表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

甘くない呪い~今日は何の日短編集・3月12日~

作者: 白兎 扇一

今日は何の日短編集

→今日は何の日か調べて、短編小説を書く白兎扇一の企画。同人絵・同人小説大歓迎。


3月12日→スイーツの日


スイーツのお取寄せサイト「スーパースイーツ」が2008年に制定。

「ス(3=スリー)イ(1)ーツ(2)」の語呂合せ。


参照サイト

http://www.nnh.to/03/12.html

嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり。

─森鴎外/日本の作家


ずっと黙っていたが、私はスイーツが嫌いだ。

「鹿子はほっそいねー」と言われるが、それは全て甘いもの嫌いにあるのだ。

マカロンが嫌いだ。羊羹が嫌いだ。ブッシュ・ド・ノエルが嫌いだ。自分の名前の元にもなっている鹿の子も嫌いだ。

特に、特に─ガレット・デ・ロワが嫌いだ。

ガレット・デ・ロワ。パイの中にフェーヴという人形を入れておき、それを引いたものは幸せになれるという王様ゲーム的なお菓子だ。これが嫌いなのには、いささか事情がある。まぁ、暇な女の独り言だから気になった人だけ付いて来て欲しい。



私がこのお菓子を知ったのは高校に入ってからだった。フランス人の一家が近所に引っ越してきたのだ。その家庭には見るからに豪傑なフランス人のお父さんと、大和撫子というべき日本人のお母さんと、マドレーヌという一人娘がいた。細い金髪で長身の、いかにもモデルにスカウトされそうな女性だった。非常に大人っぽく見えたが、聞けば私と同い年だというから、まぁ驚きである。

「高校入学するまでに時間あるんでしょ?うちに遊びに来ない?」

会って初日に、彼女からそう持ちかけられた。あまり話さないクールなタイプだと思っていたから驚きだった。

「いいの?」

「いいのよ。私達、友達でしょ?」

彼女は屈託のない笑みを見せた。どうせなら、と思った私は親友の羊子と桃子を誘って、屋敷のごとき彼女の家へと上がった。家の中は本当に西洋のお屋敷といった感じだった。

私達は台所に案内された。真ん中には白い布がかけられた長いテーブルがあり、私達はそこに座らされた。

「お待たせ。ガレット・デ・ロワの完成よ」

しばらくして、彼女は細く白い指で私達の前に皿を置いた。皿の上には切り分けられたパイが置いてある。ガレット・デ・ロワって何?って聞いた私達に、私がさっき書いたような説明をした。しかし、彼女はまだ続けた。

「普通だったら人形は一つだけ入れるんだけど、うちの家は二つ入れるの。こういうのをね」

彼女は私達の前に小さな陶器の人形を二つ置いた。片方は王冠を被って赤いマントを羽織った笑顔の男性。もう片方は茶色い継ぎ接ぎだらけの布を羽織った涙目の男性だった。

「名付けて、王様人形と奴隷人形。王様人形を見つけた人は幸せになる。だけど、奴隷人形を見つけた人は不幸になるの」

「なんかそういうのネット小説で見た。雛壇をしまい忘れた女性は通説通り不幸になって─っていう雛壇を巡る女三人のドロドロ小説」

「ぶ、不気味なこと言わないでよ羊子」

「その物語はひな祭りに更新されてたから尚更怖いよねー」

「羊子!余計なこと言わないの!」

桃子は私の分まで叱ってくれた。へいへーい、と軽く流す羊子に、桃子は頭を抱えた。いつもの光景だ。

「それじゃあ、始めましょうか」

「本当にやるの?」

「やらないの?」

マドレーヌは私に笑いかける。口元は上がっているが、青色の目は笑っていない。異常な不気味さを感じて、背筋に震えが走った。

「羊子と桃子はやるの?」

「どうせだしやろうよ」

「そうよ。せっかく出してくれたのに失礼よ」

二人は早くもフォークを手に握っている。

「わかった、やりましょう」

「いただきまーす!」

羊子は男の子のようにガツガツと、桃子は貴族のように丁寧に食べ始めた。私もフォークを持つ。人形が入ってそうな真ん中あたりに差し込む。何かにあたる感触はない。人形が入っていないものなのかもしれない。ふうっと息を吐く。

