第14話 護衛騎士レダは侍女から目を逸らす
「ここだけの話なのですが」
レティーシャに耳を貸すように言われ、レダは従う。
「皆さん、どうかしてしまったのではありませんか?」
その真剣な声に、レダは必死に笑いを堪えた。
レティーシャがそう思いたくなるのも分かる。
レティーシャの魔力暴走がおさまったあと、アレックスにより目が治り職務に復帰する旨が伝えられ、幹部職と特別にレダにはレティーシャが『聖女レティーシャ』であることが分かったと伝えられた。
(『聖女レティーシャ』が生きていらっしゃった……)
薄々感じていたことだったが、確認がとれたことに改めて胸がジンッと痺れた。
この発表を一部に限定したのには、レティーシャ本人にアレックスたちが彼女の正体を知っていると知られないため。
アレックス本人からその説明はなかったが、その説明で「成程」と理解したグレイブとソフィアから他の者に説明があった。
(正体がバレたと知ればレティーシャ様が離婚を切り出すだろうから、そうならないためにはレティーシャ様に好かれなければいけないと)
アレックスの女性に対する武勇伝を先輩から聞かされているレダとしては「その経験を活かしなさいよ」と喝を入れたいが、こういうのは周りがとやかく言うと失敗するので黙っていることにした。
他の者も大体同じ姿勢である。
他の者もレティーシャの正体をほぼ確信しているが、ウィンスロープ邸で勤務する優秀な者たちなので「何か事情があるんだろうから正体についてはこれからも分からない振りを続けよう」で一致しているようだ。
「居心地が悪かったりしますか?」
「そんなことないわ。でも『専属侍女』だなんて……それも三人も……私なんかには勿体ないというか……」
「本人たちの希望なので奥様が気になさる必要はありませんよ」
むしろ受け入れてやってほしいとレダは思う。
はじめレティーシャの専属侍女の枠は一つだった。
王妃陛下でも専属侍女が一人だから、特に社交の予定がないレティーシャならそれで十分とソフィアは思ったのだが、その発表に全侍女が抗議した。
ソフィアは耳をふさぎながら「一」を「三」に変更した。
そして厳しいふるい落としが行われた。
方法は知らないが、お仕着せをきた侍女の集団が演武場の周りを爆走したり懸垂をしているのをレダは見た。
このときレダの頭の中で『侍女』の定義が分からなくなった。
そして、ここにいる選抜を勝ち抜いた三人。
『侍女』として優秀かどうかの前に、「これが侍女でいいのか?」とレダは毎日思っている。
(奥様に対する忠誠心だけはバリ高だからいいのか)
専属侍女たちのレティーシャへの振舞いはまさに『献身』であり、忠実を通り越して情熱的に感じられる。
つまり暑苦しい。
この暑苦しい献身は最後には必ずレティーシャの優し気な声による「ありがとうございます」で終わるので、三人の情熱はさらに熱を帯び、留まるところを知らず、ウィンスロープに慣れているレダもドン引きしている。
それなのにレティーシャは何でも全て「あらまあ」と驚きですませ、にこにこと笑っている。
ウィンスロープの暑苦しさも笑ってすませる度量に、アレックスの嫁としてレティーシャの株は連日ストップ高だ。
(体に穴があきそう……)
レティーシャの評価が鰻のぼりであることは嬉しいが、レダは彼女らからの嫉妬の視線で全身に穴が開きそうである。
嫁いできた当初から傍にいることが一番多かったことから、レティーシャが真っ先に呼ぶのはレダの名前であることに嫉妬されているのだ。
(彼女たちに仕事を与えなくては……)
「奥様、今日は冷えますね」
「そうね」
レティーシャが頷くと、一番近くにいたトニアが顔をパッと明るくした。
「温かい飲み物をお持ちします」
そして一目散に部屋を出ていくトニアに、レティーシャが飲むかどうかの確認はないのかとレダは思った。
