星の花を散らせ!(星花女子学園第11期キャラクター紹介)
広い会場に溢れた色とりどりの光の海は、時に眩しく時に残酷なほどにあたしたちを照らしている。ライトに照らされたあたしたちの動きと呼びかけに合わせて、光は左右に揺れたり上下に動いたりしながらあたしたちを見つめていた。
最前列であたしのイメージカラーのTシャツを着てくれているあの子も、数カ月前の握手会であたしのことが大好きだとあたしの手を握って泣きながら言ってくれたあの子も、最近ファンになって一生懸命コールを練習してくれているあの子も、所属しているグループも、あたしはあたしをアイドルにするその全てを愛していた。あたしが心から愛している『あたし』と言う『アイドル』は、みんなからも愛されるアイドルになれるだなんて、あの頃のあたしは馬鹿みたいにそんな夢を見ていたのだ。
(ずっと見ていて! あたしを────羽村 馨を!)
メンバーカラーの水色のチェックと白いフリルのスカートが、くるりとターンをしたあたしの動きに合わせて揺れる。靴の踵があたしの動きに呼応するように軽い音を立てて、マイクはあたしの声をのせてどこまでも伸びてゆく。それが酷く心地良くて、ずっとこのままでいたいとさえ思った。あたしがあたしとして生まれてきた意味はここにあるなんて、あたしはそんなことを本気で信じていたのだ、きっと。
あたしは特別な人間にはなれないと解っていたから、やっと掴んだアイドルの座を手放さないように、あたしを好きだと言ってくれる人の期待に応えられるように人一倍努力をしていた。誰にも負けないように、胸を張って「アイドルだ」と言えるように。「あたしはここにいる」と知らせるように。
だけど、心のどこかであたしは本当は気が付いていた────あたしは結局、いつかは×××られるんだ、って。
朝の柔らかい光が白いレースのカーテンの隙間から漏れて、その眩しさに微かに眉を顰めながら目を開けた。僅かに痛む頭を抑えながらのろのろと身体を起こせば、肩の少し下で切った自分の髪がさらりと滑り落ちてゆく。ベッドの横に置いたどこか間の抜けた表情をしたぬいぐるみが、静かにあたしを見上げていた。
(……嫌な夢ね)
文字通り夢から醒めた時のような、妙に空虚な感情があたしを見つめていた。それを振り払うように左右に頭を振ってベッドから足を下ろせば、タイミングを見計らったようにコンコンと自室のドアがノックされる。「はい」と返事をすると、想像通り見知った金髪の女の子がひょっこりと顔を覗かせていた。
「おっ、起きた? 今日あっちに編入手続きしに行くから、ご飯食べてよ」「……ええ」
人懐っこく、それでいて僅かに軽薄そうな笑顔があたしを見つめる。耳についた大きさのさまざまないくつものピアスが、彼女の動きに合わせて柔く光った。
目の前のこの金髪の女、蜂谷旬とアイドルユニットを組んだのは少し前のことだった。グループ内のいざこざから前に所属していたグループを脱退したあたしと組んだ彼女は、事務所からソロデビューとして売り出されたものの、その奔放な態度や歯に衣着せぬ言動からたびたび炎上を繰り返したことであたしとはまた違った意味で『崖っぷち』だったようで。表向きは今までデビューしたほかのアイドルとは対照的なユニットを売り出したいということだったが、早い話が個々で問題を起こすあたしたちをまとめて売り出すことで、さっさと追い出す理由を探したかったのだろう。
(……編入手続き、か)
それでも、幸か不幸か今のところはあたしも蜂谷も問題を起こすことはなく。それに気をよくしたのかはたまた別の理由か、あたしたちは芸能活動にも理解がある星花女子学園に転入することになった。表向きは「もっと仕事をしやすくするため」らしいけれど、それだって本当のところはどうだか解らない。最も、聞いたところであたし達なんかに教えてくれるはずもないけれど。
(……『アイドル』を続けるためには従順にするのも大切、ってことね)
