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プルウィス

『6月7日。今日も図書委員の活動中神谷さんと話をした。恋をしたといっても告白する勇気なんて僕にはない。ましてや相手はあの学年一の人気者神谷さんだ。だけど僕はそれでいいと思ってる。叶うはずもない恋を夢見て玉砕するよりも、こうして友達として、彼女とずっと話していたい。今日彼女と話していて強くそう思った。だけど、この想いを一人で閉じ込めておくのは辛かったから、勝太郎とそれから凛花には僕の神谷さんへの想いを伝えた。余談だけど、勝太郎は既に彼女がいるらしい。まあ男前で人当たりもいい勝太郎だから当然か。そんな彼は経験者として、親身に僕の話を聞いてくれた。凛花は…あまりこの手の話題には乗り気ではないみたい。「そっか、頑張れ」とあっさりと言ったっきり、それ以上は取り合ってくれなかった』


闘技場

それは古くから、剣士同士の闘いが行われる場所。

普通に生きていれば、まずその地に足を踏み入れることはないだろう。

その闘技場のど真ん中に、今僕は立っている。もちろん僕は剣士などではない。

僕に対峙し、目の前で闘志の炎を燃やしながら剣を構えるこの彼女に連れてこられなければ、こんな場所来ようとすら思わなかっただろう。

「だからアリサ、僕は剣なんて握ったことすらないんだけど…」

アリサに手渡され、僕はおそらく生まれて初めて剣というものを握る。

「大丈夫。その剣は練習用で、実際に人は切れないから」

「そういう問題じゃないって…」

見れば分かるが、確かに剣自体は鉄ではなく硬いゴムのようなもので出来ているため、例え刺されたとしても死にはしないだろう。死にはしないが…この剣かなりの硬さだ、どう見ても当たれば痛い。

「勝負は一本勝負ね」

ハア…もう彼女を止めることは出来ないだろう。

「分かったよ」

仕方なく僕は見よう見まねで剣を腰に構える。

アリサと僕。両者向かい合わせに立ち、互いの目を見つめ合う。

この場には僕とアリサ、遠くで様子を見守るリンカそして審判役として僕とリンカのそばに立つマルコの4人しかいない。僕達が黙ると場は静寂につつまれた。

「じゃあいい二人とも?」

マルコの確認にアリサは静かに小さくうなづく。そんな彼女に僕も仕方なく従う。

アリサはもう先程までの可愛らしい彼女では無くなっていた。

まるで僕を斬り殺さんとする殺気立った表情。それは、この闘いが仲間うちで行われている一練習試合である事など忘れさせる程のものであった。

僕は彼女に狩られるゴブリンだ。そうとまで錯覚させられた次の瞬間…

「試合開始!」

審判マルコが高らかな声で試合開始を宣言した。

…と同時に目の前にいたはずのアリサが僕の視界からスッと消える。

「えっ…」

試合開始の合図から約1秒。

僕の視界から消えた彼女は、そのたった1秒の隙に、僕との間にあった5m程の距離を詰め、すかさず腰元に携えた剣を抜き取り僕の胸元へと振りかざす。

…ああダメだ当たる

おぞましいスピードで胸元に向かってくる剣先を見てそう直感した。

痛いだろうなあ…

これからおとずれるであろう、痛みの恐怖が僕の頭の中を駆け巡る。

いやだめだ。あんなのまともに当たったらいくら練習用の剣だといっても絶対やばいことになる…

こうなったら最後の足掻きだ。

僕は間に合わないだろうとは思いながら、僕の腰元に携えた剣に手を添える。

そしてそのまま、それを今にも僕の胸元に到達しそうな彼女の剣へと思いっきり振り抜いた。


ゴォォン!!


覚悟していた痛みがやってこない。

代わりにゴムとゴムがぶつかったような鈍い音が辺りに響き渡った。

「あっあれ?」

向かってくる剣に恐怖を感じて目を瞑りながら剣を振るったのだが、予想外の事態に、閉じていた目を開けて状況を確認する。

僕の目に映ったのは、自身の渾身の一太刀を弾き飛ばされ仰け反る形になったアリサの姿だった。

「ふふっそうこなくっちゃ」

アリサは不敵に微笑みながら、すぐさま体勢を立て直し、一旦僕との距離を取る。

僕はあのアリサの攻撃をしのいだのか?

