嘆きの中に
白狼先輩の後に続いてオーナーの来客用の部屋へ入る。
すでに黒獏先輩は座っており、オーナー秘書のフォルカさんがその向かいの席に座っていた。
「オーナーは今不在ですが、どうぞお座りください」
フォルカさんがソファを勧める。黒獏先輩の隣だ。
「し、失礼します」
恐る恐る座ろうとすると、私と黒獏先輩の間に白狼先輩がどさりと座った。
黒獏先輩が驚き、フォルカさんが苦笑いを浮かべる。
私は慌てながらも少しうれしかったりする。
黒獏先輩の隣は何となく怖かったのだ。
給仕係のトラットがお茶を運んで来て、並べていく。
彼が退室した後、黒獏先輩が口を開いた。
「いつも突然ですみません」
とても謝っている風には見えない黒獏先輩の口調に、フォルカさんも当然のように返す。
「いいえ、貴方の占いで何か出たのですね。オーナーのウウルさんなら歓迎されるでしょう」
突然の訪問にあまり驚いていないと思ったら、いつものことだったらしい。
黒獏先輩は気になることがあると、オーナーや他の従業員の占いもするそうだ。
そういえば、昨日は雨でお店はお休みだった。きっと暇だったんだな。
「他の従業員に悪いことがあると、店にも、僕にも影響するからね」
それって勝手に他人の未来を予想してるってことかな。
私は秘密を知られているかも知れないと思うとドキドキした。
今はまだ神様やあの銀青のエルフしか知らない秘密。
この町で目覚めた時からずっと私は私自身に違和感を持っていた。
それは、外見上は男性なのだが、実は中身はオトメだということだ。
きっとここへ来る前は自分が女性だったはずという気持ちが強い。
先日の祭りで神様に直接会える機会があり、私はその場で神様と代理のエルフに対し、この違和感をぶつけてみた。
だけど結局、本当の事はわからず仕舞い。
一つだけわかったのは、おそらく私はこの世界とは違う世界からやって来たのではないか、ということだった。
落ち着きのない私を見て白狼先輩がため息を吐いた。
「心配するな。ただの占いだ」
黒獏先輩は本人に頼まれない限りは誰にも話すことはないし、多少の病気や個人的ないざこざならば放置する。
だが、店の評判に関係してくるとなると黙っていられない。
そういう時はこうしてオーナーに相談するらしい。
「えっと、私が呼ばれたってことは、私に関することなんですよね?」
優雅にお茶を飲んでいた私以外の三人の動きがぎこちなく止まる。
「まあ、そうだろうな」
白狼先輩が隣に座る黒獏先輩をじろりと睨んだ。
「ふふ、本当に仲がよろしいことで」
黒獏先輩は私と白狼先輩をチラリと見て、カップをテーブルに戻す。
「オーナーがいないのは残念ですが、フォルカさんに後で伝えてもらいましょう」
そう言うと、黒獏先輩は立ち上がった。私と正面に向かい合う椅子、フォルカさんの隣の一人掛けの席に移動した。
そうして私の顔をじっと見た。
今まで浮かべていた笑みはもうない。
「嵐が来ます」
私の胸がチクリと痛む。
三年前の嵐の日。私は海に放り出され、この町へ流れ着いた。
「今までと違う嵐になるでしょう」
「ほお」
黒獏先輩の言葉に、白狼先輩が眉根を寄せて苦い顔をする。
「そ、それが私と何か関係があるんですか?」
災害の話なら私にではなく、領主の息子である白狼先輩にだけすればいいのではないかと思う。
「ええ。直接的には嵐とは関係無いのですが」
今回の嵐に関しては被害は少ないと言う。ならば何が問題なのだろう。
「その後、何かがこの町にやって来ます」
真剣な銀色の瞳が私をじっと見る。
「それが、ハート君。貴方に影響を与える恐れがあるのですよ」
「ええ?」
そして黒獏先輩は、隣のフォルカさんに顔を向けた。
「私は、彼を解雇すべきだと思います」
すぐにとは言わないが、何か問題を起こす恐れがあるため、早めに店を辞めさせたほうがいいと言い出した。
「え、あ、あの、そんな」
白狼先輩は何かを考え込んでいる。
「ハート君には罪はない。ただ、何か恐ろしいものが君に近づいているのです」
「お、恐ろしいものですか?」
私はパニックに陥っていた。頭の中が真っ白になって、何をどうしていいのか、わからない。
白狼先輩が落ち着いた様子で口を開く。
「こいつをクビにするだけでいいのか?」
私はその言葉に驚いて顔を向ける。いつも私をかばってくれた白狼さんの言葉とは思えない。
「ええ。店への影響は減るでしょう」
黒獏先輩も静かに話している。
私は冷や汗をかき、アワアワとするばかりでそれ以上言葉が出て来ない。
「話をまとめましょう」
それまで黙って聞いていたフォルカさんが話をまとめだす。
「ではまず、もうすぐ嵐がこの町を襲うと貴方の占いに出た、ということですね」
フォルカさんの言葉に黒獏先輩が頷く。
「ええ、そうです」
その規模や激しさではなく、邪悪な要素が感じられるそうだ。
私はガタガタと震えだす。なにそれ、怖い。
「嵐だけならこの店の問題ではないのに、そこに何故かハートさんが出て来るということですね?」
私もそれが知りたくて、黒獏先輩をガン見した。
私たちの迫るような視線に嫌そうな顔になりながら、黒獏先輩は話を続ける。
「嵐は何か、恐ろしいものを運んで来るようです」
それが何かはわからないらしい。
「でも、それがハート君に影響を与えることが問題なのですよ」
「わ、私限定なんですか?」
黒獏先輩がしっかりと首を縦に振った。
「ハートさんが『人型』だということが問題なのかも知れませんね」
フォルカさんの冷静な指摘に私は項垂れる。
ここへきて、私だけが他の住人とは違う『人型』であることが、『私限定』の影響に繋がる。
「わ、わたしはここに居てはいけないのでしょうか」
じわりと目元に涙が浮かぶのを感じた。
黒獏先輩の憐れむような視線が心に突き刺さる。