫌がっていた。


公爵家の猟犬が死んで喪に服すから結婚できないなどと言われれば、結婚したがっていないと普通は分かる。


ラシャータの振りをしているレティーシャとしては、公爵家の好意に甘えてずるずるとこの曖昧な結婚を続けてしまっていることに申しわけない。



(離婚、したいですよね)



アレックスの何か言いたげな目にレティーシャは気づいていた。


ただ……。



(公爵様を治すのに治癒力を使ったわけですし、それに恩を感じている公爵様からは離婚を切り出しにくいですわよね)



初恋と恋敵への対処に悩むアレックスの態度はレティーシャに完全に誤解されていた。



(話し合うべきかしら……話し合うべきよね。でもなんて言うべきかしら。『離婚してください』? 理由を問われるわよね、普通は……『恩を感じず』は逆に恩知らずと言っている感じがしますし、『私のことは気にせず』も気にしてほしいと言っている感じですし……公爵様にお好きな方がいらっしゃれば『お幸せに』でいいのだけれど)


はたとレティーシャの思考が止まる。



(そういえば、公爵様は恋人とかいらっしゃらないのかしら。いるわよね、新聞とかに騒がれていましたもの。ラシャータ様はそれだけご自分の婚約者は人気があるのだと笑っていらっしゃったけど)



それはラシャータの強がりである。



(私は、いやですわ。お仕事中とかではなく好きなことができる時間に会うということは、その方との時間を好ましく思っていらっしゃるということでしょう? それは……なんでしょう。公爵様にお会いしたいわ)



「レダ。公爵様は本日もお帰りにならないのですよね?」


「仕事が溜まっていましたからね。しばらく城に泊まり込むことになるかと」



(そうよね、仕事だもの……あら……なんか、残念? がっかり? つまらない? さっきとは違うけれど、これも分からない……いえ、なんとなく分かるような……)



「奥様を寂しがらせるなんて」



(え……私?)



寂しがらせる。


つまりいま寂しがっているということ。



(ああ、私、公爵様にお会いしたいのだわ)



最初とちょっと違う感じだけど、会いたいというのは変わらない。


でも……。



「火の花はやめましょうね。魔物の襲撃と勘違いされては悪戯に人々を怖がらせてしまうわ」



レティーシャの言っていることは正論である。


会いたいならそんなことはせず、『会いたい』と書いた手紙を送ったり、「会いたかった」と自分から会いにいけばいい。



「そう、ですね……」



明らかに残念そうな反応にレティーシャは苦笑してしまう。


レティーシャもその気持ちは分かる。


あの音は確かに腹に響いて気持ちがいい。



(でもあれを見るなら……)



「王様の許可を取って、王都の皆さんにも事前にお知らせして、あの火の花を打ち上げてみたらよいのではないかしら。それならば夜でもできるでしょう? 昼間よりも色が分かって、もっとキレイかもしれないわ」


「それは素敵ですね。ぜひ実行していただきましょう」



「高台から見たらもっとキレイかもしれませんよ」


「素敵ね。お弁当を持って、みんなで見てみたいわ」


「それでしたら屋敷の者みんなで行けばいいのですよ」



「あら、トニアは婚約者と二人でなくていいの?」


「お、奥様?」



公爵邸に来るまで魔法に関する本以外を読んだことがなかったレティーシャ。


ここにきて初めて恋愛小説を読み、かなりはまっている。


グレイブの好意に甘えていろいろ買ってもらって読んでいるので、そういうロマンチックな光景は恋人たちの距離をグッと近づけるビッグイベントだということは分かっている。



(公爵様にも、一緒に見たい方がいるかもしれませんね)



「やはり早めに離婚を……」


「「「「離婚!?」」」」



(あら、口に出て……)



「心配しないでください。公爵様の体の中にはもう瘴気はありませんし、視力も戻られましたが、もうしばらくちゃんと様子を見ますので」


「いえ、それを心配したわけではなく……申しわけありません、執事長か侍女長を呼んできてもいいですか?」



どういった過程でレティーシャが「離婚」を口にしたのか分からないため、ロシェットは不測の事態に備えてグレイブたちを頼ることにした。



レティーシャが了承すると侍女たちは部屋を飛び出していき、数分後に血相を変えたグレイブとソフィアが部屋に飛び込んできた。


 

