勝太郎➖ショータロウ
『9月10日。今日は夏休み明けてから初めての図書委員の活動。凛花もそして勝太郎も活動には来なかった。勝太郎はあのメールが出回って以来、僕と顔を合わせようともしない。結局こんなもんだ、友情なんてのは。僕が勝太郎の彼女を襲うだなんて出来るはずないじゃないか。
皆んな皆んな僕を信じてくれない、そう思った。だけど、世の中絶望だけじゃないみたいだ。
たった一人僕を信じてくれる人がいたんだ。それは神谷さんだ。
神谷さんだけは僕を信じて、僕の悩みを真剣に聞いてくれた。僕は彼女さえ居てくれればこの絶望の世界だって生きていけるかもしれない』
「あなたいいわね。欲しくなっちゃったわぁ」
この男は……どっちなんだ?
僕は、目の前で不敵に笑うこの男の正体を判断しかねていた。
男の見た目はメラルバ、しかし喋り方や態度はまさしくドルトリエだ。
メラルバか、ドルトリエか……
……いや、そもそもどっちにしてもおかしい。メラルバはドルトリエに斬られ、そのドルトリエはたった今僕が斬ったばかりじゃないか。
「ふふ。わけが分からないって表情ねぇ」
男はなおも不敵な笑みを浮かべながら、僕の首根っこへと手を伸ばす。
「っ!?」
咄嗟に男の手を払いのけた僕は、警戒しながら三歩ほど後退し、男との距離をとった。
「あんたは、メラルバなのか?」
「ふふ。ざぁぁあんねぇぇん」
男は、後退した僕との距離を、再びゆっくりと詰める。
メラルバで無いとするならば……
「じゃあ、ドルトリエなんだな?」
僕は詰められた距離を再び引き離すため、ゆっくりゆっくりと後ろに後退する。
「ふふふふふふ。せいかぁぁあい。ご褒美としてあなたの身体は大切に大切に使ってあげるわぁ」
そう言い終わるやいなや、男は僕に向けて剣を振るい始めた。
「くっ……くそ!」
僕はなんとか腰から剣を抜き、男のしつこい連撃をやり過ごす。
この太刀筋、間違いない。この男、確実にドルトリエだ。
しかしなぜ?死んだメラルバの中身がドルトリエと入れ替わってる?
「死者転生。己の魂を死者の身体へと転生させる術式よ。ふふふっもうすぐあなたにも掛けてあげるからねぇぇ!」
死者の身体に転生、そういうことか。
ドルトリエは、死んだメラルバの身体に自己の精神を転移させ、身体を操っているんだ。
「ほんとにあんたは部下のことを道具としてしか見てないんだな。自分で殺しておいて、なおも利用するなんて」
「だから言ってるでしょぉ。部下は上司の駒なんだって。使えるもんは最後まで使いきらないとねぇぇ」
「あんたってやつは!!」
奴は、ニヤァと笑った。メラルバの顔で。
信じきっていた上司に殺された挙句、身体まで利用されたメラルバが不憫でならなかった。
「いいわよぉぉその目!!今すぐその身体が欲しい!!」
「だまれ!!あんたみたいなクズに殺されてたまるか!!」
へらへらとこちらを見るドルトリエを、僕はキッと睨み返した。
「威勢がいいのは結構だけどぉ。あなたまだ闘えるのかしら」
肩で息をし、脚もおぼつかない僕の様子をドルトリエは見逃さなかった。
「あんな大技使っちゃそりゃヘロヘロにもなるわよねぇ。かわいそぉに」
なんとか奴に一矢報いようと剣を振りかざすが、奴の言う通り、ヘロヘロの状態の僕の剣などたかが知れている。
ドルトリエは、向けられた剣を難なく弾くと、僕の腹へと脚で思いっきり蹴りを入れた。
「ッッぐぁ!」
衝撃で軽く吹き飛ばされる。
蹴られた腹が激痛とともにジンと熱くなり、何かが喉まで逆流してくるのを感じた。
「リュウ!!」
リンカが心配してこちらに駆け寄ろうとする。
だが、僕はそれを拒んだ。
「大丈夫だよリンカ。約束は必ず守るから」
リンカとこぶりんは僕が守る。
その約束だけは絶対に破ることはできない。
「じゃ、ここらで終わりにしましょぉかぁぁ!!」
ドルトリエはそう言うと、フワッと中に浮き上がり、なにやら術式を唱え始めた。
「メラルバの無能は失敗したけどぉ、今回はどうかしらねぇぇ!我神よぉぉ!我申請すぅぅ!ゼノグラウティアをぉぉ」
ドルトリエが術式を唱えるのに伴って、彼の周りにおびただしい量の魔法陣が展開し始める。
「あの術式は!!」
「そうよぉぉお嬢ちゃん。メラルバの馬鹿がお嬢ちゃんを仕留めそこなったあの術式よぉぉ!」
魔法陣の数はメラルバの時と比較にならない。
もし、あの術式がメラルバの放った超新星爆発であるならば、威力は計り知れない。