「あ、あったー!」

羊子は手を突然上げた。その手には王様人形があった。

「すごいじゃん!羊子!」

「へへー、運は良いからね!桃子は?」

桃子は黙りこくっていた。何かが皿の端に寄せてある。奴隷人形だった。

「……嫌なの当たっちゃった」

「で、でもこういうのってさ!ほら!あくまで言い伝えだし!」

「そうよ。当たるも八卦当たらぬも八卦って言うでしょ?」

「……どうだかね」

私の後ろにいるマドレーヌがそんな言葉を発した。小鳥のさえずりのような可愛らしい声ではなく、地下の水道管から響くような低い声で。羊子も桃子も彼女の声に気づいていなかった。私はまた背中に寒気を感じた。


「それじゃあみんな。次は大学入ってから、またおいでね」



「お待たせ。ガレット・デ・ロワの完成よ」

彼女は細く白い指で私達の前に皿を置いた。皿の上には切り分けられたパイが置いてある。三年前とまったく同じように。

「いただきまーす」

私達はフォークを差し込む。一欠片を口に入れる。ザクザクとしていて美味しい。

「よかったね。羊子。大学受かって」

「うん!E判定だったのに受かったよーー!」

「桃子は?どこ行くの?」

「私は……女子大の方が安心だから女子大行く」

あぁ、落ちたんだな。ぼかした言葉の裏にある本質を私達二人は素早く見抜いた。私は羊子を見る。羊子の口元が醜く上がった。まるで人の不幸を喜ぶように。

私は念のため、真ん中に切れ込みを入れる。何もあたる気配はない。今回も、何も入っていないようだ。

「あ、あった」

声を上げたのは桃子だった。白い皿の上に、王様人形が乗っていた。

「今度は当たったね!」

「うん。よかった」

「あ」

羊子は小さな声を上げた。私達二人は彼女の皿を覗き込む。食べかすがところどころついた奴隷人形があった。

「あ、当たるも八卦当たらぬも八卦だよ!」

「でも前私が王様人形引いたら受験に勝てたよね」

「たまたまだって!偶然だって!」

そうよね。羊子は肩を撫で下ろした。

「……まだ信じないんだ」

私の後ろにいるマドレーヌがそんな言葉を発した。あの時と同じ、低い声で。

「どうしてそういうこと言うの?」

「はーいみんな。次は卒業してからまたおいでね」

私の質問を聞こえていなかったかのように、マドレーヌは大きな声で打ち消した。聞こえていなかったのか?私は一瞬そう思った。マドレーヌは私を青い目で見下ろしているのを見て、少し前に浮かんだ推測が幻想だと理解した。



