[後編]
「私、フリート様と婚約破棄しようかしら。」
「…えっ?!」
今日は学校はお休みで、久々にラテとマリアは2人でマリア家の庭にて2人だけのお茶会を開いていた。
「フリート様はもう私のこと、好きじゃないって。」
「何があったの?これは聞かない方がいい?」
マリアはラテのエマへの嫌がらせに対していつも呆れつつも、ラテのことはきちんと好きで、ラテの話は最後までしっかり相槌をしながら聞いていた。
だからお互い口には出さないけれど信頼している親友である。
ラテは昨日あった事実をマリアへと話し出した。
***
「そんなことが…。」
「もう、疲れちゃった」
今にも泣き出しそうな顔でラテはヘラヘラと無理に笑顔を作っていた。
「きちんとフリート様本人に確認するべきって言いたいけれど、
今までの2人の行動を見るからに、ラテの話は本当な気がするわ…」
「うん。」
「いつ言うの?婚約破棄したいって。」
「次に一緒に帰るときに、言おうかなって考えてる。」
「そう。」
マリアは立ち上がり、何かを決めたように「良し」と言い、ラテの方に向きなおし、
「じゃあ、ラテがフリート様との関係を無事終えたら、私と一緒に、下町で有名なスイーツ食べ放題に行きましょう?奢るわ」
「ありがとう…」
マリアに後押しをされ、ラテはきちんと決心を決めたのだった。
***
「ラテ。今日は一緒に帰れるよ。馬車で待ってるね。」
「はい。」
たった一言、二言を交わし、ラテは教室へとすぐに入っていった。
***
放課後になり、1人で馬車へと向かっていると
1人の令嬢が、ラテへと話しかけた。
「ラテさん、今日も、リタ様と帰るんですの?
リタ様も大変ね。好きでもない令嬢と馬車の中で2人きりなんて。」
「エマさん。
分かってますわ。でもそれも今日で終わりですもの。」
「えっ、知ってたんですか?ふふ。これで堂々とリタ様とイチャつけますわ。」
何が堂々とだ。今までだって人目なんてまったく気にしなかったくせに。
ラテはそう思ったが、それは言わずに
最後の精一杯で、こう言ってみせた。
「私とフリート様が婚約破棄したとして、あなたが選ばれるとは限りませんが。
…せいぜい頑張ってください。」
最後の最後に嫌がらせが上手くいったとラテは思った。
(今更成功したって何の意味もないのにな。)
エマは後ろで何か怒鳴っていたが、彼女と関わる理由がなくなったラテは全て無視したのだった。
やがて馬車へとたどり着いたラテは、
馬車の運転手兼フリートの執事のトーマスに
「フリート様はまだ少しお時間がかかるようですのでもうしばらくお待ちくださいませ。」
と言われ、馬車の中で1人フリートを待ちながら深い眠りへとついたのだった。
***
ラテは一度だけ大きな事件を起こした。
あれは14のとき。ラテとフリートの2人が婚約してから6年目のときだった。
8歳の頃に婚約を結んだ2人は毎日のように仲良く外で走り回っていた。
12歳になってからはお互いの貴族教育が忙しくなり、なかなか会えない日が続いた。
貴族教育が始まってから一年が経ち、ようやくお互いに余裕が出来たため、2人でゆっくりお茶でもしようと、フリートの家にラテはお邪魔した。
久しぶりに会えるのが嬉しかったが、
お互い距離感がわからなくなっていた。
外ではしゃぐことはなくなり、会話もほぼない状態だった。
フリートの両親の言いつけを守り、2人は2週間に一度は会っていたが、
会話は弾まないまま更に一年が過ぎた。
ラテはそんな状況が嫌になり、2週間に一度のフリートと会う日の朝に家出をした。
家族はもちろん、フリートの家のロベルズ家の使用人までもがラテを探した。
ラテを見つけたのはフリートだった。
心配した、どうして突然、僕との結婚がそんなに嫌かと質問しまくるフリートに対し、
ラテは久しぶりに無邪気に泣きまくった。
気まずいこの状況がずっと嫌だったこと。
昔は仲良しだったのにどうして今はこんなに気まずいのかということを泣きながら叫んでいたラテをフリートは優しく抱きしめた。
「ごめん。これからはもっとたくさん話し合おう。もっとたくさん会おう。」