僕はリンカ達がいる方を見た。
悔しそうに歯をくいしばってドルトリエを睨みつけるリンカ。そして、何が起きるのかとわくわくしながら魔法陣を眺めるこぶりん。
……彼らを守るためなら。もうここで死んだって構わない。
僕は再び〈無限申請〉の発動を試みることにした。
身体も精神もボロボロの今、これから身体に入って来るであろう大量のプルウィスを細かくコントロールするのは不可能だ。
ならば自分の身体に溜め込めれるだけのプルウィスを溜め込んで、奴とともに自爆しよう。それくらいなら今の僕にだって出来るはずだ。
「……無限申請」
僕の身体に大量のプルウィスが入り込む。
「うっ」
やはりプルウィスのコントロールがうまくいかない。
溢れ出したプルウィスはそのまま僕の血液とともに体外へと放出され始めた。
辺りを赤い霧が包み始める。
「ちょっとリュウ、何やってんの!」
「リンカ!こぶりんを抱いて離れてくれ!」
「何言ってんのよ!あんたまさか死ぬ気じゃないでしょうね!」
「それは……やってみないと分からないさ」
リンカに届かないような小さな声で、僕は彼女の質問にそう答えた。
これをやれば僕は確実に死ぬだろう。だけど、そんなことリンカにハッキリと言えるわけがない。
「ヘロヘロのあんたが何しようとしてんのかはよくわからないけどぉぉ。まあいいわぁぁ。あんたの最期の輝き見せてちょぉぉだぁぁい!」
メラルバの時と同じく、魔法陣が一斉に輝き始める。
「さあてぇどうするのかしらね。穿て!超新星爆発!!」
「解放!」
全身が真っ赤に光る。
ああ、僕の人生はここまでか、そう思った瞬間であった。
「やめろ!!!」
若い男の声が辺りに響き渡った。
男のあまりに迫力ある声に、僕は咄嗟に自爆の術式を解除する。
「おい、ドルトリエ!!」
再び迫力のある声で、その男はドルトリエを怒鳴りつけた。
ドルトリエの方を見ると、奴も超新星爆発の術式を解除したようすだ。
しかし、なぜ?
何を言ってもへらへらと言葉をかわしてきたドルトリエが、こうも素直に術式を止めるとは。
この若い男は一体何者なのだろうか。
「ドルトリエ!お前何勝手にターゲット以外の者を殺そうとしているんだ!無闇に人を殺めるな!」
男はドルトリエを叱りつける。
年は僕と同じくらいだろうか。黒い瞳に黒い髪。この世界では随分珍しい。
しかし、顔つきはかなり整っていて、威厳のある若々しい好青年といった風貌だ。
「な…何をおっしゃいますやら。あ……あたしはターゲットを邪魔するこの男を排除しようとしただけですよぉ。任務の範囲内かとぉぉ」
「ならばその場でそう報告しろといつも言ってるだろう。無許可で人を殺すなと何度言ったらわかるのだ」
「そ……そんな固いこと言っているのは国であなただけですよぉ」
「他がどうかは関係ない。お前は俺の部下なのだから、俺のやり方に従え!」
部下?ということはこの若い男はドルトリエの上司なのか?
「ぜ……善処しますよぉ。ショータロウ北方軍大将ぉ」
ショータロウ。ドルトリエが放ったその名前を聞いた瞬間、何故か僕の心の中がズンと重くなった。
「すまなかった。うちの部下が無礼なことをしたな」
そう言って、ショータロウと呼ばれたその男は、僕の方へと振り返る。
…… その瞬間、彼の顔色は青く変化した。
「おっお前は!?」
「なんだよ?僕のことを知ってるのか?」
そう返答した僕の言葉を聞いたショータロウはたじろいだ様子で後ろに少し引き下がった。
「そっそうか……そういうことか」
「何がそういうことなんだよ?」
「いや…いい。今回は俺たちは引きさがろう。……だが次は容赦しない」
さっきまでと一転、ショータロウは今にも僕を斬りかからんとする禍々しい目つきでこちらを睨みつけた。
「待てよ!お前達は一体なんなんだ?」
ターゲットだの次は殺すだの勝手に言いたいだけ言いやがって。よく考えてみれば、こいつらが一体何者なのかこちらは一切わからない。
「俺たちは、ある物を探してるただの一兵士だ。新興国「アルファリオン」のな」
「アルファリオンだって?」
「ああ。お前もいずれ分かるだろう。俺たちが何者なのか。俺たちが探しているものは何なのか」
意味が分からない。こいつらは一体僕の何を知ってるって言うんだ?
詳しく話を聞かせろ。そう言おうとしたが、彼らはいつのまにか、跡形もなくこの場から姿を消していた。