53 テンタクルス対ファーフニル
私はとにかく遠くに行きたかった。
今は少しでもあのポンコツ達のいない遠くの場所に行きたい。
遠くへ、遠くへ、遠くへ。
私は魔力の続く限り遠くへ飛ぼうとした。
しかし魔素の少ないこのバーレンヘイムでは高く飛ぶ事は難しい。
私は低空を高速で飛び続けた。
荒野を超え、溶岩の池を超え、さらに遠くを目指した。
そして飛ぶ魔力が尽きかけた時、私がたどり着いたのは何もない山の裾野だった。
そこには何もなかった。
上を見上げると切り立った断崖絶壁、それも上が見えない程高い場所だった。
どうやらここは崖の底に当てはまる場所らしい。
ここには枯れた川の跡があるだけだ。
「ふう、ずいぶん遠くまで飛んできたようだな」
私は魔力を回復させるために少し休む事にした。
幸いここには凶悪なモンスターはいないようだ。
今のレベル30程度でしかないザコの私では凶暴なモンスターに勝てるか不安である。
私は辺りを見回した。
この辺りには特に何もなさそうだ、そう思った私の前に崖の上の方から落下してきた物体があった。
ゴッシャアアーン!
凄い音と衝撃が辺りに広がった。
しかし、落ちてきた壺は傷どころかヒビも汚れすらついていなかった。
「一体なんだこれは!?」
私は恐る恐る壺に近寄ってみた。
壺の中には何かが入っているようだ。
私は壺を持ち上げて逆さにして中身を取り出してみた。
ドサッ、ドサッ。
壺の中にはオークと見た事のない服装の女の子が入っていた。
なぜこんな物が上空から降ってきたのだ?
「ふいー、ブブカ? 無事アルか?」
「姐さん、オレっちなら大丈夫っす、どうにか助かったようですね」
「流石は恒河沙の壺アル、そうじゃなきゃワタシら下でひき肉になってたアルね」
女の子とオークが二人で話をしている、どうやら会話から察するにこの二人は主従関係のようだ。
「あのー、アナタたちは誰ですか?」
「ふぇ? 人がいたアル、助かったアルー!!」
「あのー、話が全然見えないんですが……」
女が私に半泣きで抱き着いてきた、コレは! ダメなパターンだ!
「は、離れてくださいっ!」
私は抱き着かれる寸前にすっと避けたので女は前に思いっきり転倒してしまった。
「痛いアルー、何するアルかー」
「すみません、私は女性に触れるわけにはいかないんですっ」
「アンタ酷い奴アル」
女がふくれっ面で私を見ていた、そんな事言われても仕方がない。
「ねねねね姐さん! 上に! 上にっ!!」
「ふぇ? アイヤァアアア! ドラゴントカゲェエエエ!!!」
女とオークが上空を見て驚愕していた、一体何があるのだ?
「キサマら、我から逃げたと思ってたようだが、無駄な事だ。ドラゴンからは逃げられない」
「ヒエエエエエー! 誰か助けてー! そこのお兄さん、私を助けてアル!」
女が半泣きで私に助けを求めてきた。
仕方がない、レベル的に勝てるか不安だが助けてやるとしよう、私は女の泣き顔に弱いのだ。
「さて、そこのドラゴン。無抵抗な相手に大人げないな」
「誰だキサマ、魔族か。我が用事があるのはその愚か者共だけだ、怪我をしたくなければ大人しく引っ込んでいるがよい」
「だがそうはいかないんですよ、私は女の涙に弱くてね」
「ほう、キサマも死にたいなら相手になってやろう」
どうやらドラゴンは私と戦う気まんまんのようである。
「仕方ありませんね、ではいきますか」
「では行くぞ! 死ぬがよい」
私はドラゴンと対峙し、相手の隙をうかがっていた。
「……姐さん姐さん、オレっちたち、ここにいると危険っす」
「そうみたいアル、ワタシら壺の中に隠れてるアル」
どうやら女とオークは戦いのとばっちりを受けない様にさっきの壺の中に隠れたようだ。
「よそ見をするとは、死にたいようだな! 食らえ、ファーフニルブレス!」
凄まじい火炎が私を包み込んだ。
「クックック、他愛もない、骨まで燃え尽きろ」
「いけませんねえ、挨拶にしては手荒ではないですか?」
私の炎耐性はどうやらこのドラゴンを上回っているようだ。
レベルの関係ない炎無効耐性のおかげで、私はドラゴンのブレスを無傷で済ませた。