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ヘビイチゴ

 蛇は謁見の間で帝国の重鎮を見上げていた。

 蛇と言っても、あの細長い爬虫類ではない。この俺、蛇は50代半ばの醜い小男だ。

「あっしなんかを裁くのに、謁見の間とはちょいと仰々しいですな?」

 謁見の間は部屋の半分が階段状になっている。最上段には皇帝の玉座。しかし、皇帝を見たものはおらず四人の大公が国を統べていた。

 その最上段から一つ下がって二段目。四つの椅子は大公の為のものだ。その一つに巨漢の壮年男性が不機嫌そうに座っている。

 懐かしい顔だ。

「衛兵さんよ、罪人のあっしなんぞが英雄と名高い大公様に言葉をかけちゃ駄目なんじゃないのかい?」

 俺の両脇に立つ衛兵は何も言わずに、緊張した面持ちで真っ直ぐ正面を見据えていた。罪人である俺すら見てねぇ。

 いや、この謁見の間の誰もが緊張している。一段上がる毎に地位が高くなる謁見の間には、各段に軍や帝国の重鎮が並んでいる。しかし、緊張していないのは英雄と呼ばれる大公だけだ。まぁ、俺も緊張しちゃいないが。


 俺の後ろに立っていた女騎士が進み出て、俺の横に並んだ。俺の盗賊団を捉えた奴だ。

「こんな、小娘にとっ捕まるなんて、あっしも焼きが回ったもんでさぁ。ネチネチとセコい手で追い詰めてきやがった。お前の方がよっぽど蛇っぽいぜ」

 潰れた目鼻で女騎士にニヤリと笑いかけてやった。

「だとよ、エウリュアレ。良かったな」

 英雄公が女騎士に話しかけた、漸く俺以外が喋ったぜ。

「何だ小娘、お前エウリュアレってのか?蛇のバケモンの名じゃねえか、お似合いだぜ」

 女騎士は罵る俺を一瞥すると段を登り始めた。その横顔はどこか見覚えがあった。すげぇベッピンだが…...いや、小娘は20歳そこそこだ、こんな貴族の娘っ子に出会うような俺の人生じゃねぇ。

 女騎士が立ち止まったのは3段目、英雄のすぐ下の段だった。こりゃ大公の娘かもしれねぇ。

「エウリュアレ、よく蛇を捉えた。大したもんだぜ」

 不機嫌だった英雄も娘には甘いのか、少し表情が和らぐ。

「いえ、叔父様。蛇を捕縛できたのは偶然に過ぎません。10回追えば9回逃げられるでしょう」

 ん?なんだ英雄、お前の子じゃないのか?

「ははは、10回やればまた捕まえるとよ!蛇、お前ナメられてんじゃないか?」

「あっしは生意気な女が大嫌いでしてね。昔、手酷い目にあった女を思い出すのでさぁ」

 そういえば、この女騎士、あの女に似てやがる。

「さてと、時間がもったいない。俺はとっとと家族の団らんを楽しみてぇんだ。エウリュアレ、論功行賞を始めろ」

「あ?このあっしを捉えたんだ。そりゃ勲章の一つもくれてやるべきだろうさ。だが、功労者はこのお嬢ちゃんですぜ?お嬢ちゃんの手柄が何処ぞの誰かに行くってんなら、英雄さんよ?そりゃ道理が通らねぇ」

