32 変人? 天才? パラケルスス
お腹を壊したまま気を失った私が目の覚めたのは夜中だった。
私はどうにか起き上がりベッドに入って就寝する事にした。
このバーレンヘイムに来て初めての安心感がそこにはあった。
何故ならこの数日間、私は全くまともに寝れていなかったからだ。
安心しきった私は完全に深い眠りに落ちた。
◆
! 目が覚めた私は物凄く焦っていた。
何故なら時間的にもう出勤していないといけない時間だったからである。
焦った私はすぐに着替えて執政官の執務室に向かう事にした。
幸い宿舎と庁舎は歩いて10分、空を飛べば3分の距離である。
魔素が少ないので空を飛ぶのは難しいがどうにかエネルギーの確保できた私は低空飛行で空を飛んで庁舎にたどり着いた。
「就任三日目で遅刻とはいい身分ですね!」
「……スミマセン」
オクタヴィアの冷たい態度は相変わらずだ。
私はそれほど彼女に嫌われるようなことをしたのだろうか? 彼女の私に対する辛辣な態度はかなりのものである。
「今日はこれを持ってパラケルススさんの所に行ってくれますか?」
「パラケルスス? これは何ですか??」
「彼の申請していた書類の一式の返戻分です、全部不備ですがそのまま何度も送ってくるので直接出向いて修正箇所を伝えないとラチが開かないんです」
いるいる、そういうやつ。
何度修正箇所を伝えてもそこを直さずに本来きちんとできていたはずの場所を書き換えて再提出、これは役所仕事で一番やられたくない事である。
しかし、執政官自ら出向いて説明しなくてはいけないって、バーレンヘイムはどれだけ人材不足なんだ?
私は仕方なくオクタヴィアに渡された書類一式を抱えてパラケルススの研究所に向かった。
◇
パラケルススの研究所は古びて朽ちた洋館だった。
外から見るといつ崩れてもおかしくないような造りだ。
私にはここの傍でギガンテスやティターンがくしゃみしただけで壊れそうに見えた。
「パラケルススさーん、いますかー?」
返事が無い、私は建物の中に入った。
建物の中は外とは比較にならない程凄い魔改造が施されていた。
そして中から見るからに怪しい禿で白髪のヒゲジジイが姿を現した。
「誰だキサマは?」
「役所から来ましたテンタクルスです。書類に不備が多々有りましたのでそれをお伝えする為に参りました」
「……まあ入れ!」
パラケルススさんはぶっきらぼうに私を研究所の中に招き入れた。
研究所の中には怪しげな物が沢山山積みにされていた。
「パラケルススさん。率直に言いますと、これらの予算は出せません」
「何故だ! これはれっきとした美少女研究という崇高なものなのだ!!」
「ですが、同じ物を三つというのは、少し理由として通せないかと」
「どうしてだ! 同じ物を布教用、観賞用、保存用の三つを用意するのは常識なのだ!」
「それは一体どこの常識ですか??」
「ニポンのアッキババラという聖地なのだ!」
私は聞いた事の無い単語の羅列に少し混乱気味だった。
ニポン、アッキババラ? いったいこれは何の名前だ? 聖地というからには土地の名前なのだろうが私には全く分からない。
「ワシは美少女に憧れておるのだ! 美少女同士がお互い惹かれ合う、何て尊い光景だ! 本来ワシはその間に入りたいくらいなのだ」
「私はアナタが何を言っているのか全くワケわかりません」
「だがワシの肉体ももう年だ、なのでこの肉体を捨ててどうせなら美少女になりたい、その為のワシの研究成果が『ホムンクルス』なのだ」
私にはこのジジイの思考回路がまるで理解できない。
どうやらこのパラケルススは今の肉体からホムンクルスとやらに魂を移そうというのだろうか。
「そして完成したのがこのホムンクルス28号なのだ!」
28号という事はそれまで全部失敗したという事なのか、予算を無駄遣いしてこれって……。
「見るがよい! 今日ワシはこの肉体を捨て、美少女に生まれ変わるのだー!!」