最強
オーク氏族、千年の悲願。
世界にはことわりの神々がいる。
龍の王はことわりの神の試練に打ち勝ち、龍のことわりを得た。
人の軍勢もことわりの神に、その団結力を認められ国を作った。
そして、ついにオーク氏族は魔導生物を生み出すことに成功する。
その名をツヴァイハンダー。
龍の王は過酷な試練を果たす際にその翼を失った。
人の軍勢もまたその団結力を試される際に、多くの犠牲者を出した。
だが、ツヴァイハンダーは一切の犠牲を払うことなく試練を超えた。
試練を超えた者を超越者と呼ぶ。
世界は恐れおののいた。
オークの超越者は龍の王より強いのではないか?
あの屈強で傍若無人なオーク氏族が最強の座についたのか?
世界の均衡は崩れるかと思われた。
*
私の名はツヴァイハンダー。
身の丈三メートルで赤黒い、四本腕の巨大なスケルトンだ。
「先生、このお花の名前は知ってる?」
私は流れ着いたこの村で、子どもたちに学問を教えて暮らしてる。
「すいません。私はそういった事にとても疎いのです。なんという花ですか?」
「これはねー、シロツメクサ」
私はその小さく白い花を黒く太い指で受け取った。
オーク氏族の呪術で生み出された私の体は、オークが死して残した骨で出来ている。
族長や英雄と認めた強者は死後、儀式により一本の黒いルーン文字が刻まれた骨となる。
私の体はそうやって作られた二百あまりの骨で出来ているのだ。
「先生、むずかしい勉強のほかは、ほんとになーんにもしらないね」
「はい。日々新鮮な驚きばかりです」
今日は村の収穫日だ。
九歳以上の子どもたちは大人と共に畑に出ている。
そのため教室は休みとなり、こうして畑に出られない小さな子を世話をしている。
*
昔、試練を達成した私は目的を失った。
神の試練を無傷で乗り越えたオークの話は瞬く間に世界に知れ渡った。
あらゆる種族や国家が魔導生物ツヴァイハンダーによる支配を覚悟した日。
オーク氏族は大宴会をしていた。
オークは緑色の肌をした二メートルを超える巨漢の種族だ。
その顔もまた緑色で下顎からは大きな牙が生えている。
一部の人間はオークの頭は豚の形をしていると思っているらしいが、実際は違う。
人間より面長ではあるが、鼻は潰れておらず顔に毛なども生えてはない。
下顎からの牙がイノシシの様だと言われれ、そこから生まれた誤解にすぎない。
そんなオークたちが古戦場で満月を見上げ、喧嘩と酒を楽しんでいた。
私はオークの族長に問いかけた。
「族長よ。ようやくオークの悲願が達成されたな」
「そうだ、ツヴァイハンダー。遂にわれらオークの強さが証明されたのだ」
「オーク氏族はこれからどうする?」
「何をわかりきったことを!これまでと何も変わらぬ。いや、もはや種族の序列を気にすることは無くなったのだ。これまで以上に他種族との戦闘を楽しむまでよ」
「私に出来ることはあるか?」
「これまた不思議なことを言うのだな、ツヴァイハンダー。そうか、お前はオークだけではなく、オークが認めた多種族の英雄も含まれているのだったな」
そのとおりだ。
オークは強者と認めれば、誰であっても氏族に受け入れた。
現にツヴァイハンダーを完成させた頭蓋は人間の英雄のものだった。
「試練を終えた今、これからは私も戦に集中出来る。戦ではオーク氏族が勢力をのばすだろう」
「お前は超越者となったのだツヴァイハンダー。もう種族間の争いに関わるな、戦が面白くなくなる」
「私を旗印にすれば世界を統べる事が出来るぞ?」
「くだらん!そんなことをしてどうする?そんな事をしては敵が居なくなるではないか!」
「西から来る混沌があるだろう?」
「オークに世界の軍勢を率いる能力があると思うか?オークの元では他種族の力が存分に発揮できはしない。混沌に隙きを見せるだけだ」
「では、私はどうしたら良い?」