フリートの優しさに触れたラテはやがて自分のフリートへの好きを自覚していったのだった。
***
夢を見ていた。幼いときの夢を。
何かが自分の今にも溢れそうな涙を拭っている。
ラテはそれが誰だかすぐに理解をし、その手を叩いて払った。
「フリート様。やめてください。」
そこには予想通りフリートの姿が。
だけどその表情は何故か驚いていたのだった。
「…どうして、君の婚約者である私が君の涙を拭ってはいけないんだい?」
「…」
しばらくした後、ラテは最後の覚悟を決め、フリートを、真っ直ぐ見つめたのだった。
「フリート様。私と婚約破棄をしてください。」
そこにはさっき驚いたときよりも驚いた顔をしているフリートの姿があった。
「…どうして破棄したいのか聞いてもいいかい?」
ラテは軽く深呼吸をした。
「それはフリート様が私のことを好きじゃないからです。」
「…ふむ。」
「だから婚約破棄を…!お願いします…!」
突然、ニコっと満面の笑みを浮かべたフリートは
「なるほど、詳しく話し合う必要がありそうだ。」
と言い、何故かフリートの家に到着している馬車のドアを開け、ラテの手を掴みそのままロベルズ家の中へと連れ込んだ。
(?????、いつもは私の家に先に付くのになぜ私は今、フリートの家にお邪魔しているの?)
「トーマス、ラテと2人きりになりたい。」
「かしこまりました。ラテ様、何かありましたら廊下にいますので呼んでください」
「はい…」
いまいち状況を理解できないままラテは、フリートに言われるまま2人がけソファへと座った。
ラテの正面にも2人がけソファがあるのにも関わらず、フリートはラテの真横に座り、ラテの手のひらに自分の手を絡ませた。
「この間の帰り道に、ラテの元気がなかったから、今日元々来てもらう予定だったんだ。」
「そう、なんです、か」
ラテは意味がわからないと自分とフリートの絡まった手をぼうっと見ていた。
「ラテ。もしかして、この間、私とエマさんの会話を聞いていたかい?」
気づいていないと思っていた。
フリートは勘が鋭いのかとラテは聞き入っていた。
「先に帰っているかと思ってたのに、下駄箱には上履きではなく靴が入っていたから驚いたよ。」
ラテは何も言わなかった。
「君は自分の教室以外あまり使わないから、あのときは教室に居たんだよね?」
ラテはコクリと相槌だけした。
「信じてもらえるかは分からないけど。
私がエマさんに『ラテさんのこと好きなんですか?』と聞かれて『ううん。』と言ったのはね…」
そこまで聞いて、耐えられなくなったラテはフリートと絡んでいる手を離し、両手で耳を塞いだ。
そんな姿を見たフリートは苦笑いをし、ポケットから小さな箱を出し、その箱の中から小さな指輪を出した。
耳を塞いでいるラテの左手を取り、口づけをした後、薬指に先程取り出した指輪をはめた。
再び指を絡ませてフリートは言った。
「私があの時ああ言ったのは君のことが、
ラテのことが好きではなく、大好きだからだよ。」
ラテは驚きを隠せず目をまんまるにして
「だいすき…?」
ぽつりと言った。
「ああ。大好きだよ。愛しているんだよ。」
フリートは、大粒の涙をぽたぽたと流すラテの顔に繋いでいない方の手で優しく拭う。
「で、も。エマさんが愛称呼び…。」
愛称呼びは本当に身近な人しかしないことの一つで、ラテはフリートから愛称呼びの許可が出るのをずっとずっと待っていた。だけど婚約者であるラテより先に呼ぶのを許されたのは元平民のエマだった。
ラテは本当に悔しくて悲しくて1ヶ月もの間、毎晩枕を濡らしていた。
「ああ、あれは私は許可してないよ。そもそも私の愛称はリタではないし。」
エマの話で冷めきった表情を見せるフリートを見て、
ラテは少し落ち着いたのも束の間。
「えっ、フリート様の愛称ってリタじゃないんですの?」
「うん、そうだよ。僕の愛称は『リト』だよ。」
「リト…」
「うん。そのままリトって呼んでくれて構わないよ。
様もいらないからね。」
自分の本来の愛称を呼ばれニコニコとラテを見つめるフリート。
ラテは一つの疑問を抱えていた。
「なぜ、リタではないのですか?」
「ああ。ラテは私に弟がいるのを知っているよね?
