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杏那は道着を渡されて、更衣室に向かっていた。
俺は道場の隅で練習の邪魔にならないように、見学させてもらっていた。
相変わらず、子供でも空手の型に迫力があった。
時間は、朝十一時を過ぎていた。
「由人、昨日の今日でわざわざ頼んで悪かったな」
「まあ、暇だし。一応俺が講師役ということで、じーちゃんは忙しそうだから」
俺の親友である由人は、空手初段の強者だ。
小学校の時、市内の空手大会で小学生の部だけど優勝の実績があった。
そして、由人のおじいちゃんは長野県内でも有名な空手家らしい。
祖父は、長野県警にも空手の指導をしているほどだ。
「ああ、それでいい。ビシビシやってくれ。
あいつは、結構運動も得意らしいから」
「それは知っている、中学の時にテニス部だったんだろ。
知り合いの女子が、磯貝さんに憧れていたテニスの子もいたぐらいだからな」
「お前、相変わらず女子とは交友関係が広いな。まるでエロゲーの友人みたいだ」
「なんだ?その例えは?まあ俺は女子となら、いくらでもオッケー。
男子となら、三千円で手を打つけどな」
「金取るのかよ」俺は、由人に突っ込んだ。
由人は、冗談とばかりに爽やかに笑っていた。
「でも、本当に和成はゲームの師匠なんだな」
「ああ、ゲーム……『リアルファイター』の師匠だ」
「お前はゲーム、得意だからな」
「体も弱いしな、憧れていたのかもしれない」
「誰に?」
「由人……とか」
由人とは、小学校からの付き合いだ。
俺の学習机に封印してあるアルバムの中には、俺の写真はほとんどないが由人の写真は多い。
自分の体の弱さは、自分が一番よく知っていた。
それでも、自分の体の弱さを恨まなかった。
「そんな俺は、お前を憧れているけどな」
「え?」
「だって、磯貝さん、日曜なのに制服を着ていたし。
お前が自転車に乗せてこっちに来たってことは、お前、磯貝さんと一緒に寝ただろ?」
「寝ていないわよ」
そう言いながら、険しい顔で杏那が出てきた。
白い道着は、少し窮屈そうにぴちぴちだ。
特に胸元あたりが、張っていた道着を着ながら俺の方に向かっていた。