この事態にもレティーシャはにこにこ嬉しそうなだけなので、レダは何も言わないことにした。
本当なら他にも食べ物とか頼み、三人まとめて外に出したかったが諦めた。
暫くするとトニアが戻ってきた。
押しているワゴンががちゃがちゃ音を立てていて、レダはヒヤッとする。
「この紅茶の産地は……あっ!」
紅茶セットを乗せたワゴンから、陶器のポットを右手に持って左手でソーサーごとカップを持ち上げたまではよかった。
しかしポットを勢いよく傾け過ぎだ。
流れ出た紅茶はカップを飛び越え、きれいな放物線を描いて机の上に落ちた。
「まあ、トニア大丈夫? かかっていない? 火傷はない?」
レティーシャはトニアを心配しつつも、パッとワゴンから布巾をとって紅茶が机から零れ落ちる前に手際よく拭き取った。
手際がよくレダが何かする余裕もなかった。
「大丈夫です。申しわけありません、奥様」
「気にしないで。とても美味しい紅茶をありがとう」
改めて紅茶を飲んだレティーシャの礼で少し気分は上向いたようだがトニアは元気がない。
紅茶一つも満足にいれられない自分に落ち込んでいるらしいが、レダとしては納得の範囲内。
そもそもトニアにこういう繊細な作業は向かない。
トニアはもともとウィンスロープ騎士団の女性騎士。
レダの同期。
騎士服を格好良く見せていた筋肉質な体に、公爵家のガーリーな侍女のお仕着せはとてつもなく似合わない。
騎士をやめて侍女になる。
そう宣言したトニアをレダは、レダの周りの騎士たちも必死に止めた。
「似合わない真似はやめろ」と言葉を飾らずストレートに止めた。
それなのにトニアはやめなかった。
そしてトニアは専属侍女になった。
選抜を勝ち抜いたトニアはすごいのか、トニアを選んだあの選抜がすごいのか。
(専属侍女に選ばれたと聞いたときには、槍でも降ってくるのではと団長と一緒に空を見上げてしまったっけ)
一応はめでたいことなので、その夜は団長のおごりで送別会が開かれたが、その場でトニアが渡した退団届はいまもまだ保留になっている。
専属侍女をクビになっても騎士に戻れるときいてレダはホッとした。
また騎士になったら、そのときには適材適所という言葉をトニアに教えようとレダは思っている。
(トニアも婚約者の言葉なら多少耳を貸したと思うのに……)
トニアの婚約者は止めるどころか、「頑張れ」と言ってトニアの背中を押した。
侍女の制服がガーリーなお仕着せであることを他の者に聞かされても、「大丈夫、着れる」と言って背中を押すことをやめなかった。
確かに着れる。
でも似合うかは別。
(まあ、婚約者の恩返しじゃ仕方がないか……レティーシャ様も全く気にしていないし)
レティーシャの魔力暴走により、トニアの婚約者の治らないと言われた膝の古傷が完治した。
傷を負って彼は後援部隊に移動になったが、戦えなくては筋肉の価値が分からないといじけ、筋肉信者のトニアも彼の慰め方が分からず二人はギクシャクしていた。
古傷が治った婚約者はめでたく前衛部隊に復帰し、トニアとも筋肉育成デートができるようになったらしい。
ちなみにこの婚約者、トニアが専属侍女になるなら自分がレティーシャの専属護衛になるとアレックスに直談判をした。
もちろん、却下だった。
男の護衛などアレックスが許すわけがない。
彼は諦めずレダに挑戦を持ち掛け、レダは徹底的に叩きのめしたが彼の心は折れなかった。
最終手段としてレティーシャに直談判をしようとして、先読みしていたアレックスに待ち伏せられて盛大に火炎弾を浴びることになった。
「奥様」
レティーシャを呼んだのはリイ。
お茶にするなら甘い物をといって厨房に取りにいったのだったが……。
「あらぁ?」
レダの目の前を公爵家の料理長のどちらかが自慢の焼き菓子が皿ごと飛んでいった。
「あら、危なかったわ」
飛んでいった皿は、落下地点で構えていたレティーシャの手の中へ。
菓子も皿に乗ったまま。
(お見事!)