「奥様! 旦那様と離縁したいというのは本当ですか⁉」



グレイブの悲痛な声にレティーシャは目をパチパチと瞬かせる。



「執事長、逆ですよ。公爵様が離婚したいと……「坊ちゃまがそんなことを⁉」……坊ちゃま?」



初めての呼び名にレティーシャが首を傾げる。



「私は坊ちゃまの小さな頃からウィンスロープ邸にいまして、坊ちゃまのおしめも換えたことがあります」


「まあ、そうなのですね」



「とても手際が悪うございましたけれど」


「まあ。きっととても元気な赤ちゃんだったのでしょうね」


「その通りでございます。私は坊ちゃまたち三兄弟の乳母だったのです。坊ちゃまがご当主様になったときに侍女長に……それはどうでもよくて、旦那様が離婚したいと言ったのですか?」



ソフィアの言葉に「そうだった」とグレイブも我に返り、二人そろってレティーシャに詰め寄る。



「いいえ、まだ言われていませんわ」


「「まだ?」」


「王命で結婚した上に、聖女の力で治ったと思われているのでしょうから言い出しにくいのではないでしょうか」



「そんなことは……あの、奥様はどうして旦那様が離縁を望んでいると?」


「なんとなく」


「なんとなく?」


「なんとなくそういうのは肌で感じると、本にありましたわ」



それは恋愛上級者のテクニックである。


グレイブとソフィアは同時にそう思ったが、流石にそうとは言えない。


そして三人の侍女とレダからの「うまくやってくださいね」という圧がつらい。




「奥様、旦那様に想い人は……城、にはいません」



ここで「想い人はいない」といったのち、明日にでもアレックスが「ずっと好きだった」などと告白した矛盾が生じる。


そのための方向転換。


急過ぎて、なんか変になった。



「まあ、それではどこかのご令嬢? もしかして市井にいらっしゃるの?」


「グレイブ、それは本当ですか⁉」



レティーシャは楽しそうに声を弾ませ、ソフィアが驚いた声を上げる。


なんだか余計ややこしくなったことにグレイブは後悔した。



「と、とにかく旦那様が城にいるのは純粋に仕事が理由です」


「家に帰りたくなくてお城にいるのではありませんの?」


「どんな誤解ですか、帰りたくないなんてとんでもない! お着替えを届けるたびに家に帰りたいとぼやかれますし、帰ってきても夜遅くで、奥様に会いたかった残念がってます」



(……会いたい)



好きなことができる時間に会いたいと思う。


それは、レティーシャとの時間をアレックスが好ましく思っているということ。



(私も……)


いまこのとき、レティーシャもアレックスに会いたいと思う。


アレックスとの時間をレティーシャは好ましく思っているから。



あの時間が恋しかった。


恋しくて、ないことが――寂しい。



(ウィンがいなくなったときと同じ……いいえ、縁起でもありませんわ。公爵様は生きております、ちゃんと)



ウィンも、乳母も、その日の朝までちゃんと生きていた。


死ぬなんて思っていなかった。


会えなくなってから後悔する。


ああすればよかった。


こうすればよかった。


詮無きことでも、後悔は止まらない。




「公爵様に、いつ帰ってこられるか手紙で聞いてみますわ。そしてその日は、遅くまで起きていようと思います」


レティーシャの言葉に、グレイブはにっこりと笑った。



「それも素敵ですが、旦那様に会いにいってみてはいかがですか?」



レティーシャには出かけるという発想がなかった。


だからその方法は考えもしなかった。



「会いに……いく。外に、出る……できますか?」



信じられない事態に戸惑うレティーシャの手を、ソフィアが優しく包む。



「もちろんですわ。レティーシャ様はどこにでも行くことができます。でも、そのときはどうぞ私たちも一緒に連れていってくださいませ」


「なにもない……食べ物もないところでも?」


「まあ、私もウィンスロープですよ。狩りが得意です、奥様にひもじい思いなどさせません。悪党だって、このソフィアが叩きのめしてやります」



目の奥が痛くなって、熱くなって……気がつけばレティーシャは泣いていた。



「まあまあ……泣いてスッキリしたらお化粧をしましょう。目を赤くしていったら旦那様が吃驚しますわ。そうね、お化粧するならドレスも着替えましょうか」


「……ドレス? あら、ご存じありませんの?」


「ドレスはいつも誰かが適当に選んでくれて……」


「あらあら、それは侍女の教育不足でしたわ。私がきちんと教育しておきましょう」




ソフィアがレティーシャの手を取って立たせたため、背を向けた三人の顔が青くなっていることにレティーシャは気づかなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。


よろしくお願いします。

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