覚醒
『9月8日。今日は信楽の仲間グループ達に、代わる代わる肩を殴られた。明日はどんな仕打ちが待っているのだろう』
「行くわよぉぉぉメラルバぁぁ!!」
「了解であります!ドルトリエ少佐!!」
そう言いながら、長く鋭い型の剣を抜いた二人の顔は、余裕と自信に満ち溢れていた。
初老の少佐ドルトリエと、若々しく凛々しい顔立ちのメラルバ。
そんな二人の間を強く結び付けているのは、互いに互いを認め合い、信頼し合う、師弟関係以外の何者でもなかった。
長年の経験が生む見事な連携攻撃が、蔑む目で二人を見ていたリンカへと容赦なく襲いかかる。
「……っ!」
「ほらほらほらぁぁぁ!あたし達の友情パワー、はたして、あんたなんかに耐えられるかしらぁぁぁ!?」
メインの攻撃は、ドルトリエだ。
鞭のようにしなる剣さばきで、リンカの胸元へ向け何度も何度も剣を振るう。
しかし、そこは階位6最強騎士のリンカだ。こぶりんを片手に抱え、使えるのはもう片方の腕だけであっても、ドルトリエの攻撃を、剣で難なく捌ききる。
「へえ……やるじゃないの。ただの小娘ではないみたいねえ」
予想外に簡単に斬りつける事が出来ないリンカに対しても、ドルトリエは余裕の表情であった。
「ドルトリエ少佐ぁ!!起爆準備整いましたぁ!」
「よぉぉし!よくやったわメラルバぁ!起爆を許可するぅぅぅ!!」
そこから離れろ!!リンカ!!
……ダメだ!そう叫びたいのに僕の身体が、声帯が、どうしても動いてくれない。
「あなた、もう終わりよぉぉ!」
ドルトリエは、執拗なまでにリンカに向けていた剣を引っ込め、何やら詠唱を唱えたあと、スッとその場から姿を消した。
「我神よ、我申請す。ゼノグラウティアを……死ね小娘」
そう詠唱しながら、片手を前に突き出したメラルバ。
すると、 彼の突き出した掌から大量の魔法陣が出現し、それが辺り一面に展開し始めた。
「……」
「?どうした小娘。恐怖で声も出ないか?」
展開された大量の魔法陣を目にしても微動だにしないリンカに、メラルバは一瞬たじろいだ。
だが、すぐにまた先程の余裕の表情を取り戻す。
「ふっ……まあいい。どうせ貴様はここで終わりだ。……『スーパーノヴァ』!!」
メラルバがそう唱えると、大量に展開された魔法陣の一つ一つが全て真っ赤に輝き始めた。
そして次の瞬間……
ドガァァァァン!!!
リンカの周辺に大量に展開していた魔法陣が
……全て爆発した
強い、灼熱の光がリンカ達を襲う。
直後、あたり一面は爆発による熱風に晒され、あまりの光の強さに、周りがどうなっているのかすら確認できなくなった。
「リンカぁぁぁぁぁ!!」
こんな時になってやっと……やっと僕は声が出せるようになった。
なんで今更……
自分の無能さに涙が出る。
もっと早く、いや、あと数秒早く声が出せていれば、リンカをここから逃れさせられていたのに。
……そうすればリンカやこぶりんは、爆発に飲み込まれることはなかったはずだ。
僕はどうしてこうなんだろう。
リンカがたった一人で戦っている中、僕はこうして無様に地面に這いつくばっているだけ。
挙げ句の果てに、遠くで這いつくばっていたから、爆発に飲み込まれることなく、のうのうと一人、難を逃れる始末。
本当に嫌になる。
「リンカ、こぶりん……ごめん。本当にごめん」
不甲斐ない自分をこれほどまでに恨んだことはない。
爆発の光が収まり始めてもなお、自分の目に溜まった涙で、視界は曇ったままだった。
悔やんでも悔やみきれない。
リンカとこぶりん。僕は二人の命を守るどころか、戦いの場に立つことすら叶わなかった。
もうどうすればいいかわからない。
追い討ちをかけるように、今更身体も動くようになったみたいだ。でも、もう遅すぎる。
後悔、自己嫌悪、敵への憎しみ。そして何より二人を失った悲しみ。
抱えきれないほどの感情に耐えきれず、その場でうずくまって泣いていた僕であったが、そんな僕の肩を誰かの手がポンと軽く叩いた。
「なに泣いてるのよ、情けないな」
それは、聞き覚えのある声。僕が守りたかった声。
「リンカ!!」
リンカは無事だった。呼吸は乱れ、足はフラフラでおぼつかないが、確実に彼女は生きている。
抱きかかえられたこぶりんも、何か面白いことが起きたのかと言わんばかりに、キャッキャとはしゃいでいる。
「二人とも、無事だったんだ!!」
安堵のあまり、僕は無様にもその場で泣き崩れてしまった。
「泣いてる場合じゃないって。悪いけど、私もう戦えないよ。今ので私のプルウィス全部使っちゃったからね」
「え?」
リンカの顔をしっかり見るため、僕は目に溜まった涙を腕で拭った。
「あのメラルバってやつの魔法、絶対にマズイと思ったの。だから心の中で詠唱して、プルウィスを大量に使う守護魔法を発動させたのよ」
あの時リンカが一言も発しなかったのは、心の中で守護魔法のための詠唱をしていたからなのか。
つくづく彼女の機転の良さに感服をうける。
「……なに感心してるのよ。次は君の番だよ。リュウ。私達のこと守ってくれるんでしょ?」
そう言うと、リンカは僕に向けてにっと笑って見せた。
そうだ。旅立ちの日に僕がリンカに向けていった言葉。
僕はあの日、その言葉を軽く考えていた。女の子を守るのが男の役目だと。その程度の認識だった。
……だが今は違う。一度は失ったと思ったリンカそしてこぶりん。
守るものはあの日より増えたけれど、今ならこの気持ちが本物だってはっきりと言える。
僕は彼らを守りたい。
もう僕は、何も出来ないのは嫌だ
さっきみたいな後悔は二度としたくないんだ!!
決意を固めた僕の身体が突如赤く光始めた。
周りに浮遊していた大量のプルウィスを、一気に取り込んだことで、こぶりんの時と同じく、溢れ出した体内のプルウィスが漏れ始めているのだ。
身体がさらに軽く、そして、身体の中が煮えたぎるように熱くなるのを感じる。
「リンカ!!」
「…?」
「僕は君を、そしてこぶりんを、絶対に守ってみせる!!君達は安心してそこで待っててよ!」
「……あの時は信じられなかったけど、今の君はどうかな?」
「……見てて。この戦いが終わってから答えを出してくれればそれでいいから」
体内から漏れたプルウィス。
こぶりんのときはそれはただ空中に散布され、やがて消えていっただけだった。
だが今回、僕の場合は違う。
それは、僕の周りを漂い、やがて黒い軍服のような形となって、僕の身体を覆い尽くす。
そして、それでも余ったプルウィスは、今度は僕の剣を覆い、僕の剣は漆黒に染められた。
「なぁぁぁにあんた。メラルバの攻撃を受けてなんで死んでないのよぉぉぉぉ」
そう叫び声をあげるドルトリエは、すぐさま己を睨みつける僕の目線に気づいた。
覚悟を決めた僕と怒りで顔を真っ赤に染めたドルトリエ少佐。二人は動きを止め、しばらくの間無言で対峙した。