このリイも元々侍女ではない。
土魔法が得意な騎士団所属の魔法使いだったが、侍女にジョブチェンジした。
「奥様、ありがとうございます。お父さん……っと、料理長に怒られるところでした」
リイは先代料理長で、元庭師で。現在『料理長その二』のカシムの娘。
父カシムのほうもこの度ジョブチェンジした。
カシムは味覚障害を起こして料理長の座を退いて第二の趣味を活かして庭師になったが、レティーシャの魔力暴走によって味覚障害が治り、「お礼に美味しい料理を召し上がって頂きたいから」という理由で料理長に戻りたいと厨房に突撃。
師匠であるカシムがパワハラを使って弟子で当時の料理長を脅しかけ、アレックスがストップをかけて話し合いの場が設けられ、カシムを『料理長その二』、弟子を『料理長その一』にすることに決まった。
アレックスはどちらか副料理長になればいいと進言したそうだが、副料理長には既に弟子の弟子が就いており、孫弟子を押しのけられるかとカシムが憤った。
弟子はいいのか?
最終的にはレティーシャが「名前はなんであれ、おいしい料理が増えますね」と屈託なく喜んだので、役職名のことなどどうでもいいことになった。
カシムは庭にある畑の管理も続けており、レティーシャにおいしい野菜を食べてもらうのだと毎日楽しそうにしている。
それに対抗して料理長その一は新鮮なミルクのために牛を飼おうとしていたがグレイブに却下された。
「お二人はお嬢様が何者かに襲撃されるまでじっといていてください」
そう言ってテキパキと動き始めたのは、唯一ジョブチェンジしなかったロシェット。
唯一侍女として役に立つ侍女。
(彼女についての情報はあまりないのよね……他二人が異色の経歴過ぎるっていうのもあるのだけれど)
「レダ」
レティーシャに名前を呼ばれた。
また三人の視線が突き刺さる。
「公爵様は本日もお帰りにならないのですよね?」
(……お?)
少し寂し気に見えなくもないレティーシャの表情。
グレイブによる「ちょっと引いてみよう作戦」が功を奏しているようだった。
この手があったかという侍女三人は無視することにする。
傍付きが引いてどうする。
「仕事が溜まっていましたからね。しばらく城に泊まり込むことになるかと」
「そうですか……」
(おお!)
見るからに残念そうになったレティーシャに「やった」と思った瞬間、レダの背中にゾッと悪寒が走った。
振り返ると、三人が怖い顔をしていた。
「奥様を寂しがらせるなんて」
レティーシャに向けるトニアの声は優しいが、レダを見る目には『どうにかしろ』と圧がすごい。
彼女たちの主はレティーシャで、レティーシャを悲しませたり寂しがらせたりする者はアレックスだろうが国王だろうが許さないという意気込みでいる。
雇い主はアレックスだからこの思想がありか無しかをグレイブに確認したが、「それでこそウィンスロープです」で終わった。
ウィンスロープでは『あり』。
給料や査定に影響はなし。
「レダ卿」
紅茶と菓子のサーブを終えたロシェットに呼びかけられた。
「アレを使いましょう」
真剣な顔でロシェットがベランダを指さす。
「え、アレ?」
「はい、アレです」
『アレ』とはこの屋敷のベランダというベランダの欄干に括りつけられた金属の筒。
ベランダというベランダだから、ここのベランダにも勿論ある。
金属の筒に魔力を流すと中に詰まっている玉が空高く発射される。
狼煙に変わる通信手段としてアレックスが設置した。
玉にはあらかじめ火魔法が付与されており、地上から十メートルのところで自動的に発動するようになっている。
火は玉の中に入っている火薬に引火し、空に大きな火の花が咲く。
製造過程で色々な金属が混じるため、夜に見ると火の花は色とりどりで美しい。
美しいが、これは公爵邸襲撃の合図である。
施策一では轟音が鳴り響き、国王により第一種警戒態勢が発令する事態になってしまった。
アレックスは始末書を書いていた。
音を小さくすることが約束させられ、施策二の実験が行われたがアレックスは仕事中で火の花に気づかなかった。
アレックスが気づかなければ意味がないということで、玉に付与された火魔法が発動したことをアレックスがつけているピアスで感知できるように作り替えられた。
(視覚によって報せているわけではないから火の花は不要なのだが、奥様がキレイだとおっしゃられていたからな)
「あの爆発音、爽快でクセになるのよねぇ」
音は小さくと言われたが、あくまでも前回比較。
王都の民が思わず空を見上げるくらいには大きい。
誤字脱字報告ありがとうございました。
修正しました。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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