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階位

『5月18日。今日も図書委員の活動日。今日初めて神谷さんとじっくりと話した。噂通り優しい人で、お互い好きな本を語り合っていたら時間はすぐに経ってしまっていた。凛花も話に混じれれば良かったんだけど、彼女はそれほど本には興味はないみたいで、一人で黙々と作業をこなしてた。

そして、活動が終わった後は勝太郎と凛花と神谷さん僕の4人で一緒に下校した。ひょうきん者の勝太郎がおどけてみせるのが面白くて、みんなバカみたいに笑ってた。初めは仏頂面で我慢してる様子だった凛花も次第に耐えきれなくなってぶっと吹き出して笑う。その様子が可笑しくて僕達もまた笑う。楽しい時間だった。青春って感じだ』





あれから一夜が明けた。

昨日僕達が町へ帰ってきた頃には既に日が暮れていたので、一夜明けた今日、改めて僕達はアリサの家で集まることになった。

例のようにマルコが鈴を鳴らすと、今度こそアリサ出てきて僕達を部屋に迎え入れてくれる。

部屋の中に入って僕は驚いた。

昨日あれだけ散乱していた部屋はすっかり片付けられていて、血の跡も綺麗に拭き取られていたのだ。

たった一晩でここまで…

そう感心して改めて彼女達の方を見ると、アリサもリンカも疲労困ぱいの表情をしていることに気付く。

彼女達の疲れ切った表情は、昨晩ここで必死の掃除片付けが行われたであろうことを物語っている。


「無理して片付けなくて良かったんだぞ…アリサ」


「ダメだよ。マルコは別にしても昨日会ったばかりのリュウにあんなぐちゃぐちゃな部屋見られたくないもん…」


アリサは恥ずかしそうに僕の方を見る。

…まあ昨日既にそのぐちゃぐちゃな部屋を嫌という程見せつけられた訳だがここは黙っておこう。

そんなこんなで、昨日とは打って変わってオシャレでまさに女の子の部屋って感じのこの部屋で、僕達は机を囲んでお茶をいただく。


「そういえばアリサの家はマルコの家みたいに畳の部屋じゃないんだね」


改めて落ち着いてこの部屋を見たが、机はテーブルだし床はフローリングだ


「俺たちが住む家は、管理者様が創り与えてくださった物なんだ。家具も食器もそう。だから管理者様の創る時の気分によって、家の感じもまちまちになるんだよ」


「…この世界には管理者なんてのがいるの?」


…まただ。

いったいこの世界はなんなんだ。

ゴブリンがいたり、突然目の前にゲームでよく見るホログラムが展開したり、今度は管理者だって?

