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第11話 騎士公爵はピンク色を思い出す

その声は、アレックスたちのもとにも届いた。


「グレイブ!」

「直ぐに確認いたします!」


グレイブは風魔法を付与した笛を吹き、邸内は一気に警戒態勢に入る。ウィンスロープ領は男女問わず戦う猛者が多い。屋敷の使用人の採用基準も幹部職以外は「一に武力、二以下も武力」。幹部になりたい場合は磨き上げたその体力を使って必要事項を頭に叩き込む。体力馬鹿の一夜漬けを甘くみてはいけない。


(目が見えないことがこんなにじれったいとは)


報告を待つ時間がとても長く感じた。



実際は三分ほどでグレイブが報告に戻ってきた。


「料理長が気を失っている奥様を発見し、レダと共にお部屋にお連れしていたしました」

「気を失った?」


(何があった? 襲撃? この屋敷に?)


「倒れる姿を屋上にいた洗濯係が見ておりました。風に吹かれて屋上から落ちたシーツを取ろうとおいかけたところ、真下にいる奥様に気づいたそうです」


「シーツが被さってきて驚いた、ということか?」

「シーツが被さる前に倒れたのが見えたそうです」


洗濯係の見た通りなら、落ちてくるシーツと彼女の間には距離があったということになる。それにあの悲鳴のような声は、ただ驚いたという感じではないとアレックスは感じた。


「くそっ」


己の体からかつてないほど熱い魔力が噴き出そうになるのをアレックスは感じていた。今すぐにでも彼女の脅威を打ち払いたい。彼女を守りたい。湧き上がる衝動。



(父上が言っていたのはこれか)


ウィンスロープの者は感情の振れが極端だった。


他人にはほぼ無関心。例外は愛する者と、自分とその者の敵。愛する者は周囲がドン引きするほど盲目的に愛する。敵は周囲がドン引きするほど徹底的に叩きのめす。


特にウィンスロープの長である公爵家一族の粘着性はひどいらしく、王家から嫁いできたアレックスの母ヒルデガルドにはよく注意された。「ほどほどが大事よ。ほどほどにするのよ。ほどほどにしないとフラれるわよ」とアレックスに言い聞かせていた。骨身にしみていたのか、重い声だった。


アレックスは軽い気持ちでほどほどの恋愛を楽しんでいた。それは母親の教育の賜物だとアレックスは思っていた。



(この感覚……母の教育に効果はなかったみたいだな)


アレックスは大きく溜め息を吐いた。


「グレイブ、どうやら俺は恋をしているらしい」

「え? 無自覚だったんですか?」


「……それほどか」

「それほどですね……ほどほどになさりたいなら、出力二割にしたほうがいいですね」


「『二割減』じゃなくて『二割』か……もの足りなかったらどうしようか」

「とりあえずそれは両想いになってから考えましょうか」


こんな馬鹿なやり取りをしていたら、屋敷が大きく揺れた。



「これは……」

「俺の奥さんの力が暴走しているな。急ぐぞ、グレイブ」


「はい! あと旦那様。二割ですぞ、二割。『俺の』は気が早すぎますからね」

「……分かった」


加減が難しいなとブツブツ文句を言いながら、アレックスはグレイブの指示と彼の足音を追う形で歩いていく。



「彼女の魔力暴走は何というか……複雑だな」

「そうですね。魔力暴走というとイメージとしては火の海、大洪水、暴風そして大地震ですからね」


魔法使いは魔力にその者がもつ属性と意志で魔力の形を火や水などに変える。制御されていれば火の『玉』とか水の『壁』といった形状が保たれるが、暴走すると垂れ流した状態になるのでグレイブの言ったように火の海や大洪水になる。


「旦那様も何度か火の海を作りましたしね」

「子どもの頃の話だ」


魔力暴走は魔法使いの感情が昂ったときに起きる。規模の大小はあるが別に珍しい現象ではない。魔力を持つ子ども同士のケンカでも起きるし、思春期の若者が好きな人に振られて泣きながら起こした例など挙げてみれば「あいつも」「そいつも」ときりがない。


「彼女の属性が『治癒』や『回復』だからこうなるんだろうな」


あちこちから聞こえる使用人たちの声は歓声。「ささくれが治った」「腰が痛いのが治った」「大好きなあの子に失恋したけど、死にたいという気持ちはもうなくなった」など、あちこちでいろいろなものが治っている。