 そんな、俺の言いたい放題に待ったをかけたのは、他ならない女騎士だった。

「貴様が道理を語るな!今からの貴様の行いを白日の下に晒してやる、覚悟するがいい!」


「我が国の興りは英雄公の率いる傭兵団が始まりだった。お前も、そこに居たな?」

「さて、どうだったかな?昔のことは覚えてねぇ」

 とぼける俺に対して、はじめて衛兵が動いた。俺は生意気な罪人だ、槍で突くぐらいの事はするべきだろう。

「あ、上がれ」

 緊張を隠しきれない衛兵から意外な言葉が飛び出した。俺に段を上がれというのか?ワケもわからず俺は段を上がった。

「お前はそこで何をしていた?」

「あー、そうだな。ガラの悪い連中とやりたい放題だった気がするぜ」

「そうだ。貴様は傭兵団の中でも気性の荒い連中に慕われていたそうだな」

「慕っちゃいねぇだろ?強さが全ての傭兵団でこんな小男の言うことなんか誰も聞かねぇよ」

 一段上がったところから小娘を見上げていた俺の両脇にも衛兵がいる。先程までの新兵では無い。古強者の凄みを感じさせる良い兵士だ。

「上がれ」

 俺はまた段を一つ登らされた。


「証言がある。兵団で最も強いのは英雄公だが、一番恐ろしいのは蛇だったと」

「まぁ、血も涙もない悪人だからな俺は」

「ときに怒り猛る英雄公を鎮められる、唯一の存在だったともな」

「蛇は怒らせるとガチで怖え」

「英雄公の、いや。お前たちの傭兵団は弱小国家の集まりだったこの地で力をつけた。やがて、全ての小国で軍務を請け負う大傭兵団となった」

 なんだか雲行きが怪しい。嫌な予感がする。そんな俺の懸念の通りに脇に居た従騎士が声を掛けてきやがった。

「上がれ」


「この地で最強の組織となった傭兵団。団員が増えると共に組織だった動きが求められるようになった。交渉事も増えたが、それはキレイ事ばかりではなかったようだな」

「まぁ、もとが荒くれ者の集まりだからな」

「その荒くれ者を御したお前は、名実ともに傭兵団のナンバー2だった。そうだな副団長?」

「そんな大したもんじゃねーよ。呼び方だって兄貴だ親父だ叔父貴だってもんだ」

「俺は兄弟って呼んでたぜ」

 騎士が俺に言う。

「上がれ」


 今や同じ高さに立った俺を女騎士が俺を睨み付ける。

「ついに傭兵団は小国の王や領主に請われ、周辺国家に対抗しうる連合国の盟主となった。その名を王国正規軍と変え、軍規も定められた」

「ありゃ、堅苦しかったな。あっしには無理でしたぜ」

「お前は、正規軍に馴染めない者たちを集めて野に下った」

「山賊家業がお似合いってもんよ」

「お前の賊が襲うのは決まって、我が国の驚異になる他国の兵団だったな」

「この国の兵団も襲ったぞ」

「だが、一人たりとも死人は出していない。お前が襲う事で他国からの略奪は阻止され、自国の兵団は実戦経験を積んだ」

 女騎士はさらに俺を睨む。

「貴様のような奴をなんと言うか知っているか?」

「山賊の親分だろ?」

「お前を呼ぶのにもっとふさわしい言葉があるぞ、英...

「チョット待った!騎士様よ?あんたどっかで見たことがあると思っていたんだが、あいつだ」

 俺は醜い顔を女騎士に近づけて耳元で囁いた。

「あっしが昔、金で買った踊り子にそっくりだ」


「そりゃもう気の強い踊り子でしてね、金じゃ絶対に股を開かないと言われてたもんです。ですがね、目の眩むような大金を積んだらイチコロでしたぜ。しかし、良く似ている」

「当代一の踊り子と呼ばれたケトの事であれば、そう、私の母です」

「そうかそうか。ありゃいい女だった。しかし、ケトが子供をねぇ。見たところ、お貴族様のご令嬢だろう?」

「そうね。大公令嬢になるわね」

「そりゃ凄え、英雄公と同じ大公かよ。まぁ、あれほどの女だ不思議じゃねぇな。で、なんで軍属なんかしているんだ?」

「ちょっとした捜し物に都合が良かったのよ」

「なんだそりゃ?親父が大公なら誰かにやらせりゃいいだろう?親父は馬鹿なのか?」

「気が合うわね。私も父は大馬鹿だと思っているわ。それでも母には最愛の人だったのよ。恋焦がれて、やっと手に入れたそうよ」

「あの女がそこまで入れ込む男ねぇ。あの女、俺には宮殿が買えるほどの金銀財宝を要求しやがったのに。あいつに求められる男ってのはどんな野郎だ?」

「最高の男だそうです。陰湿にして高潔、孤高にしてお節介焼き。追いかけて来るような女には絶対に見向きもしない様な偏屈な男。突き放して、これっぽちも興味がないフリをして、無茶な要求で焚き付けて。さらには魔女から教わった懐妊薬を懐に忍ばせ、男の子種をようやく手に入れたそうです」

 冷や汗が止まらない。

「お前を絡め取り、捕まえた最初の女は私ではない。宮殿が買えるほどの養育費には感謝しているよ。おかげで学校に行けた。その点に関してはだけはな。しかし、私は国家を裏で支えた英雄よりも父親が欲しかったよ」

 俺の娘が俺に言った。

「さぁ、上がれ」 


「よう、兄弟」

 英雄公の挨拶はあの頃と何も変わっていなかった。

「まぁ座れ。お前の席だ」

「よう......こりゃいった何の冗談だ?兄弟」

「別に冗談でも何でもないぞ。俺がよ、帝国の大公になったときに姉貴に聞かれたんだよ『貴族位を定めるから兄弟はいるか?』ってよ」

 そういえば、この兄弟分が底抜けの馬鹿だったと思い出した。

「俺の兄弟分といえば、そりゃ決まってんだろ?」

「そりゃ血縁者って意味だよ馬鹿野郎!」

「あんだとゴラ!俺達の盃が血に劣るとでも言うのか?ぶっ殺すぞ!?」

「ああ!?上等だやってみろ筋肉ダルマ!」

「叔父上、そしてクソ親父様。じゃれ合うのはその辺までにしてください。論功行賞の途中です」

「おう、そうだった。とっと終わらせて呑み明かそうぜ?お前には言いたいことが山ほどある」

 英雄公が俺の娘に上段に上がることを許した。正対した娘が真っ直ぐに俺を見つめる。

「蛇こと帝国大公ルキュス。20余年にわたる防衛及び正規軍への教導任務を讃えます」

「あっしはまた直ぐに逃げやすぜ?」

「構いません。ただし、夕飯は家で食べてください」

「娘と食事なんざ恥ずかしくて食えるかよ」

「いえ、貴方は逃げられないわ、だって母が手料理を用意して待っているもの。どこに行っても私が迎えにゆくわ」

 なるほど、この母娘から逃げるのは無理そうだ。

 

おわり

渋いモブって主役より魅力的だと思う

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