あたしはまだ新しいフローリングの上に裸足の足を下ろすと、クローゼットの戸を開けて前に通っていた学校の制服を取り出す。一年と半年ほど通った高校の制服に特別な思い入れはないものの、もうこの制服に袖を通すこともないのかと思うと、まるで見捨てたような妙な居心地の悪さがあった。
制服が掛かっているハンガーをとると、金属同士が擦れ合ってカショッと言う微かな音を立てる。あたしは左腕に制服を抱くと、白いクローゼットの扉を閉めた。
「────本当、馬鹿みたい」
身支度を整えてリビングダイニングに続く引き戸を開ければ、バターの香りが鼻腔を擽った。するとその音を聞いた蜂谷が、他校の制服の上から黒いエプロンを付けた格好で能天気に「はよ、馨さん」と笑う。
「……おはよう。……何か手伝うことある?」「あー、んじゃ、その机の上でも片しといてよ」
蜂谷はあたしの制服を見ると「似合うじゃん」なんてにやにやしながら、昨晩散らかしたダイニングテーブルを菜箸で指す。書類や雑誌で溢れたその場所に内心溜め息を吐きながら片付けていれば、蜂谷は機嫌よくあたし達のデビューシングルを鼻歌を歌いながら、朝食を皿に盛っていた。「呑気なものだ」と横目にテーブルを片付け終えれば、まるでタイミングを見計らったように蜂谷がフレンチトーストをのせた皿とコーヒーをテーブルの上に置くと、勝手に席について「んじゃー食べよ。いただきます!」と手を合わせ、勝手に食べ始めてしまう。
「……ええ、いただきます」
文句を言うのを堪えて食事の挨拶をすると、蜂谷は「へーい」と適当に返事をしてからフレンチトーストをフォークとナイフで切る。その様子を見てからあたしもフレンチトーストを切って口に運べば、口の中に柔らかな甘みとバターの香りが広がった。
蜂谷もあたしも荷物を置くことが好きでは無かったから、白い壁のリビングダイニングには茶色のダイニングテーブルと椅子、二人掛けのソファーとテレビ、キッチンはもともとついていた電磁調理器以外には、冷蔵庫と調理用具や調味料のような必要最低限のものだけをあたしたちが共用で使う資金の中から購入した。最も、それを主に使うのは蜂谷だけだが。
あたしは珈琲に口をつけると、テレビのリモコンを手に持って電源を入れる。途端に騒がしく音を発したテレビをぼんやりと眺めていれば、『今週のヒットチャート』と言う声とともにでかでかと『スリリング? 期待の大型新人!』という言葉とともに飽きるほどに見た宣材写真が画面に映る。
『それでは、今週のヒットチャート15位! スリリングな炎上アイドル? JoK────』
ぶつりとテレビの電源を切ったのは、蜂谷だった。思わず蜂谷の方を見れば、蜂谷は誤魔化すようにへらりと笑うと「早く食べないと遅れるよォ」と言って、珈琲に口を付けた。
「星花女子学園ってマンションから歩いていけるの?」「昨日資料見たでしょ」「忘れちゃった」「はぁ?」
支度を済ませて玄関を出た瞬間、けろっとそんなことを言う蜂谷にあたしは小さくため息をついて。マンションの鍵を掛けて「あたしが案内するから、あんたは後をついて来なさい」と言えば、あたしと同じくマスクをつけた蜂谷は「あーい」とへらへらと笑う。その耳にあの大量のピアスがついていないことを確認してから、あたしは彼女に背を向けるようにして先を歩いた。
転校と同時に越してきたS県空の宮市は、あたし達がもともと住んでいた場所よりも空気が綺麗だった。最も蜂谷は「水がうまい!」なんてはしゃいでいたけれど。
まだ慣れない空の宮市を、その数倍は手がかかる蜂谷を連れて歩きながら、あたしは小さく溜め息を吐く。「あんたと一緒の学校なんて先が思いやられるわ」と言えば、蜂谷はにやにやと笑いながら「同感」と呟いた。
「まー退学にならないように『おすわり』してれば大丈夫っしょ。馨さん、星花に行ったらちゃーんと猫被んないとだめ────ウッソウソ! んな怖ェ顔しないでよ」
へらへらと笑ってそんなことを言う蜂谷を横目でにらめば、蜂谷は苦笑して首を竦める。それを見て「あんたこそ『どーもどーも! 蜂谷でーす!』なんて、あたしたちのイメージを崩さないでよね」と返せば、蜂谷は首を竦めて「へーい」と気の抜けた返事をした。