「あ、そうだ二人に渡したいものがあるの」

四年後。ガレット・デ・ロワが出来る前に、桃子は私達の前に一枚の便箋を置いた。中身を開けると、結婚式のお知らせと書いてあった。

「彼氏とね、結婚するの。そして、主婦になるの」

「おめでとーー!」

「ありがとーー!で、羊子は?どんな感じ?」

「あ、私は……まだだな。彼氏もいないし」

彼氏いないんだ。それが分かった途端、桃子の口元が上がった。四年前の羊子とあまりによく似ている、実に醜い笑みだった。

「マドレーヌー!ちょっとリビングに来てくれー!」

男の声が響いた。きっとこの家のお父さんだろう。

「ちょっと行ってくるね」

「私も行く。聞きたいことあるし」

聞きたいことあるし。そう言った瞬間、マドレーヌは表情を失った。長い髪をたなびかせる彼女の背中を私は追った。

「ねぇ、ガレット・デ・ロワの人形の力ってただの言い伝えなのよね?」

「そうに決まってるじゃない」

「でも言い伝えにしてはやけに現実と一致してない?」

「気のせいでしょ」

「嘘吐かないで!なんかあるでしょ!」

「マドレーヌ?どうした?」

お父さんらしき声が再び響いた。近くにあったドアからマドレーヌのお父さんが出てきた。かつて─7年前見た姿と全く同じ姿だった。白髪も生えないし、シワも増えていない。

「……なんで七年前と同じ姿なの?普通老けるはず─」

「バレちゃしょうがないか」

マドレーヌは手を叩いた。紫の煙が出てきて、お父さんの姿が消えた。

「どういうこと?」

「もうここまで来ちゃったんだから話すわ。私は魔女なの。父親も母親はアタシの分身」

マドレーヌは近くにあった机に座り、細い足を組んだ。

「三百年前にね、魔女になる呪いをかけられたんだ。神様が面倒な奴でさ、その呪いを解くには一つだけ方法があるんだ」

「何をすればいいの?」

「ガレット・デ・ロワに幸せになる王様人形と不幸になる奴隷人形を入れて、女の子三人組に食べさせて引かせた上で、全員を幸せにすること」

は?私は思わずその声を漏らした。すると、彼女はくっくっくっと腹を抱え笑い出した。

「まったく無茶なこと言うと思ったよな。やっぱそうだよな。不幸になる奴隷人形を入れたら幸せになれるはずないじゃん。あいつ、解く気ないんだよ。私は許される身じゃないんだよ」

彼女は金髪を耳にかけ、そっぽを向く。窓からさわやかな風が吹く。彼女の金髪が揺れた。

「じゃあ、なんでガレット・デ・ロワを作ってるの?あれ、何度も食べたけど美味しかったよ。一回や二回作ったわけじゃないよね。きっと何十回も作ってるよね」

「うるさい」

「ひょっとしたら、みんな幸せにできると思ったんじゃない?初めから無理だと思っているならこんなことしないでしょ?」

「うるさいうるさいうるさい!」

彼女は突然机を叩いて、ナイフを取り出した。赤い金属でできていて、端には何やらよく分からない言語が書かれたナイフだ。

「お前に何が分かるんだ!何度やっても、どんな手を試しても、人間達はお互いを憎しみ合う!表面で羨んで嫉妬して蹴落そうとする!その度にまた駄目だった、もう駄目だったと苦しむ私の気持ちが分かるか!?人間を嫌いになっていく私の気持ちが分かるのか!?」

彼女はナイフを私の首元に突きつけた。その青い目には涙がたまり、口元は悔しさで醜く歪んでいるようだった。

「そんなに苦しいんなら、一緒に考えようよ。二人で考えれば何かいい案が出てくるかもしれないよ?」

「どうしてそこまでするんだ」

「友達、だからだよ」

「お人好しが。だからお前には王様人形が来ないんだ」

だが、よろしく頼むぞ。マドレーヌはナイフをしまって、握った右手を私の前に出した。私も右手を握って、拳を軽くぶつけた。一瞬だけだったが、確かな温かさを感じた。



「いよいよ今日だね」

私は緑のドレスを身につける。マドレーヌは首を縦に振った。

そこから私は七年前に奴隷人形を引いた桃子には新たなスキルを、4年前に奴隷人形を引いた羊子には婚活を勧めた。二人は一度かかった不幸は退けられないと言っていたが、私とマドレーヌは断固首を横に振って二人と努力した。

そこから二年後だ。桃子はプログラマーとして多くの収入を得るようになった。そして、羊子は良い人と無事に結婚した。今日がその結婚式というわけだ。

「いやー、良かった。これで不幸は払いのけられたのね!」

「……悪いが、先に向かっといてくれないか?私も後で行くから」

「えー、魔女なのに教会行っていいのー?」

「馬鹿め!三百年生きているんだぞ!?私は十字架ごときでへばるような魔女じゃないさ!」

マドレーヌは魔女らしい高らかな笑いを見せた。放たれたセリフはやけに早口だった。

「ねぇ、今日マドレーヌなんか変じゃない?」

「おかしいわけないだろう!さっさと行け!」

マドレーヌは犬でも追い払うように手を振った。私はハイヒールを履いて、式場に向かった。ドアが閉じる瞬間に見えた彼女の姿が薄れたような気がした。



「ねぇ、鹿子大変なの!」

教会の前に来た時、羊子から電話がきた。声からしてかなり焦っているようだった。

「ウェディングドレスが切り裂かれてるの!」

私は急いで教会内に入った。羊子の待機室を受付嬢に聞き、その部屋のドアを開けた。ドアを開けると、白い布が舞っていた。奥には切り裂かれたドレスとそれにすがりついて泣く羊子がいた。