「俺の体からもなんとなく気持ち悪いものがなくなっている気がする」

「私も四十肩が治った感じがします。これで夢が叶えられそうです」


「夢?」

「先日生まれた孫に高い高いをしたかったのですが、四十肩が発覚してそこまで上がらず……」


「六十過ぎて四十肩なら儲けものだろうに」


そんな会話をしながら辿り着いた彼女の部屋の前。聞こえてきた泣き声にアレックスはグレイブと共に足を止めた。


「グレイブ」


アレックスの指示にグレイブがドアをノックすれば、中からソフィアの声が聞こえた。的確な人選だと思った。アレックスの乳母だったソフィアは幼いアレックスが起こす魔力暴走に巻き込まれていたため、ソフィア本人は魔法使いではないが魔力暴走やその対処に慣れている。


「坊ちゃまと違って暴走しても聖女の治癒力。危険はないと判断して御手を握りましたが、意識が混濁しているのか目は開いておりますが状況をご理解していないようでございます」



「お母様……」


彼女の零した呟きは小さかったが、迷子の子どものような声音にアレックスの喉が詰まる。


「夢をみているのか」

「確かに、夢遊病に近い感じかもしれません」


泣いては母親を呼ぶ。母親を呼んではまた泣く。


「ソフィア、彼女と二人にしてくれないか?」


ソフィアは直ぐには返事をしなかった。


「ソフィア?」

「坊ちゃま、不埒な真似をなさってはいけませんよ。公爵家の皆様は愛情が暑苦しいほど過多なのですから、ご自分の適切の一割になさってくださいませ」


「一割……」

「私の見立ての半分ですな。いや、女性は厳しい」



なんだかんだ言いながら、グレイブとソフィアはようやく出ていった。部屋にはアレックスたちだけになる。


聖女の治癒力はずっと出力全開。半年間ずっと暗かったアレックスの視界がまた明るくなる。この部屋に入ったときから、視力が回復するのを感じていた。


やがてものの輪郭が現れはじめる。違う波長の光をとらえてきた証拠だ。


(まるで夜明けが早送りで進んでいるようだな)



「お母様……」

「ごめんな、俺は君の母上ではないし、スフィアのような母性もない。母性どころか、君が治してくれたこの目で最初に見るのは君だけがいいなんて思っている我侭な男だ」


顔らしき輪郭が見えてきて、手を伸ばすと濡れた。湿った頬は冷たい。



「泣くな……君の声は心地よくて好きだ。君の泣き声も、嫌じゃないけど、君が泣いていると思うと心が痛くて嫌だ」


別に女の泣き声は初めてではない。妹がいたし、自慢にならないが女を泣かせてきた過去もある。でも泣き止ませたいと思う泣き声は初めてだった。



「泣くなよ」


泣き止ませたことがないせいで、ありきたりなことを繰り返すしかできない『初めて』のもどかしさ。でも、そんな情けない『初めて』さえ彼女相手あることがアレックスには嬉しい。


(重傷だ……)


ぶわっと温かい空気みたいなものに包まれた瞬間、一気に視界が色づいた。


「っ! ああ……ああ、そうだ。そうだ、この色だ」


目に飛び込んできたのは淡くて優しいピンク色。



ピンク色を満足するまで眺めて、視野を全体を把握することにする。


(確かにラシャータに見た目はよく似てい……ん? 似ているか?)


ラシャータの顔をアレックスは思い出せなかったが、気にしなかった。思い出せないものは思い出せない。その気がなければなおさら無理。


―― 公子様、この子をお嫁さんにしてくれる?


彼女と同じピンク色の瞳を持つ女性にそう言われたとき、アレックスはまだ六歳。『この子』は彼女の腕に抱かれた赤子だった。赤子の名前は――。


「レティーシャ」


姿形は朧げになっても、アレックスは最初の婚約者レティーシャ・スフィアの名を忘れたことはなかった。父親に名前を呼ぶなら本人の許可を取らなくてはと言われて、赤子相手にといまのアレックスは呆れるものの子どものアレックスは素直に言いつけに従って「ピンクの目をした可愛い子」と言っていた。


アレックスとレティーシャの婚約は、初めは親友同士の母たちの冗談だったかもしれないが直ぐに現実になった。アレックスの祖父である先代国王がその気になったから。本当なら外孫のアレックスではなく内孫の王子がよかっただろうが、それはサフィニアの件もあってフレマン侯爵が納得しないと思ったのだろう。そのサフィニアが望んだからと、サフィニアに対する罪悪感を利用して貴族をねじ伏せ、先代国王はアレックスとレティーシャの婚約を成立させた。



「ピンクの目をした可愛いお嬢さん。やっぱり君だったんだね、会いたかったよ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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