僕達の世界とはあまりにもかけ離れすぎている。

そしてそれはマルコ達にとっても同じなのだろう。現に僕の言葉にマルコもアリサも目を丸くして驚いている。


「君達本当にこの世界の人間じゃないんだな」


「イブ様を知らないなんて…」


こちらの世界のお二人が顔を見合わせる。


「 どうやらそうみたいだね。僕達の世界には管理者なんていないんだから」


「管理者様がいないなら、どうやって雨を降らせたり、食べ物を手に入れるんだよ?」


マルコ達の話はこうだ。

彼らの世界では、食べ物や住む場所そして着るもの全て管理者イブが創造し、それを民に分け与える。

さらにイブは天候ですらも管理し、雨を降らせたり雪を降らせたり風を吹かせたりと全てイブの管理下らしい。


「そして俺たちは、それらの恩恵を授かる代わりに、 イブ様に与えられた職に就いて働き、イブ様の施しに報いなければならないんだ」


「職に就いて働くってのは僕達の世界と同じだね」


たとえ違う世界であっても、同じ様に人は働き社会に報いる。それは人が持つ本来的な習性なのかもしれない。


「マルコやアリサはどんな職を与えられているの?」


「俺達は兵士さ。この街を、向かってくる敵から守ってるってわけ」


得意げそうに語るマルコ。

しかし、それに反してアリサはやや不満げな顔だ。


「まあこんな小さな街に攻めてくる敵なんて滅多にいないんだけどね」


アリサが溜息混じりに呟く


「なんだよアリサ。敵が来ないのが不満なのか?」


「…そりゃ平和なのはいいよ。でもさマルコ。私達毎日毎日厳しい訓練してさ。それを発揮する場所がないってんじゃなんのために訓練やってんのかわかんないよ」


そしてまた深い溜息。


「あはは…。勇ましいんだねアリサは…」


よく考えてみれば、昨日ゴブリンの巣まで無茶して攻め入ったのはリンカだけでなくこのアリサもなんだよな…

この勇ましいアリサの姿をもっと前に見ていれば、僕は昨日あれほど不安にはなっていなかったかも知れない。

先程の発言を皮切りに、このオシャレな空間はアリサの愚痴の吐き捨て場へと変貌した。


「だいたいこんな小さな街に兵士団なんてたいそうなものいるわけ?」


「襲ってくるのなんてせいぜい大きな街を狙えないような弱小のゴブリンくらいじゃない」


…本当に昨日の心配は何だったんだ

マルコの話によると、アリサはこの街の兵士が集まる「兵士団」の中でもトップクラスの成績を誇るエリート兵士らしい。

マルコ、それを早く言ってくれよ…

アリサの愚痴は止まらない。

そんな彼女よ様子を口を閉ざしてじっと見つめるのは、アリサの隣に座るリンカだ


「ああ、ごめんねリンカ。私ばっかりぐちぐち話しちゃって」


「…いいよ。アリサの話私ももっと聞きたいし」


おいおいまだ話させる気か

終わりの見えないアリサの話を、ようやく打ち切るチャンスだったのに…


「そういえばさリンカ。リンカも前の世界での記憶を失っているんだよね?」


半ば強引にアリサの話をぶった切り、ここに来た本題をリンカにぶつけた…のだが


「…」


反応なし。


ここまで綺麗に無視されたのは、僕も記憶をなくしているとはいえ、産まれて初めてのことではないだろうか。

「ハァ…リンカ、いくらなんでも無視はダメだって」

アリサがすかさずフォローする。

アリサのおかげでようやく彼女は僕との会話を始める 気になった様だ。


「…あなたも記憶を失ったんだってね」


「…僕の名前はリュウだよ。それでリンカはこれからどうするの?」


「…分からない。この世界は何なのか、どうして私はこの世界にいるのか。何も分からないんだから」


彼女の言う通りだ。僕達はまだこの世界のことを何も知らない。ただわかることは、かろうじて残っている僕の元いた世界の曖昧な記憶とこの世界を比べた結果導かれた、僕とリンカはこの世界の住人ではないという事実だけだ。


「そうだよね。とにかく僕達はこの世界のことをもっとよく知らないと、元の世界への帰り方も分からないみたいだからね」


「帰る方法…か」


マルコが考える。


しかし異世界からの住人の帰り方なんてわかるはずがない。例え僕とマルコが逆の立場であっても同じだろう。そもそも自分たちの住む世界の他に別の世界があるなんてこと自体が、本来考えられないことなのだ。

半ば諦めの気持ちでマルコの様子を見ていたのだが、


「管理者様なら…何か分かるんじゃないか?」


突然ひらめいたかの様にマルコが提案する。

その案に僕は希望の光を垣間見た。

確かに、世界を上位の立場で管理している者ならば、この世界のことを何か知っているのではないか。

しかし、僕のそんな期待を打ち壊すようにアリサが溜息をつく。


「管理者様なんて、私達低階位の人間が会えるはずないでしょう」


「…それもそうだな」


「ちょっちょっと待って、低階位って何が?」


せっかく見えた希望の光を僕はやすやすと手放す気は無い。


「階級のことだよ。俺たちはみんな階級を持って産ま れてくるのさ。ちょっと見てな」


そう言ってマルコは前にやってみせたように「ステータス」と呼ばれるホログラムのウインドウを彼の顔に展開し、それを僕達に見せつける。

確かにそこには、マルコという名前から職業兵士など様々な情報が記されているのが見てとれた。

そしてその中でもひときわ目立つのが、ウインドウの右端に大きく記されている大きな数字だ。記されている数字は「2」。

それを指差してマルコは続ける。


「これが俺たちの階位だ。この世界では人は皆、低い方から1から6の階位に分けられるのさ。俺たち平凡な庶民は2。上の偉い貴族達は4だ」


「管理者様に会うなら最低でも階位4以上の人間でないと無理ね」


「…そんな」


せっかく見えた希望の光なのに…

僕は再び真っ暗な闇に突き落とされた気持ちだった。

リンカもなんとも言えない表情を浮かべている。おそらく彼女も僕と同じ気持ちなのだろう。


「階位をあげることはできないの?」


藁にもすがる気持ちでマルコに問いかける。


「与えられた職で、期待されている以上の成果を上げることができれば階位の昇格はあり得ない話ではないけど…それでもせいぜい階位3に上げるのが限界だね」


「ダメか…」


他に手立てを考えるしかないのか。

しかし、他に方法など見つからない。


「僕に階位さえあれば…」


マルコに教わったように、僕も初めて自分のステータス画面というものを展開してみる。

名前の項目欄には【リュウ】確かにそう書いてある。

リュウ…か。遥か昔、誰かにそう呼ばれた気が…

…ダメだ思い出せない。ただの気のせいなのだろうか。

そうしてしばらくの間、僕は過去に自分の名を呼ぶ者をぼんやりと考えていたのだが、次の項目に目を移した瞬間に、そんなことは頭の中から吹き飛んだ。


「…なっなんだよこれ」


そこ書かれてあった事実は、先程のマルコの話からするととても信じられるものではなかった。


「そういえばリュウの階位ってどうなっているんだ?まだ俺も確認してなかったよな?」


マルコが僕のステータスウインドウを覗き込む。


その瞬間彼は固まった。


「ちょっと、マルコどうしたの!?」


心配したアリサが固まるマルコに寄り添い、僕とマルコ、二人の視線の先にあるステータスウインドウ内【階位】の項目を見る。


「なっ…!?」


本当に僕は何故この世界で目覚めたのだろう。

何かの目的があって、誰かが僕をこの世界に連れ込んだのだろうか。


「階位…6!?」


「こんなの…あり得ないだろ」


だとすると、誰が何のために…そしてこの世界で最高の階位を与えられた僕に、いったい何を望むというのだろうか。



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