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嵐の前に


 こんなところで泣きたくない、と強く思った。


いくら中身が女性だとしても、外見上は私は男性だ。


ここでしか生きていくところがないのだから、強くなろうと心に決めている。


私は歯を食いしばって顔を上げた。


「なら、黒獏先輩、占ってください。私がここから出て行かなくても良い方法を」


黒獏先輩が細い目を見開いて驚いた顔になった。




「ぷっ、あははは」


突然、私の隣に座っていた白狼先輩が笑い出した。


「そんなの、占う必要もないぞ」


何故かフォルカさんも頷いている。なんで二人してわかり合ってるの。


「店に影響が出るというなら、しばらくお休みしてもらうだけでいいでしょう」


確かうちの他にも収入がありましたね、とフォルカさんに言われて私は頷く。


私には商工会に登録している商品がある。湯屋に置いている石鹸と、雑貨店にある指輪と皮ひものセット品で、その売り上げの一部が入ってくる。


それならしばらく仕事を休んでも大丈夫だと判断された。




「こちらの都合で休んでいただくのですから、ほんの少しですがお給料は出しましょう」


それで宿を取るといい、と言われた。私は住み込みで働かせてもらっているので、ここを出ると住むところが無いのだ。


フォルカさんの言葉に白狼先輩が頷く。


「ああ。まだ何があるのかもわからないし、何もないかも知れないしな」


占いは占いだと白狼先輩が切り捨てる。


黒獏先輩は少しムッとした顔になったが、それはそれで仕方がないと諦めているようだった。


「もちろん、それも一つの選択でしょう。絶対、などと僕も言えないし」


それでも、嵐の予兆があり次第、私が休暇に入ることは決まってしまった。




 一通りの話し合いが終わり、私たちは部屋の外に出た。


店にはもう人影は無く、静かなものだ。


黒獏先輩が私の側に寄って来て、


「気を付けるんだよ」


と、一言だけ残して自分の部屋へ入って行った。


その言葉で、あの人もちゃんと私の心配をしてくれているんだと気づいた。


もしかしたら、店に影響が出るんじゃなくて、店にいることで私自身に良くない影響が出るんだろうか。


だから、私から店を切り離したいのかも知れない。


「ありがとうございます」


私は黒獏先輩の部屋に向かって、小さく頭を下げる。




 ポンッと白狼先輩の手が私の肩に乗る。


その手の暖かさに安心して、ふうっと大きく息を吐き出す。


そして、つい早口で考えていた事をまくし立ててしまった。


「あ、あの、とりあえず、以前働かせてもらっていた食堂兼宿屋のおかみさんにお願いして、いつでも泊まれるように部屋を確保しておいてもらおうと思います」


そんな話をしたら、


「すべてはまだまだ先の話だ」


と白狼先輩が険しい顔をした。


「考え過ぎるな。ちゃんと寝ろよ」


そう言って自分の部屋へ引き上げて行った。


「はい、ありがとうございます」


私は白狼先輩の後ろ姿にもお辞儀じぎをする。




「相変わらず変なことしてんな」


「うわああああ」


突然、後ろから声をかけられて、私は大声を上げてしまった。


「しーーーーっ、うるさいよ」


後ろにいたのはトラットだった。オーナーの部屋の茶器を片付けに来たらしい。


「うー、ごめん」


私がペコペコと頭を下げる仕草は、獣人の皆には不思議らしい。


「何となくこっちが偉くなった気になるね。でもそれって下手すると相手がつけあがっちゃうんじゃない?」


トラットはまだ子供だが、獣人にしては冷静なほうだ。


普通の獣人はどこか直情的なところがある。


「うん、そうだね。ありがとう。気を付ける」


私は遠慮する彼から茶器を半分奪い、階下へ降りて行く。




 黒獏先輩の話は、何となくトラットにはしずらかった。


まだ自分でも漠然とした話で、うまく説明できなかったからだ。


「ちょっと予定があって、しばらくお店を休むかも知れない」


二人で茶器を片付けながら、そういう前振りだけはしておいた。


「ふうん」


とトラットは不穏そうな顔を見せたが、すぐに気を取り直して、


「ま、狭い町内にいるんだから、いつでも会えるしな」


そう言って笑った。


私を励まそうとしているんだろうな。


トラットにも頭を下げそうになったが、ぐっと我慢して止めた。


ただ笑顔でありがとうと伝えた。




 きれいな青空が三日ほど続いた。


今日も私は仕事前に湯屋に来ている。


風呂上がりに休憩所で湯冷ましを飲んでいると、パタパタと走りながらモモンちゃんが通りかかる。


「あ、ハートさん。いらっしゃーい」


モモンちゃんはこの湯屋の若旦那の奥さんで、夫婦して私の客なのだ。


「こんにちは、モモンちゃん。お仕事、ご苦労さま」


えへへ、と笑いながら側に来たモモンちゃんがこっそり話かけて来る。




「ねえ、白狼さんとなんかあった?」


モモンちゃんが笑顔からちょっと心配そうな顔になる。


「え?、いいえ」


占いの件はまだ誰にも話していない。


モモンちゃんたちは客でもあり、友人でもある。


水くさいとは思うが、「嵐が来る」なんて話は下手をすると町中がパニックになる。だからフォルカさんたちに広めないようにとくぎを刺されているのだ。


「白狼さんがどうかしたの?」


モモンちゃん夫婦は白狼先輩の幼馴染だ。


「うーん、なんていうかー」


周りを見回した後、小さなモモンちゃんは背伸びをして私の耳元でささやいた。


「ハートさんが他の仕事に就けないか、調べてたよ」


モモンちゃんは「私はハートさんは今の仕事が合ってると思うけどね」と付け加えてくれた。


ありがたいと思いながら、モモンちゃんに少し話をする時間があるか聞いてみる。


「いいよ、こっち来て」


私もすぐに仕事なのであまり時間はない。


パタパタと歩き出したモモンちゃんの後ろについて行った。




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