族長はぶどう酒の盃を飲み干すと私に背を向け去り際に言った。
「知らん!なんでお前のことを俺が決めなきゃならん?お前はお前の勝手にしろ!ツヴァイハンダーお前はもう用済みだ」
そして、ふと立ち止まり振り向いた。
「いや、良いことを思いついた。お前が魔王を名乗るなら、これほど手強い相手はない」
「私に魔王になれと言うのか?」
「今ここで、そう宣言したとして誰がお前を止められる?だから、お前の勝手にしろツヴァイハンダー」
*
私は彷徨うこととなる。
実のところ、次に会った者に使えて国王でも魔王でもなれと煽りたて、力を貸してやろうかなどと自暴自棄になっていたのだ。
そうして出会ったのがこの村に住む男だった。ロクに働きもしないどうしようもない酒飲みだった。
「今の生活に満足しているかって?そんなわけ、ねーだろ!世の中クソみたいだ!」
「そうか。なんでもお前の願いに力を貸してやろう」
男は酩酊しながら言った。
「やる事がないなら村でガキどもの面倒でも見てくれよ。あとは、その怖い顔をやめろ」
私は常に畏怖と恐怖の呪いを振り撒いていた。
戦場で弱者をふるいにかける為だ。
私の前に立つ事が出来るのは戦士だ、私に向かって一歩を進める者は強者だ。私に二歩進める者は英雄であり、三歩進み出たものは私と戦い死者となった。
酔いには呪いが効かなかったのか、この男には怖い顔としか映らなかったようだ。
私は呪術で、私をツヴァイハンダーと認識できないようにして、男に連れられてゆく。
そうして男は世界の運命を決め、私はこの村で子供の世話をすることになった。
*
「先生、大変だ。森に野盗が出た」
子供たちに花輪の作り方を教わっていたところ、村の男が慌ててやってきた。
収穫に合わせてやってくる馴染みの行商人がいるのだが、この行商人を迎えに行った子供たちと行商人が捕らえられたと言う。
村の中央では、村長を中心に大人たちが話し合いをしていた。
「この村に戦士はいるのですか?」
私が聞いた戦士とは、戦士のタグを持つ者がいるかどうかと言うことだ。
戦士のタグ。
神に認められた龍の王は、その褒美として世界にあらたな(ことわり)を定める事ができた。
龍の王は西から来る混沌の侵攻には、種族を超えた団結が必要と考え、この戦士のタグを制定する。
龍の司祭によって、全ての戦士にはその階級を表すタグが与えられた。
種族、年齢、地位、生まれを問わず。混沌と相い対するときには、このタグにより合同軍が組織される。下位は等級で分けられ、最上位陣には順位が定められた。一位は龍の王その人となる。
まぁ、オーク氏族にはこの龍の配下というのが堪らなく嫌だったのだが。
「いや、先生。この村には戦士はいないよ」
「でしたら、私が話し会いにゆきましょう。この通り私はとても体が大きい。力もあります。そして、家族がいません」
村人たちはそれを止めてくれた。先生は村の家族だと言ってくれる。
「ありがとう。ですがこの村にある武器は一つだけでしょう?」
私の問いかけに村人たちは首を傾げる。この村に武器なんか無いと思ってるのだ。
「御神刀があるでしょう?」
鍛冶屋が驚きの声を上げる。
「先生。そりゃ鍛冶屋がいる所には必ずアノ御神刀がありますとも。鍛冶屋であれば一人前の証に必ず御神刀を打って奉納しますからね。でも先生、アレは人間が使うモノじゃない。身の丈三メートルで四腕の超越者。戦場においては人間の仇敵であり、混沌との戦いでは世界の救世主。アレを使いこなせるのはアレと同じ名前の者だけですよ」
「大丈夫、御神刀をツヴァイハンダーを私に貸してください」
*
私はツヴァイハンダーを手に森を駆けた。
私の四本腕のうち二本はとても長く、下げると地面に届く。この二本の腕と両の足で私は木々の間を駆け抜けることが出来た。
やがて、街道に止まっている荷馬車を見つけた。
一箇所に集められた子供たち。
