悪役令嬢ではないけど婚約破棄されました ~王子が王女になったってどういうことですか?~
「君とは……婚約破棄をさせてもらう」
開口一番。何故か夜中の、しかも裏口から侵入するように私の屋敷を訪れたこの国の王子――アクレス・ティールスがそんなことを口にした。
ローブに身を包んで、その素顔まで窺うことはできない。
しかし、どう見ても様子がおかしい。今、私は婚約破棄を言い渡されているわけだけれど、どうしてこんなに静かに、しかも目立たない場所でやっているのだろう。
それこそ、破棄をするならば大勢のいる場所で宣言する方が、証人となる者も多い。
仮に内密にするにしても、私のところだけを訪れてするのはあまりにおかしいだろう。
あと、物凄く気になることがある。
「アクレス様、一つだけ聞いてもよろしいでしょうか?」
「……いいだろう。だが、破棄の理由は聞かないでほしい。突然、婚約破棄などと言われて理由が気になるのかもしれないが」
よりにもよってそれを聞くなと言うのか……けれど、私が気になっているのはそこではない。
婚約破棄など、確かに驚くべきことだろう。
私は騎士公爵家の令嬢――これはすなわち、幼い頃から決められていた婚約。
アクレス・ティールスと、私――エリスティア・ハーヴェルの婚約は誰も疑わないものだったろう。
何故なら、私達は決して仲の悪い関係にはなかったのだから。
だから、それよりも気になっていることが私にはあるのだ。
「その、婚約破棄の理由についてはまたいずれ。一先ず気になっていることは――どうしてそんなにテンションが低いのに、声音はそんなに高いんです? まるで女の子みたいですけれど」
「……っ!」
ビクリ、とアクレスの身体が震える。
まるで聞かれたくなかったことを聞かれた――そんな反応だった。
ちらりと周囲を窺いながら、アクレスは小さくため息を吐く。
「……それは、僕が君に婚約破棄を言い渡す理由を話すのと同じだ」
「声が高くなったことが、ですか? まさか『女の子になった』から婚約破棄する、なんて言わないですよね。そんな御伽噺みたいな――」
「そうだ」
「……ん?」
私の言葉を遮って、アクレスがはっきりと答える。
けれど、私は思わず聞き返してしまった。
そのあと、私の視界には信じられないものが映る。
そこにいるのは、確かに私の知るアクレスに似ている子であった。
彼は中性的な顔立ちをして、美しい金髪に翡翠色の瞳をしている。
その特徴と全く同じで、けれど髪は長く、明らかに可愛らしい顔立ちをしている。
彼の妹であると言われたら納得してしまうが、彼にいるのは弟が一人だけだ。
「えっと、どういうことですか?」
「見ての通りだ。ほんの数日前のことで、まだ近しい者しか知らないことだが……私は、目が覚めたら『少女』の姿になっていた」
「……えっと、ごめんなさい。ちょっと理解が追い付かなくて。朝起きたら女の子になっていたんです?」
「まあ、おかしな話と言われたら、そうだな。しかし、『性別が変わる呪い』というのは存在するらしい。僕も見るのは初めてだ。何とか解呪をしようとしたが、上手くいかなくて。父上と母上も、すでにこのことは承知だ――だが、民に第一王子が王女になりました、なんて言えるわけもないだろう。だから……僕は第一王子としての座を退いて、弟に立場を譲ることになったんだ」
「……それで、アクレス様が直接、私に話を?」
「やはり、こういうことは直接、僕が伝えるべきだと思ってね。僕と君は、婚約者の間柄だったわけだし……」
可憐な少女の姿でそんなことを言われ、私は何か変な気分だった。
今は同性同士――それなのに、女の子と婚約していたような。
今の彼……もとい、彼女が本物であることは、長く付き合ってきた私だからこそ分かる。
だから、私は一先ず言わなければならないことがあった。
「婚約破棄は致しません」
「……なんだって?」
「アクレス様が女の子になった……だから、なんです? それくらいで、あなたは王の座を諦めて、私との関係を断つつもりですか?」
「それくらいって……も、元に戻る方法は探すつもりだ」
「でしたら、私も協力致しましょう」
「協力だって? それでは、君に迷惑がかかってしまう。元に戻れなかったら――」
「迷惑がなんです。元に戻れなかったらなんです? 私は、そんな理由で婚約破棄をされる方がムカつきます。あなたは、私と一緒になりたくはないのですか?」
「……っ。なりたくないわけないだろう。僕は、君と一緒にいて楽しかった。だから、これからだってずっと一緒にいたい。でも――」
「『でもでもだって』はいりませんっ!」
アクレスの肩をつかみ、そのまま壁の方まで追いやる。
ビクッと驚いた表情で、アクレスが私の顔を見た。……身長も以前に比べると縮んでしまっているのか、私の方が高くて、壁についた手はちょうど彼の顔の横に位置する。
「元に戻る方法は一緒に探しましょう。それまでは、私が協力してあなたが『女の子』になった事実を隠します」
「そ、そんなことできるのか?」
「できるかどうかではなく、やるのです。元に戻る方法を探して、それでも戻れないのならば――諦めて、今のまま結婚しましょう」
「……っ!」
私はどんな宣言をしているのだろう。
しかし、私の気持ちは本物だ。
……そして、アクレスの頬は紅潮していた。乙女か――いや、今は乙女なんだろうけど。
「……はい」
「敬語はやめてください。違和感があります」
「っ、あ、ああ、すまない。えっと、その……よろしく、頼む」
こうして、王子から王女になったアクレスを元に戻す方法を探すために、私と『彼女』の新たな生活が始まることになった。
元に戻れなければ、アクレスは王子にはなれないだろう。
けれど、それならそれで……そのまま結婚する。
それが、私がアクレスを愛しているという証明になるからだ。
朝目覚めたら王子が王女になっていたらしく、婚約破棄を言い渡されたけど男だろうが女だろうが関係ない、元に戻れなかったらそのまま結婚するぞ!っていう男勝りな令嬢を書きたかったんです。
たぶん戻れなくても戻っても二人はきっと結婚して幸せなキスをすると思います。