自分でもよく分からない。が、先程剣を振った時に僕は気付いた。身体が異常に軽い。

実は昨日も少しだけ違和感があるのは感じていた。アリサを追ってゴブリンの巣まで向かった時だ。あれだけの時間走ったのに息切れも全くしなかったし、足はとても軽かった。

「うぉぉぉぉぉ!!」

今の僕ならやれるかもしれない。

まるで翼を得たかのように軽くなった僕の身体は、目の前で不敵に微笑むエリート兵士とも対等に戦えるかもしれない、そんな自信を僕に与えた。

気合いの声を発しながら、僕は間をとったアリサへとものすごい勢いで突進する。


ゴォォン!!


二人の剣がぶつかり合い、再び鈍い音が辺りに響き渡る。

そのまま二人は鍔迫り合いの状態となった。

「…くっ!」

「へえこれが最高階位の力か…」

お互いの力で、剣は小刻みに震えている。

「でも、型がなってない。闇雲に振り回してるだけだね」

突然剣が軽くなった。アリサが己の剣を引き、僕の剣は空を切る。

それによって生まれた小さな隙を彼女は見逃さなかった。

「ここだぁ!!」

「がはっ」

放たれた彼女の剣は僕の横腹を直撃した。

あまりの勢いに、僕はそのまま5m程吹き飛ばされる。

「勝負あり!勝者アリサ!」

マルコが試合の終了を告げた。と同時にすぐに地面に転がる僕の元へと駆け寄る。

「大丈夫か?」

…大丈夫なもんか。横腹はズキズキ痛むし、腕も痛い。

でもそんな事はどうでもいい。

どうでも良いと思える程、先程感じた身体の軽さの心地よさが忘れられなかった。

「アリサ、これはいったい…」

試合による額の汗を拭いながらこちらに向かうアリサに、僕は先程の身体の軽さの正体を訪ねる。

「それが最高階位の力だよ」

「…どういうこと?」

未だに地面に寝転がる僕に向けて彼女は手を差し伸べながら、階位というものを説明し始めた。


アリサが言うには、「階位」とは管理者イヴの力を受け取る事が出来る権限を意味するらしい。そのイヴの力は、「プルウィス()」と名付けられ、この世界はそのプルウィスによって満たされているのだそうだ。

プルウィスは、この世界に住む人間の活力の源であり、それを受け取る事によって人々は、さっき僕が体験したような大幅な身体能力の向上であったりだとか様々な恩恵を得ることが出来るという。

そして、高い階位であればあるほどより多くのプルウィスを己の身体に受け取る事が許され、それによって、並外れた身体能力など、より多くの恩恵を受け取る事ができるというのだ。


「プルウィスの力を使えばこんなこともできるんだよ」

僕に説明を終えたアリサは右手の手のひらを上に向け、何やら詠唱のようなものを唱え始める。

「天啓印クレアティオ・【フレイマ】」

すると彼女の手のひらからボッと小さな炎が上がった。

「うわっ」

少しばかり驚いて、僕は後ろに仰け反る。

しかしこの世界にきて2日。もう見慣れないことを見過ぎで、少々のことには耐性ができてしまったようだ。

「あれ?反応薄いね。もしかして君の世界でもこれくらいのことは出来たりしたの?」

「いや…そんなことは無いけど…」

予想を下回る僕の反応に、アリサは「つまんないの」といった表情だ。

「ほっほら次はリュウがやってみなよ」

みかねたマルコが僕を促す。

「よ…よし」

アリサの見よう見まねで僕も手のひらを空に向ける。

「て…天啓印クレアティオ…【フレイマ】!」

みんなが注目する中かなり恥ずかしかったが、詠唱を唱える。…が何も起きない。

「天啓印クレアティオ【フレイマ】!!」

今度はより大きな声で叫ぶが…何も起きない。

手ではなく顔から火が噴き出しそうだ。

「あはははは」

しまいには耐えきれなくなったアリサが吹き出して笑い始めた。

ムッとして助けを求めるようにマルコの方を見るが、彼もどうやら限界らしい。アリサにつられて彼も吹き出した。

「初めてなんだから仕方ないじゃないか。そんなに笑わないでよ」

たまらず二人を止めにかかる。

「あはは。ごめんごめん。必死なリュウが可愛いくてつい…」

「練習だよリュウ。プルウィスの受け取り量は僕達の比じゃないんだから、あとはイメージだ」

…いつか絶対に見返してやる。僕はこの時強くそう誓った。

「リンカはどう?」

ずっと僕達のやりとりを遠くで見ていたリンカにアリサが声をかける。

よく見ると…彼女も笑いをこらえてないか?

ますます不機嫌になる僕を横目に、リンカは詠唱を唱え始めた。

「天啓印クレアティオ【フレイマ】」

彼女が詠唱を終えると…

僕達がいるこの闘技場の上空は巨大な火球で包まれた。


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