073
母親が戻り、俺と杏那は出かけた。
昼間は、やはり暑い。制服に着替えた杏那を荷台に乗せ、俺と一緒に秋の道を進む。
それでも木々は、まだ青い。日も高くて暑い。
「九月というのに、クソ暑いな」
「どこに行くの?」
「いい場所、今のお前に必要な場所」
「あたしに必要な場所?」
「もう始まっているけど、そういえば杏那」
「何?あっ!」
杏那はそう言いながら荷台の上で、ある看板を指差していた。
「ああ、三浦会病院の看板か。
この道を左に行くと国道があって、その手前に昨日言ったショッピングセンターがある」
「そうなのね、でも今はないでしょ」
「うん、ない。だからあそこの学校近くのゲーセンに行くわけだし」
「結構遠くない?」
「上田の方もゲーセンあるけど、あっちは『リアルファイター6』なくなったからな。
というかビデオゲームは全滅で、プリ機はまだかろうじて残っていたけど」
「そっか、いろいろ大変なのね」
「でも、学校近くのゲーセンは優秀だよな。
あそこは広いし、大きいし、入りやすいし、学校にも近い」
「それ、関係なくない?」
「あの辺、駅も近いからよくほかの学校の生徒も来ているし。
あっ、そういえば杏那!」
「なに?」
「お前って、運動得意だよな」
「そうよ、あたしはこれでも中学の時はテニス部だったし」
久しぶりに自分の得意分野の話が来て、胸を張って自慢げに話す。
「成績はどうだったんだ?」
「これでも、県大会優勝したわよ。二年のダブルスだけどね」
「すげえな、テニスって見た目以上に体力使うって本当か?」
「当たり前でしょ!」
「でも、高校ではテニスは……やらないのか?」
「バイトしないといけないし、部活はやらないの。先輩に、誘ってもらってもいたんだけど」
「いいな、俺は体が弱いしな。ちゃんと運動できるようになったのは、中学だからな」
「体が弱いのなら、オーバーワークは絶対にダメよ!」
その割には俺が自転車をこいでいる、小学校時代の自分では考えられないことだ。
大通りから、細い路地に入っていく。そして、俺たちはある家の前についた。
家の前には、たくさんの自転車が止まっていた。
「わかっているって、着いた」
「ここって?」
「ああ、見ての通りだ」
それは、どこにでもある一軒家。
ただそこには、普通の一軒家にはない看板『雪樵流空手道場』と書かれていた。