倒れている商人の妻。
護身用の剣を構えた行商人。
そしてそれを、首からタグを下げた野盗が取り囲んでいた。
「先生!」
わたしを見つけた子どもたちが声を上げる。
一瞬警戒した野盗たちだったが、私の持つ武器を見て笑いだした。
「なんだ、お前は!そんなもの持ち出しやがって罰当たりが!それは御神刀、アレの武器だぞ。アレがツヴァイハンダーを振るう姿に全ての戦士が尊敬と畏怖を覚え、誰も使わなくなった。アレだけが使う武器ツヴァイハンダー、ゆえにアレの呼び名もまたツヴァイハンダー」
私はツヴァイハンダーを構え、認識阻害の呪術を解いた。
「いかにも、私こそがツヴァイハンダーだ」
その言葉に全ての戦士、この場に置いては野盗が膝から崩れ落ちた。
野盗の顔には憧れと恐怖が入り混じった涙がつたう。
その中で、一番等級の高い戦士のタグを下げた男が声を上げた。野盗の頭だろう。
「すげぇ!本物だ!本物のツヴァイハンダーだ!だがツヴァイハンダー、あんたは超越者で人間の争いには関わらないと聞いたぞ?」
「いかにも、超越者は人の諍いに関わることはない」
「だったら、あんたの出番はない。そこで俺達の戦いを見ていろ」
野盗の頭がヨロヨロと立ち上がる。
「行商人よ。あなたが全てを諦め負けを認めるなら戦士ではない。命だけは守ってあげます。どうしますか?」
「荷物はどうなりますか?」
「勝者の権利です」
「子どもたちはどうなりますか?」
「私が責任を持って守護しましょう」
「妻はどうなりますか?」
「命だけは保証させます」
私の宣言に、野盗たちは笑みを浮かべる。
「荷物と女だけで引き下がろう。約束する」
行商人は決意を固めて言った。
「ならば、戦います」
*
剣を構えた行商人と、四人の野盗が対峙していた。
ともに私からは同じ距離で、戦いに際して私の方へ歩を進める必要はない。
「これは、互いの権利を奪う正当な戦いです。準備は良いですか?」
行商人が震えながら頷いた。
野盗たちは笑みを浮かべながら頷いた。
私の中のオーク氏族の魂が歓喜の声を上げている。
「それでは、楽しい楽しい戦いの始まりです。ですがその前にオークの(ことわり)によって場を整えます」
龍が試練を達成して混沌に対する(ことわり)を得たように、オークもまた楽しく戦う為の(ことわり)を定めている。
「なんだそりゃ?」
しかし、龍のように司祭を置いて徹底などはしなかった。それはオークにおいては当たり前のことで、わざわざ広めるのもバカバカしい話だったのだ。
私は村の子どもたちを指し示し、宣言する。
「幼い子供に無益な暴力を振るうものは、戦士の資格がない」
そしてトンとツヴァイハンダーで地面を一度突いた。
野盗の手足が千切れ飛んだ。
次に行商人の妻を指し示す。
「戦う意思のない女に暴力を振るうものはの、生きる資格がない」
更に一度、ツヴァイハンダーで地面を突いた。
今度は野盗の首が飛んだ。
その様を見て、野盗の頭が悲鳴を上げる。
「あなたには戦士の資格があったようですね」
「いや、たまたま趣味じゃなかっただけですぜ、ツヴァイハンダー」
「二人とも覚悟はいいかい?」
「先生!行商人のおじさんを助けてあげてよ!」
「黙れガキども!これは大人の戦いなんだよ!」
野盗の頭が剣で行商人に斬りかかった。それは、とても素人の行商人が受けられる物ではなかった。
次の瞬間には、胸に深々と剣が突き刺さる。
「な、なんで!?」
ツヴァイハンダーで貫かれた野盗の頭が私に問いかけた。
「なんでって、そりゃ顔見知りの行商人が襲われていたら助けるに決まっているでしょう?」
「せ、戦士のことわりは?」
「大事ですよ?だから戦場を整えて公平にしたじゃないですか?ただ単に、あなたは私に奪われたのです。私より弱くて残念でしたね」
*
帰りは行商人夫婦と子どもたちを連れていた為に、日が暮れてしまった。
