52 鍋という名の大惨事
今私の目の前にあるのは鍋という名の物体のはずだ。
だが、その見た目はあまりにもおぞましく、ドローリとして異臭を放つこの物は異様だ。
「コレ、食べられる物か心配なのだ」
「妾はもっと赤い方が良いんだがァ」
「ショーユがあれば大抵のものは食える」
このおぞましい物を作った連中はまるで他人事である。
いくら毒耐性を持つとはいえ、私もこの見た目には抵抗がある。
それ程この鍋には異様なオーラを感じるのだ。
既に悪魔や上級モンスターの風格すら漂っている。
「あのー、皆さん……これ、食べるんですか?」
鍋の言い出しっぺのはずのオクタヴィアは沈黙したままだ。
もう手を出そうという気すらないのかもしれない。
「とにかく、出来たから皆さん食べてみましょう」
私は鍋の中身をよそい、スプーンをそれぞれに渡した。
「ではワシが食べてみるのだ!」
「妾も食すぞえ」
「……馳走になる」
とりあえず全員が食べてみた。
「「「!!!」」」
場を一瞬沈黙が支配した。
その後、三人は一心不乱に鍋の中身を争うように奪い合いながら食べだした。
見た目悪いのにそれ程美味しいのか?
だが、そうではなかった!
「くけけけっけけけけけえけぇええ!!」
「ギョゲギョゲギョゲギャガガギャエエーー」
「あばあばっばばばばびゃああ!!」
!!! 三人がそれぞれおかしな言葉を放った。
そしてゆらーりと立ち上がった三人は更に奇怪な行動を始めたのだ!!
「オレはパララッラケルスス 最強のロボット兵器ナノダダダア! ミサイル発射―!」
「男! 男! 男は何処ォオオ!! 血を、イケメンの血を飲ませろー! 血の風呂に入らせろー!」
「今宵のカタナは良く斬れるるるる、さて、我がカタナの錆になりたい奴はどうつだぁあああ!!」
三者三様、みんながおかしい。
いうならば理性の枠が壊れてしまい、本能の赴くままに動いているようだ。
このカオス鍋の中身は相当ヤバかったらしい。
「くけけけけーーオマエモこれを食えェぇえー!!」
油断していたオクタヴィアは口の中に鍋の具材を押し込まれた!
「んんー!」
食材を押し込まれたオクタヴィアは抵抗できずに飲み込んでしまったようだ。
「……びえ、ぴえええええぇぇぇぇん! びえええええええーーーん!」
オクタヴィアがいきなり大声で泣き出してしまった。
「みんな、あたちをいぢめるのー、あたちなんもちてないのにぃぃーーびええええーー」
あ、これはダメなやつだ、オクタヴィアは理性を取っ払うと極度の泣き虫の幼児退行してしまうようだ。
しかし困ったものだ、ここにいる女性が全員ポンコツ化してしまっていて私は何をしていいのかまるで手が付けられない。
そこに更なる来客が増えてしまった。
「テンタクルスー! いるかー? 遊びに来たぜー」
この状況でリオーネまで来てしまった。
これ以上状況が悪化しなければいいのだが……。
「お、何かうまそうなものあるじゃん、オレも食っていいか?」
「あー!! それは……や、やめといたほうが」
「なんだよー、オレだけのけ者なんてひどいじゃねーかよ」
そう言うとリオーネは残っていた鍋を食いだしてしまった。
もう知らん、どうとでもなれ。
「……あのー、ここはどこでしょうか?」
「へっ??」
そこにいたのは普段のリオーネとは真逆の物凄く清楚そうなたたずまいの女性だった。
「キャア、何なのでしょうか、この方々は? ふしだらですわ、破廉恥ですわ」
それを普段のお前に言ってやりたい、私は感じた感情をぐっと飲み込んだ。
そしてリオーネが私を恋する乙女の視線で見ている、これは非常にヤバい状態だ!
「まあ、素敵な殿方。わたくし、アナタの事が気に入りましたわ。是非、わたくしとつがいになってください、あなたの子供が欲しいのです」
清楚になってもリオーネはリオーネだった!
結局は本能で動いているだけだ!
「か……勘弁してくれー!!」
私は収拾のつかなくなったポンコツ女5人をその場に残して窓から一目散に逃げだした。