上司と部下
『9月9日。今日は散々だった。いやまあここ最近毎日散々なんだけど今日は特にだ。信楽のグループが僕を殴ったり蹴ったり、ここまではいつも通り。でも今日は、黙ってやられる僕に見兼ねたのか、凛花のやつが「やめなよ」って彼らを止めに入ったんだ。僕はそれがなんだかとても情けなくて悔しくて、「僕に関わるな」と凛花に強い口調で八つ当たりしてしまった。
言った後直ぐに「しまった」と思ったけどもう遅かった。僕の言葉を聞いた凛花は、無言で僕の元から去っていった。彼女の顔はよく見えなかったけれど、肩が震えていたから、もしかしたら泣いていたのかもしれない』
「あなた只者じゃぁないわねぇ?」
僕の体内から溢れ出したプルウィスは、僕の全身を覆い、黒い軍服のような形状となって収束した。
黒いプルウィスの軍服を纏った僕の姿は、確かに只者には見えないだろう。軍服の所々に伸びている、赤く脈打つ血管のような細い線が、おぞましさに伯をかけている。
「さっきの爆発魔法。相当身体に負担がかかるようだ。あなたの部下はもう動けないみたいですよ、ドルトリエさん?」
そう言って、僕はドルトリエの後ろで地面に這いつくばるメラルバを指差した。
「貴様!!私は…私はまだ動けるのであります!ドルトリエ少佐!」
メラルバは歯を食いしばりなんとか立ち上がろうとするが、身体に力が入らないのかその場でドサッと崩れた。
そんなメラルバの様子を見たドルトリエはふっと溜息を漏らしメラルバの元へと歩みよる。
「メラルバあんたしくじったわねぇ」
「!!申し訳ありません!少佐!」
「あんたはとっても優秀な子だと思ってたけど、私の見込み違いだったみたいねぇぇぇ!」
「少佐!!もう一度、もう一度だけチャンスを!!!」
メラルバは涙を流しながら、ドルトリエに懇願する。
だが、
「チャンスはぁぁぁ…なぁぁぁい!!」
振りかざされたドルトリエの剣が、メラルバの首を両断した。
「し……少佐」
メラルバの周りが、彼の血で赤く染まる。
溜まった己の血の池の中心で、メラルバは息途絶えた。
「さっきの臭い友情劇は本当にただの茶番だったのね」
敵とはいえ、あれほど自分を慕っていた部下をこうもあっさり殺してしまうものなのか。
僕もリンカも、目の前で起きたドルトリエの無慈悲な行動に、ただただ呆気にとられていた。
「部下は上司の使い捨ての駒なのよお。使えない駒はちゃっちゃと捨てちゃわないと、指し手である私まで無能の烙印を押される羽目になるじゃなぁい?」
「部下の失敗は上司が繕う。あんたそう言ったじゃないか!」
あまりの様変わりに、僕はドルトリエの底知れない醜悪さを垣間見た。
「はてそんな事……言ったかしらねぇ?」
「もういい。部下がいない上司がいかに無力か、僕が教えてやる」
〈無限申請〉
これは僕やこぶりん等最高クラスの階位、レベルを持つ者に与えられた秘技だ。
階位やレベルによるプルウィス受容量の制限を解除し、身体が保つ限り、無限の量のプルウィスを受け入れることができる。
階位或いはレベルmaxの者にのみ許される特権だ。
ただし、大量のプルウィスを一気に受け入れるため、気を抜けば、以前のこぶりんのように体内の余ったプルウィスが暴走しかねない、謂わば諸刃の剣だ。
……だけど今の僕なら、その諸刃の剣でさえも上手く扱える自信がある!!
「行くぞドルトリエ!!」
「張り切っちゃって。でも無駄よぉ!!」
僕とドルトリエは互いに物凄い勢いで、互いの元へと走りよった。
カァァァァン!!
二人の差し出した剣の剣先が混じり合い、衝撃で辺りに風が広がる。
一振り目はまさに互角の威力であった。
追撃を試みるドルトリエを牽制するため、僕は一度彼から距離を取る。
「ドルトリエ……僕の力を見せてやる」
ドルトリエの闘い方は、先ほどのリンカと彼との戦闘の中である程度把握できていた。
彼は、一太刀振るった後、すぐさま剣を引きニ撃目、三撃目としつこいまでに追撃を行う。あまり接近戦を続けるとまずいタイプだ。下手をすればあの目にも見えぬ連撃にあっさり喰われてしまうだろう。
……ならば一撃で決めるしかない
「大破壊」
僕の黒刀がより黒く輝き始めた。
そして、僕の腕、脚の血流がドクドクと脈打つのが分かるくらいに活発に流れ始める。
「へえ。あんた、もう決着をつけようって言うのかしら?」
「長々と剣の打ち合いをしても時間の無駄だからね」
力が溢れ出しそうだ。
僕は必死で、暴れだしそうなこの力を抑え込む。
この力を奴に……
「うぉぉぉぉ!!」
僕は再びドルトリエとの距離を詰め、体内に溜まった力を一気に剣に乗せ放つ技〈大破壊〉を繰り出した。
「……我……申請……」
ドルトリエが小声で何かを呟いた気がするが、今更止まることは出来ない。
僕はありったけの力を込めて、ドルトリエの身体めがけて剣を振るった。
辺りがピカッと眩しい光に包まれる。
直後、先程とは比較にならない程の強さの風が辺りに吹き荒れ、ドルトリエを切ってもなお有り余った剣の勢いは、そのまま大地にまで届き、それは小さな地響きを引き起こした。
「キャッキャッ」
少し離れた場所でリンカに抱き抱えられたこぶりんは、初めて聞く地響きの音に興奮しているようだ。
そんなこぶりんを衝撃風から守るため、リンカはこぶりんを強く自分の身に抱きしめる。
衝撃が収まるまでは少しの時間がかかった。
ようやく衝撃が収まり、すぐさまドルトリエの方を確認すると、身体を真っ二つに両断され、目を大きく見開いたまま動かない彼の姿があった。
「よし……勝った……」
一撃必殺を前提とする大破壊は身体の負担が大きい。
尚もプルウィスを取り込もうとする僕の身体を止めるため、僕は〈無限申請〉の状態を解いた。これならば、プルウィスが大量に体内に入り、暴走するということはない。
〈無限申請〉を解くと、僕の体を包んでいたプルウィスの軍服はボロボロと地面に崩れ落ち、やがて空気中へと消えていった。
「リンカどうだい?僕の力すごいでしょ?」
勝利を確信し、リンカに鼻高にそう言ったその時だった。
「ほぉぉんと。君の力大したものだわぁ」
あの薄気味悪い口調の男の声が、背後から僕の耳にそうささやいた。
……ドルトリエ!?でも……おかしい。この声は確か?
ドルトリエを倒しきれなかったのか?そう思って瞬時に声の方を振り向いた僕の目に入ってきたのは
……さっきドルトリエに無残に殺されたはずのメラルバであった。