弟の名前はトリータと言って、弟の愛称こそがリタなんだ。」
そういえば弟が居たなと今更ながらに気付いたラテ。
だがしかし気づかなかったのにも理由があった。
「ラテ。弟に君を会わせて惚れられでもしたら困るからね。一切関わらないようにしてたんだけど、知ってた?」
「え、?」
「というか、ラテは本当に可愛いね。」
「え?」
「今まで散々エマ嬢に嫌がらせをしようとして、一度も成功してないことは私は全て把握しているよ。」
「今まで、全て知っておきながら、彼女と一緒にいた…?」
「ごめんね、婚約破棄したいってなるまで追い詰めてしまって。
でも許してほしい。君のことが大好きすぎるだけなんだよ、ラテ。」
許してほしいと言われても、今までのことを全て水に流すのはラテには出来なかった。
「…私をからかうためだけにエマさんといたのですか?」
「ああ。」
「それはいけないことではありませんか!」
「でも私は、エマさんにそばにいることを許してはいないよ、彼女が勝手についてくるんだ」
「不倫の言い訳にしか聞こえません!」
「どうしたら許してくれる?ラテ。」
あからさまに困った様子のフリート。
ラテは怒りを隠せず、再び涙を流していた。
「これからは一切、エマさんと関わらないでください。」
「分かった。」
「私との時間をもっと作ってください。」
「分かった。」
ラテの要望に対し、フリートは優しく相槌をうちながら応える。
「私に、リトの好きも大好きも愛しているもください!」
「分かった。好きだよ。大好きだよ。愛しているよ。」
愛の言葉を紡ぎながらフリートはラテを優しく包み込む。
涙を流しながらようやく落ち着いてきたラテは
そのまま深い眠りについたのだった。
***
ラテが起きたのは次の日の朝だった。
ラテが起きたとき、ラテがまるで病人かのように
ベッドの横でラテの手を繋ぎながら、椅子に座っている、眠ってしまったフリートの姿があった。
その姿を見て、ラテはフリートを許していた。
「ん…。あれ、起きたのかい?ラテ。おはよう」
「おはようございます。」
「フフ、今日も可愛いね」
「あ、ありがとうございます。」
ラテの赤く染まる頬をみて満足そうに、したフリート。
「ラテ、今日は学校ズル休みして、下町で買い物でもしようか」
「いいのですか?大事な用事とかはないのですか?」
「ラテとの用事より大事なことはないよ。」
***
今まで、学校ではフリートとエマの噂が少し出ていたが、
この日、フリートとラテの2人が一緒にズル休みをしたことで、フリートとエマの噂は全くなくなったのだった。
…余談だが、実は、フリートは以前から「ラテが可愛すぎるっ」と自分の友人にしつこすぎるほど言っていた。
エマやラテの周辺は全く気づいていなかったが、元から、フリートとエマの噂より、フリートとラテの噂のほうが大きかったとのことだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
近日中に、後日談などを投稿予定ですのでよろしければご覧ください。
(誤字などありましたら申し訳ありません)
コメント等お待ちしております。