村にたどり着く前に、私は行商人と子供たちに大事な話をした。
「私は正体を隠しません」
「なぜですか、ツヴァイハンダー様?」
「あなたたち夫妻と子供たちは私の正体を見ています。正体を知らない村人とあなた方では私への対応は変わるでしょう。ですが、子供たちと両親。親子で私に対する認識が異なるのは良くありません。それは無用の隠し事を生みます」
「それでは、ツヴァイハンダー様を受け入れられない村人も出るのではありませんか?」
「些細なことです。家族の絆と比較できるものではありません」
そうして、篝火の灯された村の入り口で子どもたちを抱えた私と、村人たちは対面したのです。
村人は怯えきっていた。
現れるのは野盗か子供たちか分からなかった。そして、戦場を知らない彼らでさえも感じ取れる得体のしれない恐怖を感じていた。
松明を持って近づいてきた村長が、子供たちを見て安心した次の瞬間、恐怖で腰を抜かしへたり込んだ。
あれほど心配した子供たちと行商人夫妻が、死神と一緒に帰ってきたのだ。
私は、一切の加減無く恐怖の呪いを撒き散らした。
私の前に立つ事が出来るのは戦士だ、私に向かって一歩を進める者は強者だ。二歩進める者は英雄であり、三歩進み出たものは死を覚悟しなくてならない。
「坊や!」
次の瞬間。私は信じられないものを見た。
村の母親たちは私を取り囲み、この手から直に子供を受け取ったのだ。
さらに、私のルーン文字が赤黒く光る体に触れて、感謝の言葉を口にしたのだ。
「先生、先生!本当にありがとうございます」
振り返って男衆に声を掛けたのは村町の婦人だった。
「あんた!何ぼけっと突っ立ってんだい!はやく先生を家にお連れしなよ!ささ、先生!どうぞお越しください」
奥方衆がグイグイと私を引っ張る。わたしの呪術が効いていないのか?
「いつまでもそんな怖い感じは辞めてくださいよ!怖いったらありゃしませんよ!」
「私が怖いですか?」
「そりゃもう、こんなに怖いのは初めてですよ。でもね、先生が帰って来なかったら私らだけで森に入ろうと思ってたんです。子どもたちを助けてくれるなら悪魔だってかまやしないとも思ってましたよ。そしたらこうして子供たちが無事に帰ってきました。子供が一番で感謝が二番です。怖いなんて三番目ですよ」「だらしない旦那は四番目さ!」
アチラコチラから、アハハともガハハとも取れる笑い声が上がった。
*
翌日。
街から戦士たちが、野盗の死体を回収するためにやってきた。
彼らは行商人夫妻と村町の説明を受けて、村には否がないと理解してくれたようだ。
死体を馬車に積み早々に帰っていた。
「隊長。この野盗の頭は銀等級のタグですよね?」
「ああそうだな。こんな奴でも混沌との戦いとなれば貴重な戦力だったのになぁ」
「だったら、いったい誰が頭を倒したのでしょう?あの大きな体の先生だって言っていましたが、あの人は戦士じゃないでしょう?」
そう言う彼らの首にも、例外なく戦士のタグが架かっていた。
「戦う力があるのなら、その力を示すタグを身に着けなくてはならない。これは神が龍に与えた(ことわり)ですよ。だったらなぜあの人はタグをつけていないのでしょうか?」
別の戦士が可笑しそうに口を挟んだ。
「あの人、タグつけてましたよ?」
「ええ?等級は?」
「ドングリでした。ドングリ等級。タグを持っていない先生に子どもたちからプレゼントだそうですよ」
「いや、そんな事は無理だろう?序列の一位である龍の王が決めたことなんだぞ!たとえ子供のしたことであっても序列を謀れば呪われる。それが世界のことわりだ」
「だったらあの黒い先生は、龍の王より強いからタグが貰えなかったのでしょうね」
「それが黒い先生が言っていましたよ。先生も助けてもらったんですって」
「じゃぁ、そいつが世界一だ」
おしまい
息抜き短編です。
僕が書いた僕のための短編。