「どうしたのこれ!」

「分からない。部屋入ったらこうなってて……やっぱり私は不幸なんだ!奴隷人形の呪いは抜けられてないんだ!」

羊子の号哭が響く。人生のめでたい部屋でこんなに泣いた花嫁は初めてだろう。私はドレスを持つ。その下に、ナイフがあった。赤い金属で作られ、端には何やらよく分からない言語が彫られている─マドレーヌの物だった。

私は急いで教会を出た。

「マドレーヌ!マドレーヌ!」

「ここにいるさ」

上から彼女の声が降ってきた。見上げると、教会の三角屋根に彼女は座っている。

「どうしてあんなことしたの!」

「分かんないんだよ!」

彼女は耳を塞いで叫んだ。はぁはぁと息を整えて、話をする。

「私はね、呪いをかけられる前は人間だったんだよ。元々私は宮廷の針子やっててね。村に一緒にいた仲良しの友達二人と一緒に働いてた。でも、彼女達は私を押しのけて主人と関係を結んで幸せな暮らしをしようとした。私はそれが許せず、周りに告発しようとした。その子達を止めるためにね。

そこからすぐ、私は冤罪で牢に入れられた。二人は私の動きが邪魔だと思ったんだろうね。そこでようやく思った。友人なんてものはなかったんだ、と。

何年か経って牢から出た私は主人と関係を結んで、貴婦人となった。そして、二人を処刑した。やり返したんだ。こう思ってたよ。ザマアミロって!高らかに笑ったその夜、魔女になる呪いをかけられた。魔女になったら永遠の命を強制的に保持することになる。もう友人なんて出来ない。百年経てば、知っている人もいない。孤独だ。この孤独から救われようと呪いを解こうとした。それが願いだった。

だけど、私はそれが本当の願いじゃなかった。友人が、一緒に笑えていたあの時が欲しかったんだ!それがようやく手に入った!だから、失いたくないんだよ!鹿子と離れたくないんだ!どうしたらいいのか、分からないんだよ……三百年も生きてたのに!」

彼女の叫びは青空に響き渡った。彼女は頭を屋根に叩きつけた。振り上げる時、涙が白玉のように散っていた。

「私だって、どうしていいか分からない。でも、一つだけわかる」

じりっと彼女の方に一歩踏み出す。見つめる彼女に、告げる。

「離れても私達は友達だってこと」

「本当か?」

「本当だよ」

「忘れるんだろ?」

「忘れないよ。死ぬまでは」

私は屋根の上のマドレーヌを見つめる。マドレーヌは金髪を耳にかけ、姿を消した。そして、すぐに私の目の前に降りてきた。彼女はどこからか杖を取り出し、何かを詠唱した。その瞬間、電話がかかってきた。羊子からだった。

「ウェディングドレスが突然元に戻ったの!」

羊子の明るい声が響く。マドレーヌは私に抱きついた。マドレーヌの体は発光し、その光は徐々に眩しくなっていった。

「じゃあね」

マドレーヌは私の耳につぶやく。彼女の手を握ろうとするも、そこには感触がなかった。まばたきの後、彼女は姿を消していた。私は声にならないほど泣いた。結婚式だと知らせる人が来るまで。



その後、結婚式に出たけれども(羊子には悪いが)どういう式だったかすら覚えていない。

マドレーヌ邸は嘘のように消えていた。まるで、狐に化かされたみたいだとみんな語っていた。魔女のせいとは口が裂けても言えなかった。

今も、私達三人の絆は保たれている。みんなそれぞれ平和で幸せな毎日を過ごしている。

だけど、甘いものを食べると─特にガレット・デ・ロワを見ると心の底から苦しさが込み上げてくるのだ。

(呪いが解けることって幸せなのかな)

今日も友人の屈託のない笑みが、別れる時の泣き顔が脳裏に浮かんで離れそうにない。

ご閲覧ありがとうございました。

今回はスイーツの日ですが、甘くないお話に仕上げました。(正確にいうならメリーバッドエンドかな)

キャラ名の由来ですが、鹿子は鹿の子、羊子は羊羹、桃子は桃山というお菓子から来ています。マドレーヌはマドレーヌです。どれも美味しいですよね。


では、また明日。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