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94 バッカスの酒造り

「このブドウマジでウメェー!!」


 バッカスがブドウにむしゃぶりついていた。


「フッフッフー、やはりわしは天才なのだ! ブドウが大きくなって美味しくなる事まで想定していたのだー」


 ウソつけ。単なる偶然でしょうが。


「コレだけ良質のブドウならさぞかしいい酒が出来るかもしれん、それにこれだけ大きければ種を傷つけずに実だけを取り出す事なぞ簡単だ!」


 まあ世の中には蚊の目玉だけを取り出したスープなんてイカれた食べ物もある。

 それを作る手間に比べれば、この巨大ブドウから種を取り出すのは簡単だろう。


「よーし! 数千年ぶりにやる気が出てきたわい! オイを見下して追放した神連中が悔しがるような酒を作っちゃる!!」


 バッカスが酒造りの神だった時のプライドを取り戻したようだ。


「フッフッフー、ではワシはこのブドウの種をもっとたくさん実るように品種改造してやるのだー」


 あの、これ以上ヤバい食肉植物を作るつもりですか? 貴女は。


「おう! あの程度のブドウのオバケならオイがねじ伏せればいいだけの事じゃい。どんどん作ってくれや」


 コイツもこのノリのタイプか。


「バッカスさん。お酒が出来るのに大体どれくらいかかりそうですか?」

「そうやなー、だいたい一か月っちゅーととこかいな」

「わかりました、そこまでは酒代は経費で出してもいいようにしましょう。比較用の研究費という名目です」

「いらんわい」

「へっ?」


 まさかバッカスの口から酒がいらないなんて言葉が出るとは……とても信じられない。

 バッカス=酒ではなかったのか。


「コレだけうまいブドウ一度食ってしまったらのう、もう他の酒がただのションベンみたいに思ってしもうたわい。今はいかにこの酒を美味く造るかの方で頭一杯じゃい」


 想定外だったが、今回はパラケルススを褒めても良いかもしれない。

 数千年に渡りずっと無駄遣いだった魔神バッカスの酒代を0にしつつ、尚更に新たな産業に出来るかもしれないのだ。


「バッカスさん? それ酔って言ってません?」

「おどれはなにをぬかしとんじゃい。オイはシラフじゃい!!」


 あのバッカスがシラフでいる事の方が珍しい。

 確かにそう言えば今は顔が赤らんでいないし、指先の震えなどもなさそうだ。


「では一か月後また来ますよ」

「おうぅ、次来たら旨い酒呑ませてやるからのう!」



 一か月後、私達は再びバッカスの住処に向かった。


「なんじゃごりゃー!!」


 バッカスの住処の周りには巨大な食肉植物化した巨大ブドウが大量に植わっていた。


「おう、よう来たのう!」


 丁度今バッカスがブドウをしばきに来ていたようだ。

 バッカスはその丸太のような腕で食肉ブドウの蔓を握り、ジャイアントスイングでブドウの群れをぶっ飛ばしていた。


「コイツらはのう、ぶっとばした直後にシメるんが一番美味いんじゃい」


 なんか妙なノウハウまで身に付けていた。

 バッカスはぶっ飛ばして動かなくなった食肉ブドウをボコボコにして種を取り出し、桶いっぱいに放り込むと巨大ハンマーで徹底的に叩き潰していた。


 食肉ブドウ退治と一連の酒造り工程を済ませたバッカスが良い笑顔でこちらに瓶を見せてくれた。


「酒の神のオイの力で数年かかるとこを一か月で仕上げたのがこれじゃい!」


 瓶の中に入っていたのは良質の赤ワインだった。

 私はそれをコップに入れてもらい、一杯飲んでみた。


「これは……美味い!! これなら十分売り物になりますよ!!」

「そうかいな! オイもそれを聞いたらやる気になってくるわい!!」


 バッカスが嬉しそうに瓶の酒を飲み干していた。


「カーッ! 美味いっ!! オイが自分で作った酒呑むのは何千年ぶりかいな。こんな美味い酒作れるならもう他所の酒なぞいらへんわい!」


 どうやら魔神バッカスは酒造りの神のプライドを取り戻したらしい。

 これで騎竜戦艦といい、魔神バッカスといい、バーレンヘイムの無駄遣いの双璧が無くなったと考えていいだろう。


「テテテンタククスー、ワシ頭がクラクラするのらぁー」


 後ろを見るとパラケルススがワインを飲んでしまい、フラフラになっていた。

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