海の歌
魔の島を出てから一日経った。
航海士の測定によると、あと四日ほどで港に着くらしい。
普通なら二週間はかかる所、そんな短い日数で済むのはオルカ達とリーヴァが船を引いているからだ。
特にリーヴァの『魔法の水膜』のおかげで、風に影響を受けずに真っ直ぐ進めるのが大きいらしい。
改めてドラゴン種は規格外だと思わされたよ。
「リーヴァが仲間になって良かったねお父さん」
「ああ、本当だな。これが冒険者に憧れていた若い頃なら、ドラゴンテイマーになったぞ、すごいだろっ! とかはしゃいでいたんだろうがなぁ」
「実際、ウードさんは凄いと思うけどなぁ。なんせ、神話に出てくる神獣様を三体も従えているし」
「そうですわね。色々ありすぎて麻痺していましたけど、ヘルメスもフェーンもリーヴァも神獣なんですよね……。愛嬌がありすぎて、未だに実感が湧きませんわ」
そんな神獣の一体のフェーンは、マリアに撫でられて気持ちよさそうに寝ている。
そのふわふわな毛並みを楽しみつつ、笑みをこぼすマリア。
俺ら以外、まさかこの大きな狼が神獣のとは思ってもいない。
もちろん、本当の狼であるエースの二倍以上ある巨体なので魔獣だと思っているみたいだけどね。
一応、俺の肩書きは『ビーストテイマー』だし。
『ふむ、そろそろ大陸が肉眼でも見えるぞ?』
「おおっ、本当だ!」
水平線の向こう側にうっすらと大陸らしきものが見えてきた。
海っていうのは不思議だよな。
大海原に出てしまえば海しか無いように見えるのに、進んでいくと大陸があるだなんて。
こんなにワクワクしたのはいつ以来だろうか?
「お父さんっ、陸が海から出てきたよ!?」
「おお、そうだなっ!」
すっこり成長して大人びてしまったと思っていたが、まだまだ子供だな。
確かに海から陸が出てきたように見えるが、違って事は分かっているだろうに。
でも、ここまで来れて良かった。
こんな楽しそうなクレスを見れたのだから。
「ウードさん、あれはなんだろ?」
「なんだレイラ、何か見つけたか?」
どれどれと望遠鏡を使ってレイラが指をさす方を見る。
するとそこに白い何かが見えた。
「うーん、オルカに似ているけど、あいつらは白と黒の模様だし……、大きさもふた回りくらい小さいな。見た事無いけど、なんだろうな?」
「おー、あんたら運がいいな。あれは見たものに幸運を授けると言われている白イルカだ」
「イルカ?やっぱオルカじゃないのか」
「似ているが違う。彼らはオルカと違って温厚で人懐っこい。それに可愛い声で鳴くんだぜ?」
船乗りの一人が丁寧に教えてくれた。
イルカはあちこちの海にいるが、白いイルカは珍しいみたいだ。白イルカを見れたら、その航海は無事に目的地にたどり着くという迷信があるらしい。
更にその鳴き声が聞けた場合は、その日何か良いことがあるんだとか。
「素敵な話だね」
「ああ、そうだな。しかしそんな縁起のいいものが見れたのは、きっとクレスの日頃の行いがいいからだよ」
「えへへ。そうだといいなぁ」
その時、一際大きな白イルカが海の中から現れた。
「うおっ?! あれはイルカなのか?!」
「マリア! ねぇっ、あれはなんだ?」
「あれはまさか……。クジラ!?」
「なにクジラって。マリアはあれが何か知ってるのかい?」
「ええ、クジラっていうのは海に棲む巨大な海獣なのよ。こんな陸が見えるほどの沖には来ないはずなのに…」
大きなイルカと思ったそれは、クジラの鼻先部分だったらしい。
みるみる現れるその巨体は、大きな水しぶきをあげつつ姿を表す。
というか、船より大きくないか!?
「おい、コイツは海の主だぞ!?」
一人の船員がそう声をあげると、船の上にざわめきが広がる。
しかし、あまりの巨体にどうする事も出来ず全員呆然と見上げるだけだ。
海の主と言われるその巨大な海獣は、姿を全てさらけ出すと不思議な鳴き声をあげた。
オオオーーーンッ……。
オオオオーーーーーン……。
「お父さん、まるで歌っているようだね」
「ああ、なぜか不思議と怖さを感じないな」
するとオルカ達も、それに合わせるかのようにギューイッと鳴き始めた。
先程の白イルカ達も海の主の周りを泳ぎ、キュイキュイ鳴いている。
「すごい光景ね。まるでおとぎ話のようだわ」
「あはは、マリアは本当に物語が好きなんだね。でも、この光景は私も感動するよ」
マリアとレイラも、その幻想的な光景を頬を紅潮させて眺めている。
そんな輪の中に、もう一体が降りてきた。
「ん、リーヴァ!?」
「ふふ、マスター安心していいわよ。この子は古い知り合いなのよ」
リーヴァが海に着水すると、海の主はその巨大な顔をじゃれるように擦り寄せた。
まるで母に甘える子供のようだ。
リーヴァですら小さく見えるほど巨体なので、一瞬食べられるんじゃないかと心配したけどな。
「とても久しぶりね、オリバー。まだ子供だったのにこんなに逞しくなって……」
リーヴァも、そのオリバーなる海獣をヒレのような前足で撫でている。
「海の主が知り合いなのか?」
「ええ、そうよ。この子は海神ティアマトに仕えし神獣ケイトスの子供よ。本来ならこの子も神獣になるはずだったのだけどね……」
「なんでなれないんだ?」
「それはね、マスター……。神獣というのはね、神に仕えし獣を言うのよ。その神様達が既にいないから、もう神獣になる事が出来ないのよ」
「は~、そういうもんなのか。で、神様はどこに行ったんだ?」
そう聞くと、リーヴァは上を向き言った。
「空よ」
思わず俺も空を見上げた。
今日は快晴。
空には雲ひとつなく、青空が広がる。
あんな何も無い所にいるっていうのか?
「何もないぞ?」
「ふふ、人間には見ないのよ。そして、誰も神様たちがいる場所へは辿り着けない……」
寂しそうに空を見上げるリーヴァ。
そして、その思いに釣られたのか巨大クジラのオリバーもオオーンッ…… と鳴き声を上げるのだった。
ひとしきりリーヴァと触れ合ったあと、オリバーは静かに海に沈んでいった。
沈んだあとも、船の周りには付き添うかのように白イルカ達が船の周りを泳いでいる。
彼等は俺達が大陸に近づくまで見送ってくれた。
その間、どこからともなくずっと歌が聞こえてくるのだった。
「結局のところ、あのオリバーはなんの為にやって来たんだ?」
「私が封印から解かれて、島から出てきたからお祝いの挨拶しに来たのよ」
「へー、オリバーの方が偉そうなのにな」
「もうマスターったら、失礼しちゃうわね。これでも私の方が序列が上なのよ?」
「序列ってなんだ?」
そして、俺は初めて神獣について詳しく話を聞くことになったのだ。