蜂谷と地図を見比べながら時に喧嘩を、時に地図の奪い合いをした末に辿り着いた私立星花女子学園は、予想よりも綺麗だった。花壇には丁寧に手入れされた色とりどりの花が咲き誇り、正門の掃除も行き届いている。それを横目に正門の守衛に事情を説明すれば、事前に連絡がいっていたようで、事務室の人に連絡をすると素早く校内へ通してくれた。事務室の女性に案内して貰いながら職員室へと向かう途中に、隣で大あくびをしながら歩いている蜂谷を小突いて「下品」と注意をすれば、蜂谷は「へーへー。しっかし厳重な警備だね」なんて呑気に呟いた。
「星花は芸能人とか良家の子供も多くいるんだから当たり前でしょ」「えー……。ハチ、高校まで気ィ遣うのヤなんだけど」
げんなりとした表情でそんなことを言う蜂谷に「あんたのどこが人に気を遣ってるわけ?」と返していれば、「こちらです」と職員室前に案内されて。それににこりと笑って「ありがとうございます! お仕事中にすみません」と頭を下げれば、女性は「いえ」と柔らかく笑って去っていった。
女性がいなくなると、隣で同じく頭を下げていた蜂谷がぶふっと噴き出して。それに視線を向ければ、蜂谷はくつくつと喉を鳴らしたまま僅かに上ずった声で呟いた。
「猫被り」「うるさい。……ほら、お待たせしたら申し訳ないでしょ、さっさと入るわよ」
蜂谷の笑いが収まるのを待ってからクリーム色の職員室の戸をノックすれば、「どうぞ」と言う声が聞こえてドアが開けられる。
「おはようございます! 初めまして、××高校から転校してきました、羽村馨です!」「〇〇高校から転校してきました、蜂谷旬でーす」
適当に挨拶をする蜂谷を横目で睨めば、蜂谷はげんなりした顔であたしを見てから小さく溜め息を吐く。「失礼でしょ」と小声で言えば、蜂谷は「へーい」と適当に返した。
星花の先生方は大らかな先生方が多いのか、あたしたちを見ても特別気分を害した様子もなく「蜂谷さんと羽村さん、おはようございます。すぐに学年主任と学園長が参りますので、隣の応接室でお待ちいただけますか」と丁寧な対応をしてくれる。あたしたちは応接室に通されると、来客用の黒い皮張りのソファをすすめられた。
「……「ザ・お嬢様学校」って感じィ」「外部受験の子も多いから、そこまででもないわ」「そーかなァ、なぁんか馴染めなそ」
僅かに居心地が悪そうな蜂谷に「あんたもここにいれば毒気が抜けたりして」と軽口を叩けば、蜂谷はフンと鼻をならして「ハチはしぶといからそう簡単にいなくならないよ。馨さんこそ、元のグループに戻れるくらい大人しくなるんじゃない?」なんて憎まれ口を叩く。その小馬鹿にしたような表情が鼻について「あんたね────」と口を開いた時だった。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。……ああどうぞ、座ったままで大丈夫ですよ」
三回のノックとともに応接室の扉が開くと、学園長らしき女性と、学年主任、茶髪の女性、それから黒髪の女性が入室してきた。学園長は自分の名前を名乗ると、あたし達に名刺を渡す。続いて紹介されたのは、蜂谷が転入する二年二組の担任である愛瀬さんと、あたしが所属する二年三組の五十嵐さんで。特に愛瀬さんは、あたし達を見た時に僅かに「ヒェ……」と呟いていた。
「本来なら伊ヶ崎も交えてお話をする予定だったんですが、急な仕事が入ってしまって」「そんな、とんでもないです。こちらこそ急な転校にも関わらず、快く受け入れてくださってありがとうございました」
あたしと学園長が軽く挨拶をした後 愛瀬先生たちを含めた説明では学園に所属する間も今と変わらずに芸能活動を行うことが出来ること、また仕事で学園を早退・欠席する場合など事細かな説明を受ける。特に念を押されたことは、学園内の撮影や録音についてのガイドラインだ。曰く、星花にはあたし達の他にも芸能人や動画配信者などが多いため許可なく撮影をすることは禁じており、また星花に通っていると明言している生徒の他は情報を漏らさないようにして欲しいとのことだった。「何か質問はありますか?」と言う言葉に首を振れば、「では蜂谷さんと羽村さんが所属するクラス担任を紹介しますね」と言うと、後ろに控えていた先生が前に出てくる。
「羽村さんが所属する二年三組の担任の五十嵐先生と、蜂谷さんが所属する二年二組の担任の愛瀬先生です」
二人はそれぞれ紹介されると、頭を下げてから簡単に自己紹介をしてくれる。保護者が一緒にいるわけでもないのに随分と丁寧な学校だなと感心してしまった。
意外なことに由緒正しい星花女子学園の教員たちは、あたしたちが所謂『炎上アイドル』であることを知っているはずなのに、小馬鹿にしたような態度をとることや色眼鏡で見るような態度をとることはなかった。だからなのか、あたしよりも人の態度に敏感な蜂谷が大人しく説明を聞いていたことにも驚いてしまう。そのお陰で、予想よりも遥かに早い時間帯ですべての説明が終わったあたし達に、「一気に話してしまいましたが、何か質問はありますか?」と尋ねてくれる。
「いえ、私は大丈夫です。……ハチは? 先生方にお聞きしたいことはある?」
思わず素が出てしまいそうになるのをぐっと堪えて隣で難しい顔をしている蜂谷を見れば、蜂谷はいつもよりも酷く真剣な表情をして「あの」と手を挙げる。結成してから全く見たことが無いその真剣な表情に、学園長も、愛瀬先生も、三組のクラス担任も、ついでにあたしも思わず固唾を飲めば、蜂谷は酷く真剣な顔で口を開いた。
「ハチたち正直、月の生活費の中で食費が一番かかるんですけど────来る途中にあった家庭菜園の隅って、部活に入らないと貸してもらえないんすか?」
「しょうもないこと聞かないでよね、蜂谷! 転入生の身で図々しいのよ!」「駄目だったかー! 食費を浮かせるいいアイデアだと思ったんだけどな。暫くはプランターで育てるしかないね」
今まで経験してきた何よりも悔しそうな蜂谷の表情に「食費が掛かってるのはあんただけでしょ、あたしは何日か食べなくても平気だもの」と言えば、蜂谷は「馨さんは食事もお金も甘く見てるよ」と訳の分からないことを返してくる。
「腹が減ってると判断能力は鈍るし、碌なことは考えないし、お金は貯めるのは難しいのに無くなるのは一瞬なんだよ。ハチたちみたいなアイドルと一緒」「……解ってるわよ、そんなの」
痛いところを突かれたと眉根を寄せれば、ハチはふいと顔を逸らしてグラウンドの方へ顔を向ける。そこには夏休み中の部活動なのか、陸上部らしき生徒やその他の運動部員が活動していた。
「馨さんって、前のグループで部活とかやってた?」「何よ急に。禁止されてたからやってなかったわ」「ふうん、ハチも部活とか人生で一回もやったことないんだよね。んな余裕もなかったけど」
まぁもともとやる気もないけどォと笑う蜂谷に「あんたこそ何かやれば?」と言えば、蜂谷は一瞬だけ値踏みするような冷たい目を部活動へ向けると、すぐにパッと表情を戻して「やーらね!」と笑った。
「でも、馨さんはなんかやった方がいいよ」「なんで。やらないって言ってるでしょ」「えー、だってさァ」
夏特有の生温い風が、草の香りとともにあたしと蜂谷の前髪を柔く乱す。その隙間から見えた蜂谷の瞳は、まるで底なし沼のような暗い瞳をしていた。
「────生き方をひとつに決めちゃうほど、しんどいことってないだろ」
蜂谷はそう言うと、ぱっと表情を変えて「なーんてね!」と笑う。「帰ろ帰ろ、ハチ、お腹空いちゃったよォ」とあたしの背中を押す彼女は、いつもと何も変わらないチャラくて、適当で、人懐っこいいつもの蜂谷旬だった。
今回登場した登場人物
愛瀬 めぐみ様(星花女子プロジェクト第10期登場)
考案:百合宮 伯爵様
登場作品 :「先生、恋のquizが解けません!」
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